一話 力の補充へ

文字数 1,962文字

 この長い生の中で、私は『運命』なんて言葉、信じていなかった。

 その人に初めて会ったのは、真冬の主島の高速長距離馬車の待合所だった。
 私はあらかたの仕事や思いがけない事件が終わって、主島から夏島に帰ろうと思っていたところだった。
 良い家柄なのだろうか、真新しい旅装束を纏って「こんにちは」と挨拶をしながら、彼は待合所に入ってきた。
 私はその挨拶の仕方で、彼から活発な印象を受けたものだった。
 周りにいた親子づれが彼に自己紹介をしている。だから、私も名乗ることにした。
 これからしばらく夏島まで一緒に行くことになる彼に。

「私はレイ。これから夏島までよろしく」

 と。
 彼が私の運命の相手だと、このときはまだ分からない。
 だけど。
 たしかに彼はこの先、私の運命の相手としか言いようのない人間になるのだった。





 夏島――
 ここはいつも夏の気候を保った浮島だ。その夏の気候を保つのが、私の仕事。
 私は夏島の季節の主、夏主(かしゅ)である。
 私の執務室は、大きく取られた窓と天窓から降り注ぐ金色の陽の光で、今日は淡くだいだい色にけぶっていた。
 今日の夏島は快晴、また夕方に夕立があるだろうか。いつも通り暑いけれど、執務室は冬島の冬主(とうしゅ)による冷房装置によって快適な温度に保たれている。
 その日、朝の報告を蒼神官(そうしんかん)から聞いていた私は、彼女から定期的な夏主としての仕事を確認された。

「レイファルナス様。もうそろそろ、飛行船の加護が切れるころだと思います。同時期に冬島と主島の中央暖房装置の力の補充にも行った方がよろしいかと」

「ああ……。そうだね。もうそんな時期か……。つい最近行ったばかりだと思うのだけど」

「最近といっても、もう半年前ですよ。日程を調整しておきますので、レイファルナス様も準備をしておいてください」

「いや……蒼神官、今回は私一人でいく」

 夏島の象徴色である青を基調にした制服の彼女に、私は執務室の机の上で指を組みながら言う。

「何故ですか?」

 心配気な顔を、蒼神官は私に向けた。

「最近一人で出かけることって無かったからね。たまには一人で出かけたくなるものだよ。それにこの世界を回って歩くのは、嫌いじゃない。旅行気分で行ってくるよ」
「しかし……」
「大丈夫。心配することなんて、何もない」

 私は彼女に笑顔を向けた。

「私はこれでも季主だ。自分の身くらい自分で守れる」




 と、言ったものの、私はやはり他の人間からは浮いて見える存在だった。
 人間の男性体を模したこの身体は、とても綺麗に出来ている。人間として均整の取れた四肢に、高い身長、夏島にいてさえ染み一つない肌、長い飴色の髪は切ってもすぐに元に戻る。   
 髪は、ある一定までのびると止まるので、長いままで過ごしていた。それもまた、私の容姿を豪華にいろどる。

 青を基調とした長衣である夏主としての装束を脱ぎ捨てても、私は目立つ。ズボンとベストという一般市民の旅装束でも。
 鏡を見ると、一見女性のような柔和な顔も、人の心を惹きつけるものを持っていた。
 それは、とても恵まれた容姿なのだけど、とてもやっかいなのもまた事実だった。
 いらない余計なものまで惹きつけてしまうから。

 出発の日がやってきた。私は門の前で蒼神官に見送られて公用の馬車に乗って夏神殿をあとにする。童話の中の城のような夏神殿は、長年私が住んでいる場所だ。正面に大きな海を抱いた夏神殿は、神殿内でも夜になると細波(さざなみ)の音が聞こえてくる。

 夏島の最果てまでは公用の馬車を使うことにした。その方が早く秋島につくからだ。
 夏神殿のある首都キリブから何日もかけて秋島行きの飛行船乗り場まで直行する。浮島の最果てまで来ると、公用馬車と別れて秋島行きの飛行船に乗り込んだ。

 浮き島を繋ぐこの飛行船は、季主の結界外で運航する。
 だから、飛行船自体に季主の護りの力が必要なのだ。それが加護だ。
 私の担当は、夏島から秋島の飛行船と、主島から夏島への飛行船だ。
 今回はこの二隻に加護を施す。
 
 飛行船に乗り込むと、加護をほどこす為に船長室へとおもむく。
 船長とは顔見知りだったので、すぐに夏主である私をもてなしてくれた。
 滞りなく飛行船の貴石、こぶし大のサファイアに力を籠める。青く輝くそれは、私の力をため込んで、また強く光り出した。
 しばらくは、この飛行船も無事に結界の外の運航を続けられるだろう。
 私を乗せた飛行船は、そのまま幾日かして無事に秋島へとついた。



<このお話について>

全七話。13000字強くらいです。
クレスと会う直前のレイの話。主島の高速長距離馬車の待合所で出会う前、秋島を通り抜けるときに寄った、秋島首都ガラルドでの話。(夏島(出発)→秋島(ここの話です)→冬島→主島(クレスと会う)→夏島(到着)の旅程の中の秋島の話です)
クレス編もあります。
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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