第61話 クアトロの覚悟

文字数 2,137文字

 「……なるほどな」

 マルネロたちの報告を聞きながら、クアトロはそう相槌を打った。

「それでミネルとは何者なんだ、スタシアナ?」

 クアトロはそう言ってスタシアナに赤い瞳を向けた。

「ミネルは天使長です。嫌な奴なんですよー」

 スタシアナが余り答えになっていない言葉を返す。

「ふむ、天使長ということは、それなりの実力者ということなのでしょうか?」

 ヴァンエディオが口を挟んでくる。

「数人しかいない天使長ですからね。それなりだと思いますよー。それに配下の天使も沢山います。ぼくは大嫌いですけどねー」
「ふむ……」

 ヴァンエディオがそう呟いて考える素振りを見せる。

「魔人が天使の名を出したのは気になりますね。それも数人しかいないという天使長……エリンさん、天上では魔人と天使は実際、どのような関係なのでしょうか?」

 ヴァンエディオが同じく天使であるエリンに尋ねる。

「実際、天使と魔人は天上でも接点はないわよね。互いに興味もないし」
「となると、魔人の口から天使の名が出てくるのはかなり珍しいということでしょうか?」
「そうね。聞いたことがないぐらいの話よね……」

 エリンはそう言って腑に落ちないような顔をしている。
 その時、エネギオスがトルネオを伴って姿を見せた。

「ベラージ帝国が動いたぞ。近隣の国も含めてその数、約四万!」

 エネギオスの言葉に一瞬にして玉座の周囲に緊張が走る。

「魔族を相手に四万とは随分と少ないな」

 クアトロがそう口にすると、ヴァンエディオも頷いて同意を示した。

「そうですね。何か勝算があるのかもしれません」
「勝算って?」

 マルネロが口を挟む。

「天使の力、もしくは魔人の力……でしょうか」
「人族が天使はともかく、魔人と手を結ぶってこと?」

 マルネロが懐疑的な声を上げた。

「あり得なくはないぞ。人族は魔族とは度々争っているが、別に魔人と争っているわけじゃない」

 エネギオスの言葉にクアトロは無言で頷いた。確かにエネギオスが言うように可能性としてはあるかもしれないとクアトロも思う。現にベラージ帝国の帝都には魔人が出現しているのだ。
 それに何かしらの力を得ていなければ、魔族を相手に四万の兵ではやはり少なすぎる。

「あるいはその両方かもしれませんね。スタシアナさん、天使と魔人が手を結ぶ可能性はあるのでしょうか?」
「ふえ?」

 スタシアナが小首を傾げて見せた。

「エリンさんはどう思いますか?」

 スタシアナでは埒が開かないと思ったのか、ヴァンエディオはエリンに顔を向けた。

「……なくはないわね。一部の天使が魔人に同調する可能性はあるかもしれなくてよ。私やスタシアナ姉様が魔族と一緒にいるようにね」
「どちらにしても、真実はいずれ分かるでしょう。エネギオスさん、戦いの準備を。各地から魔族を集めますよ」

 ヴァンエディオの言葉にエネギオスが頷いた。

「トルネオさんは引き続きゾンビカメムシでベラージ帝国の動向を探ってください」

 ヴァンエディオがそこまで言うと、スタシアナが片手を上げてぴょんぴょん跳ね始めた。

「ぼくは何をすればいいんですかー?」
「スタシアナさんはマルネロさん、エリンさん、ダースさんと共にアストリア様のお傍に。またよからぬ者が現れないとも限りませんからね」
「はーい」

 スタシアナが元気に返事をしている。もしかすると同族の天使と戦うことになるかもしれないのだったが、この様子だとスタシアナは全く気にしてはいないようだった。

「クアトロ様、ことによると人族、魔人、天使を相手にする戦いとなるかもしれませんね。もし、事が今以上に大きくなれば、魔族という種族全体の危機となるかもしれません」
「ヴァンエディオ、何が言いたい?」

 クアトロはヴァンエディオに赤い瞳を向けた。クアトロとヴァンエディオの赤い瞳が宙で交わる。今のヴァンエディオの言葉は見方を変えれば、アストリアを守るために魔族全体が危機に陥ってしまうということだった。

 もしヴァンエディオがアストリアをそのことで非難するようであれば……。

「宜しいでしょう。クアトロ様にその覚悟があるのであれば、我らは従うのみです」

 ヴァンエディオは口角を上げて、魔人の笑みと巷で噂されている表情を浮かべるのだった。
 クアトロはアストリアに視線を向けた。血の気が引いて見えるのはクアトロの気のせいというわけではなさそうだった。アストリアのことだ。既に自分の中で自身を責めていることは間違いなさそうだった。

「アストリア、ベラージ帝国との戦いとなれば、多くの人族が死ぬ。魔族だって死ぬだろう。帝国側にはアストリアの見知った人族もいるはず。だが、俺からアストリアを奪おうと言うのであれば、容赦はしない。いいな、アストリア?」

 あまり見せたことがないクアトロの厳しい表情にアストリアは、その血の気が引いた端正な顔を黙って頷かせた。アストリアに縁ある者が傷つけば、アストリアは必ずそれを自分のせいだとして今以上に己を責めるだろう。

 そして、そうなったのはアストリアのせいだと責める者も出てくるかもしれない。

 いいだろう。それらの全てから自分がアストリアを守ってやる。例えこの世の全てが敵に回っても、自分が最後までアストリアを守るのだとクアトロは思うのだった。
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