第1話 貴石には力が宿る

文字数 1,254文字

 貴石には力が宿る。

 それは、クレスが最初に父親のバレルから教えてもらった、この世界のことわりだった。


 十三歳のころ、神官学校中等部に通っていたクレスは、大神官である父の仕事先について他の浮島(うきしま)へ行ったことがあった。
 それは常春の浮島、春島(はるとう)
 春島へ向かう連絡飛行船の中で、クレスは初めて自分の住んでいる主島(しゅとう)の全景を見たのだ。

 飛行船の丸い窓から見た主島は、大地を切り取ったような広大さで、厚い灰色の雲の上に浮いていた。
 神官学校で習った通りに。
 そして、その主島全体が、透明な膜のような結界で護られていた。

「クレス、これが主島、お前が将来守らなければならない世界の一部だよ」

 クレスは目の前の世界の一部があまりに大きいので、口をぽかんとあけて目を丸くした。

「父さん、こういう浮島があと四つ、この世界には浮いているんだよね」
「そうだ」

 この世界は空に浮いている五つの浮島で成り立っている。
 季節の巡る主島を中心にして、春、夏、秋、冬、と季節が変わらない浮島が四方に浮いていた。
 主島には、この世界の創造主がいて、その創造主に仕えるのが大神官と呼ばれる、人間たちの長だった。
 クレスの父は、その大神官だ。そして、クレス自身も次期大神官として生を受けた。
 それは、生まれた時から決まっていることだった。
 大神官は世襲制で、息子や娘が跡を継ぐことになっていたからだ。

「ねえ、父さん、創造主さまってどういう人?」

 そう聞くクレスに、バレルは黒い髭を撫でてクレスに向いた。

「はは、創造主さまは人じゃないよ、クレス。リアスさまは……そうだな、神さま、と呼ぶのが一番近いかな。とても長く生きている。わりと気さくな方なのだけどね」

 クレスはバレルの顔を見て、続けて尋ねた。

「じゃあ、季主(きしゅ)さまは? どういう方たちなの?」
「とても慈悲深くて、暖かい存在、かな。この世界はリアスさまと季主さまたちによって守られているから」

 季節ごとの島には、季主という創造主の眷属が、各自の浮島をまもっていた。

「そして、各浮島を護っている貴石がある。春島では季主さま自身と、その力がこもったルビーが浮島の結界の要になっている。貴石のルビーはこの飛行船の動力源にもなっているんだ」

 諭すように言葉を続けるバレルは、さいごに息子であるクレスに秘密を打ち明けるように小さく言った。

「この世界の貴石には力が宿っているんだ、クレス。この世界は貴石に守られた世界なんだよ」

 クレスはほほ笑む父を見上げ、そして目の前の主島に視線を移した。
 主島は創造主の強力な結界で護られているのが、見ていてわかる。
 結界の中は緑で溢れているのに、結界外は虚無の灰色の雲しかないからだ。

 貴石―― ルビー、サファイア、エメラルド、ダイアモンド。

 それらが護る世界『ウェルファー』は、その日も平和に、厚い灰色の雲海に浮いていた。
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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