61. 次項の補助。

文字数 7,348文字

予告しておりますものに関連する情報をあげておきます。
みんなつなげて、おまけ(ダイアグラム)を観るのがいいと思いました。
復習だと思ってお付き合いください。

http://vivitskaya.blogspot.com/2007/10/octave.html
これを翻訳しました。



The octave is the observable manifestation of all processes in creation.
オクターブは、創造に関わるすべてのプロセスにおいて観察できる”現れ”なのです。

Musicians will know that the octave is composed of increasing (or decreasing) rates of vibration, and that there are innumerable possible octaves. If we examine one octave,
we will see that there are two intervals in the increase in the rate of vibrations.
These occur between MI and FA and again between SI and the final DO.
The rate of vibrations slows down and then speeds up again.
This is shown in the musical scale by the absence of the semi-tone.





音楽家は、オクターブが振動の増加(または減少)レートで構成されていること、
そしてオクターブは無限にありえることを知っている。

一つのオクターブを調べてみるならば、
振動レートが増加するにつれて2つのインターバルが存在してくるのがわかる。
これらはMiとFaの間、そして再びSiと最終音である次のDoの間。
振動レートは遅くなり、再び速くなる。
これはその音階の中には半音が不在であることによって示される。






If we apply the law of octaves, or the Law of Seven as it is also known (the seven tones of the musical scale + DO again = an octave), to all processes, we can start to observe the Law of Seven in the world around us and in ourselves. This will allow us to verify for ourselves that the Law of Seven governs all processes.

もし我々がオクターブの法則(もしくは*The Law of Sevenとしても知られるもの)を私たちの身の回りの事柄、そして私たちの世界のすべてのプロセスに適用して観れば、7つの法則がすべてを支配していることが確認できる。

*「法則に従って絶えず偏向し、そして最後にはまた合流する力の流れの進路」とだけ説明されている。

We can become aware that at the point MI – FA the octave deviates form its original course;
it takes a new direction. This is why nothing we start ever turns out the way we intended.

We start something and then an accidental happening slightly changes the course of what we were doing, and in our normal state we convince ourselves that this was actually more or less what we wanted.

Mi – Faのポイントで、オクターブの進展が元の予定されていたコースから逸脱している
ことに気付く。 それは新たな方向へと舵を取ってしまっている…。
これが、私たちが何を始めても、私たちが意図したとおりにはいかない理由なのだ。

私たちが何を始める。そして、それから、偶然の出来事が起こる。
これが、ほんの僅かにではあるが、私たちが歩んでいるコースを変える。
そして、私たちは通常の状態では、実際にはこれが、多かれ少なかれ望んでいたこと
なのだと自身を納得させてしまう。


If we start to observe ourselves sincerely, we will see that things only very rarely turn out
as we originally intended. On the rare occasion that things do turn out as intended, quite
by accident, we use this to convince ourselves that we are in fact masters of our destiny.

もし誠実に自分自身を観察し始めれば、
当初に意図した通りに、物事がいくなんてことは、ほとんどないと言わざるを得ない。

まれに、物事が意図した通りになれば、(これは”偶然によって”でしかないのだが)、
私たちはこれによって、自分こそが、真実!、(自己の)運命におけるマスターなのだだと
確信してしまう。

*ここんとこはさ〜「ゴミ箱にゴミを投げ入れる」をイメージするといいよ〜。
 あるものが欠けると絶対に失敗するから。逸脱失敗を起こさせるべくの影響力の所在を
 意識しながら織り込みながらの、行為における真剣さかな?。www。
 なにごとも意識的に行うことが絶えず求められているのだ。

At the second interval, SI – DO, the force of the nearly-completed octave is usually enough to allow SI to pass into the next DO. However, we may also be able to observe the difficulty of completing projects. The final step can be the hardest, and often we leave things in a nearly finished state.



2番目のインターバルであるSi – Doでは、通常、ほぼ完成したオクターブの力で、
Siが次のDoに渡ります。ただし、プロジェクトを完了することの困難さも観察できる
場合があります。最終の、このステップは、最も困難な障害となるでしょう。
多くの場合、物事は、未完結の状態のままに放置されてしまうことになる…。

If we want to begin work on ourselves we need to become aware of octaves in nature and in ourselves. It is enough to observe to begin with. Later, it may be possible for an experienced person, or ourselves, to provide the necessary shock to allow an octave to pass through an interval. We may then become able to achieve things that are not possible for man in his ordinary state.

自分自身でワークを開始したい場合は、
自然の中と、自分自身の中に、オクターブの存在を認識する必要があります。
最初は観察するだけで十分です。

後には、経験豊かな人が、またもしくは私たち自身が、オクターブがインターバルを通過する
のに必要な”ショック”を準備できるようになるかもしれません。 そうなれば、通常の状態の
人間には不可能なことを、我々は達成できるようになるかもしれません。

*ここで介入。やりたくないけど…。

ここで語られる”ショック”って何?。不本意にして不如意なる印象のことなのさ。

そして大切なのが、この体験の主体が誰かってこと!。
誰がどこから何を見てるの?。否、気づいてるの?。
これがある程度、形をもってないとだめ。無理…。

そして、これも頼んなくってさ〜、すぐ埋もれてしまう。
またなんかと同一化して眠った状態に直ぐなっちゃう。
特に

においては絶対にそうなっちゃうー。

だから他人に喝を入れてもらうか、もしくは歯を食いしばって目的完遂に向けて正気を保って
いなきゃなんない。これ超努力と呼ばなきゃなんないレベルのものだからね!。

この”彼”から観た、観る、自分の成り立ち、そして世界の舞台としての役割構造ってのが
なんともけったいなおかしな認識として起こり、吃驚仰天させられてしまうわけさ。
これが”ショックな経験”って言うしかないのは当然な話さ。

