第33話 潜入

文字数 2,424文字

 ダリウス朱神官の宴が明日にせまっていた。 
 クレスはぶらりと首都マリルベルにきて、やはり子供がパンを買えない様子をまた垣間見た。
 ならばジャガイモを食べればいい、トウモロコシを食べればいい。
 人はそういうかもしれないが、クレスはそういう問題ではないと思う。

 不当に値上がりしているものは、正当に戻さなくては。

 ダリウス朱神官はなぜお金を集めているのだろうか。
 その理由にどんな正当性があってもクレスは許せないと思った。


 
 宴の日が来た。
 クレスはネモフィラを連れて、ダリウス朱神官の屋敷に行った。
 朱神官の屋敷は春神殿の隣なので、すぐにつく。
 馬車を使う必要もなかった。
 屋敷は、重厚なレンガ造りの花に囲まれた建物だった。
 正面に広い庭をもって、そこで立食の宴が催されていた。
 音楽が流れ、踊り子が舞い、宴は盛況だ。
 招待状をみせてダリウス朱神官の屋敷の門をくぐると、クレスは意を決っしてネモフィラに声をかけた。

「ネモフィラ」
「なんですか、クレスさん」
「俺も手伝う」

 ぽつりと言ったクレスに、ネモフィラは驚いた。

「私一人で十分です」
「探すなら人手が多い方がいい。探す場所は決まっているんだろ? 例のルースが目星くらいつけてるんだろ?」
「まあ、ある程度は……」
「ならば話は早い。行こう」
「クレスさん!」

 クレスの突然の心変わりに、ネモフィラは焦った。
 クレスは次期大神官だ。その立場を利用して、ダリウス朱神官の屋敷に入れれば十分だった。それ以上の迷惑はかけられないと思った。
 しかし、クレスは進んで茨の道を進むという。
 見つかったら、牢から出られても前科者になる。
 なにせ、ネモフィラがやろうとしていることは、「盗み」であって、それ以上でも以下でもなかったからだ。

「何を血迷っているんですか、クレスさん。見つかったらどうなると思っているんですか」
「さてね。どうなるかな。マズイことになる前に片付けようぜ」

 ネモフィラは呆れた。が、少し心強くもなった。二人はダリウス朱神官の屋敷の裏手へと回った。



 クレスはダリウス朱神官の屋敷に来る前に、レイへ手紙を書いていた。
 それをレイの世話係の神官へたくし、後で渡すようにと言って、出発した。

 神官から手紙を受け取ったレイは、それを読んで目を開いた。

 手紙にはこう書かれている。

『レイ、俺は反神殿組織のルースとやらの話を聞いた。それで思う所があったから、もしかしてダリウス朱神官の屋敷で捕まるかもしれない。今まで俺に色んなものをみせてくれてありがとう。とても感謝している』

「……クレス……!!」

 レイは声にならない声で叫んでいた。
 何故自分に相談してくれなかったのだ。
 クレスの今の仕事は、手紙を創造主に届けることであって、ダリウス朱神官や春島のことなど二の次で良い。むしろ関わらなくていい。

 なのに、クレスは自分から厄介事に足を突っ込んでいるような口ぶりだ。
 元からクレスは正義感が強いとレイは思っていた。
 反神殿組織のルースが、彼の琴線に触れることを言ったのかもしれない。

 レイはいてもたってもいられなくなった。
 クレスが何をするのかレイには分からないが、このまま春神殿で待ってなどいられなかった。

 でも、レイは季主だ。
 以前クレスに言ったように、ダリウス朱神官の宴になど出席できない。

 そこで、ふと目の前の自分の世話係である神官の姿を見た。
 赤が基調の正装である神官服を着ている。

 背格好が、自分と似ている、とレイは思った。

「君……もしかしてこれからダリウス朱神官の宴に出席する?」

 ダメでもともと、レイは聞いた。

「ええ。これから行ってまいります」
「そう、じゃあ丁度いいや。君の名前と服を貸して……!」



 クレスとネモフィラは窓の桟を伝って、二階のダリウス朱神官の書斎を目指した。
 ネモフィラはすいすいと桟をつたって書斎につくと、ガラスを静かに切って中の鍵を開け、潜入する。クレスもそのあとをついていった。ある程度身体が軽い方で良かった、とクレスはしみじみと思う。

 中は暗闇で、目が慣れるまで二人は黙って外から見えないようにうずくまっていた。

 目が慣れると、ネモフィラと行動を開始する。

「ルースの情報では、この書斎が一番怪しいそうです」
「なかったらどうしようか」

 弱気になったクレスにネモフィラは答えた。

「一刻で見つけられなかったら、今回は諦めます」
「……了解」

 それっきり二人は黙って探した。

 机の引き出しが二重底になっていないか、本棚の裏は? 床下にある秘密の収納は?
 考えられる場所をすべて探したころ、クレスは一冊の革表紙の本を机の上に見つけた。

「まさか、これじゃないだろうな」

 ぱらぱらと捲ってみると、中は数字が羅列している。
 暗くて良く見えないが、月の明かり見てみると、それは確かに春島の、主に食料の収支をまとめた帳簿だった。

「……無造作に置いてあるから見落としてた」
「呆れた。こんなところにぽんと置いてあるなんて。クレスさん、これを持って逃げましょう」
「了解」

 小さくやり取りして、また窓の桟をつたって外へと出る。
 しかし、裏庭のそこには、さっきまでいなかった大型の犬がうろうろとクレスたちの方へと歩いてきたのだ。

 犬が大きく一声鳴いたとき。

 背の高い春神殿の神官がやってきて、犬の頭を撫でた。
 すると、犬は急に大人しくなって、その神官に甘え始める。

「どうした?」

 さっきの犬の叫びを不審に思ってやってきた警備部の神官が、その神官に声をかけた。

「この犬が少しお腹を空かせていたようだから、餌を与えたんだ」
「そうか。不審者かとおもったよ」
「はは、まさかね」

 その人は、そう言って、警備部の神官を遠ざけてくれた。

 その神官がこちらを向く。顔が見えないが、声が聞こえた。

「クレス……? いるんでしょう?」
「レイ……!」

 それは聞きなれた声。この状況を助けてくれたのは、春神殿の神官服を着たレイだった。

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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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