浮島を守る結界の貴石

文字数 1,651文字

 夏島、夏神殿、三階にある夏主の私室――

 夏島特有の、強い夕方の陽射しが室内に差し込んでいた。冷房装置の効いたレイの私室で、いまクレスはレイと氷菓を食べている。

 二人掛けの白い食卓に、装飾の入った白い椅子がしつらえられていて、窓際のそこに二人は座っていた。隣には切り花である大輪の紅い芙蓉(ふよう)が花を咲かせている。窓からは夕日を映した赤い海が見え、細波(さざなみ)の打ち寄せる音と海鳥の鳴く声が、小さく聞こえていた。

 主島の寒い冬に気を滅入らせていたクレスは、珍しく夏神殿の(あるじ)、夏島の季主、夏主レイファルナスのもとへ来ていた。
 普段はレイがクレスのいる主島へ行くが、四季の巡る主島はいま真冬。十四月は一番寒い時期だったので、彼は暖かい夏島へ来たくなったのだ。服装も半袖に脚衣姿という軽装である。

「あー。夏島は暑くていいなー。氷菓がうまい!」
「いま主島は寒いからね。私も正直いって暑い方が好きだよ」

 そう言うと、レイは細くて滑らかな手で、器に入った香草入りの氷菓を匙ですくって口に入れる。いつもどおり、レイは食べる仕種にも品があるとクレスは思った。今日も腰まである飴色の長髪は、三つ編みにされている。クレスと同じように半袖と脚衣姿の彼は、相変らず美しかった。

「レイは香草入りの氷菓が好きだよな。前にも食べてたし」
「一番さっぱりしてるからね。クレスは果汁入りのやつでしょう?」
「ああ」
「それも私は好きだよ」

 何気ない会話をしながら、クレスとレイは久しぶりの逢瀬を楽しんでいる。
 するとレイは氷菓を食べながら、クレスに軽く言った。

「ねえ、クレス。来月の創造主祭のとき、ちょっと夏島を旅行しない?」

「夏島の旅行?」
「そう、正確にはこの夏島を覆う結界の貴石(サファイア)の強化に行くんだけど」
「結界の貴石? それってこの夏神殿にあるんじゃないのか?」

 季主は自分の浮島を強力な結界で護っている。
 それは、夏主(レイ)自身がその力を放っているのだが、夏主が夏島の外にでるときは、夏神殿にあるこぶし大の貴石に力を移してから出る。そうしないと他の浮島に行ったとき、他の季主と力がぶつかり合うからだ。

「起点になっているのは、夏神殿の貴石(サファイア)だけど、この夏神殿を中心に夏島の端に位置する四方の祭壇に、それを補助する貴石が安置されているんだよ。私が夏島にいるときは働いていないけど、私が夏島を出たとき、夏神殿の貴石を中心にして、四方の貴石が反応して夏島を覆う結界ができるんだ」

「初めて知った……」

 規模の大きすぎる話に、クレスは少し唖然とした。

「それはそうだろうね。貴石の強化は五十年毎くらいに各場所で一回やればいいものだから」

 涼しい顔で氷菓を食べながらレイは言う。
 
「四方の貴石の強化って、民と一緒に儀式的にやるものじゃないのか」
「儀式にすると面倒くさいから、私たちが個人的に祭壇を訪ねてこっそりと強化している」

 面倒くさい……大事な浮島を護る結界なのに。
 半分呆れ、クレスは大きくため息をついた。

「ルミレラ蒼神官も知らないことなのか?」
「知らないだろうね。蒼神官はまだこの職について日が浅いしね」

 クレスはレイの返事を聞いて、「あれ?」と思った。
 今、レイの言葉がとても不自然な感じがしたからだ。

 そう思って少し考えて、ああ、と思った。
 レイは、いつもルミレラ蒼神官のことを『蒼神官』と呼び、ルミレラと名前をつけない。
 ダリウス朱神官には名前をつけて呼んでいるのに。
 そういえば、以前会った秋島のクラウス翠神官にも、冬島のセヴィリヤ白神官にも、ちゃんと名前をつけて呼んでいた。
 でも、レイは自分の浮島の筆頭神官だけ、名前をつけて呼ばないのだ。

 どうしてだろうか。
 気のせいだろうか。
 思い返してみて、気のせいではないことを確信する。
 
 何故だろう。

 クレスがそう思っていると、レイの私室の扉が三回こぶしで打たれる音がした。

「レイファルナス様。ルミレラです。もうそろそろ刻限です」

 当のルミレラ蒼神官が、クレスの帰宅を知らす時刻を教えるためにやってきたのだった。
 
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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