単純には、覚醒して世界認識を改める機会としての恵み。

自分の場合は神さんが心得たもので、状況が眠ること、項垂れてボーッとすることを
許さなかった。自分の家族の生活がかかっていたので(生活費、子供の学費のことね)。
流石は天!。

最初の課題は介護福祉士の資格を取るだった。これは勤続三年が条件で、かつ筆記と実技の
試験がある。ボロンボロンの精神状態と成り果てて、その上、更に家族からも冷たい扱いを
受けながら、寒い寒い冬のとある日に、藁にも縋るの真剣な思いで実技試験に臨んでた。
これについてはいつか詳細は書かなきゃなんないけど、奇跡的なまでに課題は易くて、
とうとう資格は取れてしまう。

逆になんだが…なんとかなったのが奇跡でした。
でも資格取れてもなんら嬉しくはなかったな。ただほっとしてた。
これをもって新地平に立つこととはなった。環境は一新された。

介入終わり


We will also need to become gradually more aware of the two different types of octave: ascending octaves and descending octaves. For example, the Ray of Creation, the diagram that illustrates the universe, is a descending octave. Man’s spiritual path is an ascending octave.

Often, what is taken for progress is in fact degeneration on a descending octave,
as can be seen in the case of our own civilisation.


また、我々は、オクターブにおける二つの異なるタイプにおいて、徐々に理解を更に深めて
ゆく必要がある。つまりは昇順と降順のオクターブの各々においてだ。

たとえば、『創造の光』(宇宙を示すダイアグラムのこと)は下降オクターブである。
だが人間の精神的な(進化の)道は、昇順オクターブとなる。

しばしば、進歩とみなされているものは、
実際には、下降オクターブにおける退化でしかない。
私たち自身の文明の場合には、多くそれらをみることができる。』 


〈終〉






付録:

彼の教えの半分はヒンドスタン系であると見なしている。
あとの半分は西洋の秘教系。それらが統合されたところがユニークなのだ。
以下はヒンドスタンのタームでオクターブを説明したもの。
ご参考までに。(原典は見つけられず。めんご。)

注意:上から下の表記ですが、これは上昇オクターブにおいての話です。老婆心。

Do: Life at street-level.
Re: Good Intention, the Right Impulse, the arising of the right desire.
Mi: Decision: This is the stage where rationally the person makes up their mind and
  can go further. There is no doubt about the Way, intention and conviction are established.

*Interval: filled by the grace of the teacher, or directly by the Absolute.

Fa: Effort: Certain particles of fine matters now form in the organism which cause  
the striving for sattva.
Sol: The Pull of the Way: where sattva predominates. Influences from the Way are pulling away
from the outside world of sensory impressions and pleasures, so that these begin to lose
some of their power.
La: Insight, which denotes that the person starts seeing themselves and other things as
they really are. They get right values for everything, realising things as they are,
how they are constituted and their actual properties.
Si: Abundance, which is the stage where the outward pull is nearly gone, and the person is
filled with abundance of sattva, divine love and happiness.

*Interval: filled directly by the Absolute.

Do: Turiya is the stage of the fully Realised man (or woman), when he knows himSelf;
he knows all that can be known; he knows how to do, and whatever he does is just the
right thing – right actions, right feeling, right thought – everything all combined.


Do:ストリートレベル、日常の普通の生活状態。
Re:善意、正しい衝動、正しい欲望の発生。
Mi:決断:これは、合理的に人が決心し、さらに前進できる段階です。
  方法、意図、確信が確立されていることに疑いの余地はありません。

*間隔:師の恵みによって満たされるか、絶対によって直接満たされます。
   (後者は天の采配によって間接的になされる場合もあるが正しい)

Fa:努力:特定の微細な粒子が体内で形成され、それがサットヴァ(純質/知恵/中和力)を
  目指す(志向する)ように人を変えてしまう。
So:「ザ・プル・オブ・ザ・ウェイ」:サットヴァが支配する場所。道(way)からの影響に
   よって、人は外の世界からの感覚的な印象や喜びから引き離されるため、
   これらへの執着が一部が失われ始める。
La:洞察力。これは、その人が自分や他のものを実際に客観的に見始めていることを示します。
  彼らはすべてに対して正しい価値を手に入れ、物事をそのままに、それらがどのように
  構成され、実際の特性が如何に実現化されているのかを観るのです。
Si:豊かさ。これは、外界からの誘惑/誘引がほとんどなくなり、人は豊かなサットヴァ、
  神の愛、幸福で満たされる段階です。

*間隔:Absoluteが直接空隙を埋めます。
(これは嘘だ…こここそ自身が何かを行わねばならない場所になる)
(何かを諦める捨てる今の自分に死ぬことが必要とされる)
(下降オクターブの場合と勘違いしてる)

Do:トゥリィ〜ヤは、完全に実現化された男性(または女性)のステージです。
   彼は彼自身を知っている。彼は知ることができることはすべて知っている。
   彼は如何に行うかを知っており、彼がすることはなんであってもすべて正しい。
   正しい行動、正しい感覚、正しい思考、すべてが組み合わされています。


このDoにおいて、
あのセリフ、Life is Real Only Then, When 'I Am' が輝く…。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み