第24話 秋主アレイゼスと冬主ネイスクレファ
文字数 1,410文字
「よお、ネイスクレファ」
湯あみを終えたアレイゼスが、気軽に冬主 に声を掛けて室内に入ってきた。
彼は黄緑色をふんだんに使った織物の服に着替えていた。ベストとズボンの裾には白地に黄緑の、秋島独特の蔦模様が入っている。
暇つぶしに神官のもってきていた本を読んでいたネイスクレファは、息を吐いて本の余韻をしばし味わい、頭を現実に戻す。
さほど大きくはない室内には、大きくとられた窓から夕日が差し込んで、橙色の光が溢れていた。白い食卓の上には茶器と本、そして花瓶がある。そこには秋島の小ぶりな黄色の花が活けられている。
「ああ、アレイゼス。また遊びにきてしまったよ。冬島は万年寒い土地だからの、冬主といえどもいつも冬神殿にこもっているのは少々気が滅入る」
「寒さなんて感じないんだろ? ネイスクレファは」
「ほほほ、そうじゃがの」
独特の笑い声をあげてネイスクレファは笑った。
「ところで、夏島のレイが来ているとクラウス翠神官からきいたのだがの。あやつはいまごろ大丈夫だろうか」
ネイスクレファにも覚えがある、自然の猛威。それはやはり秋島と春島にいるときに、レイがいると巻き込まれた覚えのあるものだった。
自分はいま秋神殿内にいるので大丈夫だけれど。
もし、レイが外にいたら、と心配だったのだ。
「ああ、それがな」
アレイゼスは困ったように眉を寄せた。
「ネイスクレファの心配はあたっている。レイともう一人きているんだが、二人ともびしょぬれになって帰ってきた。秋神殿裏手の湖に行っていたらしいんだが……。いま湯あみをしている」
「……ほ。そうか。気の毒だの」
何があったのかはあまり聞きたくないな、とネイスクレファは思う。
彼女は、明日は我が身の出来事に、自分自身の方が心配になった。
「それとな、少し気がかりなこともあるんだ」
「気がかり? 何が?」
「レイは、また人間に想いを寄せているようだ」
小さく何かを告白するように、アレイゼスはネイスクレファに言う。
「人間に想いを……不毛じゃの」
ネイスクレファもまぶたを伏せてアレイゼスを見た。
「俺もそう思う。でも、あいつもそれなりの覚悟はしているだろう」
「なぜレイは、人間などを愛するのだろうか。たとえ愛し合えても、近しく悲しい思いをするだけだろうに」
「自分でも気持ちは自由に出来ないということなのだろう」
「誰かを恋しく想うのは、人間ならば当然のことだがの。しかし、季主であるレイには酷なことよ」
以前のタリアの件を知っているネイスクレファとアレイゼスには、レイがまた傷つくのが怖かった。
タリアが亡くなったとき、レイは涙が枯れるまで泣いてすごした。
どこにもタリアがいないという事実が、レイを悲しみに突き落としたのだ。
自分たちは死ねない身体。魂までもこの世界にささげ、生きとし生けるものを護ってきた。
でも、それはとても寂しい仕事でもあった。
季主である四つの者しか、自分たちと同じ種はいなくて。
生き物はすぐに自分たちを残して死んでしまう。
それでも、この世界の生き物はネイスクレファにとって尊く、大事で。
季主である自分が寂しくもあり、それでいてこの世界の生き物はいとしくて。
「アレイゼス、口づけをしてくれぬかの。いま、とても人恋しい」
アレイゼスはネイスクレファの思考を読んだように真面目な顔になった。
そして、彼女の頬にその硬くて大きな手を当てると、首を傾けて唇に親愛の口づけを贈った。
湯あみを終えたアレイゼスが、気軽に
彼は黄緑色をふんだんに使った織物の服に着替えていた。ベストとズボンの裾には白地に黄緑の、秋島独特の蔦模様が入っている。
暇つぶしに神官のもってきていた本を読んでいたネイスクレファは、息を吐いて本の余韻をしばし味わい、頭を現実に戻す。
さほど大きくはない室内には、大きくとられた窓から夕日が差し込んで、橙色の光が溢れていた。白い食卓の上には茶器と本、そして花瓶がある。そこには秋島の小ぶりな黄色の花が活けられている。
「ああ、アレイゼス。また遊びにきてしまったよ。冬島は万年寒い土地だからの、冬主といえどもいつも冬神殿にこもっているのは少々気が滅入る」
「寒さなんて感じないんだろ? ネイスクレファは」
「ほほほ、そうじゃがの」
独特の笑い声をあげてネイスクレファは笑った。
「ところで、夏島のレイが来ているとクラウス翠神官からきいたのだがの。あやつはいまごろ大丈夫だろうか」
ネイスクレファにも覚えがある、自然の猛威。それはやはり秋島と春島にいるときに、レイがいると巻き込まれた覚えのあるものだった。
自分はいま秋神殿内にいるので大丈夫だけれど。
もし、レイが外にいたら、と心配だったのだ。
「ああ、それがな」
アレイゼスは困ったように眉を寄せた。
「ネイスクレファの心配はあたっている。レイともう一人きているんだが、二人ともびしょぬれになって帰ってきた。秋神殿裏手の湖に行っていたらしいんだが……。いま湯あみをしている」
「……ほ。そうか。気の毒だの」
何があったのかはあまり聞きたくないな、とネイスクレファは思う。
彼女は、明日は我が身の出来事に、自分自身の方が心配になった。
「それとな、少し気がかりなこともあるんだ」
「気がかり? 何が?」
「レイは、また人間に想いを寄せているようだ」
小さく何かを告白するように、アレイゼスはネイスクレファに言う。
「人間に想いを……不毛じゃの」
ネイスクレファもまぶたを伏せてアレイゼスを見た。
「俺もそう思う。でも、あいつもそれなりの覚悟はしているだろう」
「なぜレイは、人間などを愛するのだろうか。たとえ愛し合えても、近しく悲しい思いをするだけだろうに」
「自分でも気持ちは自由に出来ないということなのだろう」
「誰かを恋しく想うのは、人間ならば当然のことだがの。しかし、季主であるレイには酷なことよ」
以前のタリアの件を知っているネイスクレファとアレイゼスには、レイがまた傷つくのが怖かった。
タリアが亡くなったとき、レイは涙が枯れるまで泣いてすごした。
どこにもタリアがいないという事実が、レイを悲しみに突き落としたのだ。
自分たちは死ねない身体。魂までもこの世界にささげ、生きとし生けるものを護ってきた。
でも、それはとても寂しい仕事でもあった。
季主である四つの者しか、自分たちと同じ種はいなくて。
生き物はすぐに自分たちを残して死んでしまう。
それでも、この世界の生き物はネイスクレファにとって尊く、大事で。
季主である自分が寂しくもあり、それでいてこの世界の生き物はいとしくて。
「アレイゼス、口づけをしてくれぬかの。いま、とても人恋しい」
アレイゼスはネイスクレファの思考を読んだように真面目な顔になった。
そして、彼女の頬にその硬くて大きな手を当てると、首を傾けて唇に親愛の口づけを贈った。