神聖な祈りと信仰
文字数 2,311文字
がやがやとした人の声でクレスは目が覚めた。
寝台から身体を起こすと、レイはもう目覚めていて、長そでの服に着替えている。
「おはよう、レイ。今日は長そでを着てるのか。暑くないか?」
「今日はまた少しの間馬車に乗って、夏島の最果てにいく。そこからヤシノキの森の中にある洞窟の祭壇まで行く。森の中を通るから長そでの服を着た方がいい。クレスも持ってきたでしょう?」
「ああ。なら、長そでを着るか。それにしてもこのざわめきは何なんだ?」
「さあ……」
そうクレスとレイが訝し気に思っていると、この民宿のあるじ、リオがやってきた。
「クレス、レイ。これから創造主さまと夏主さまに祈りをささげる時間になるんだ。俺たちは昨日の集会所にいくが、来るか? どうせ朝飯もそのあとで作るから遅くなるしな」
リオの言葉にクレスとレイは顔を見合わせた。
「行きます。祈りを捧げましょう」
レイが穏やかにリオの方に顔を向けて言う。クレスはなんだか少し複雑な気分になった。
レイは自分自身に祈りをささげることになるのだから、なんだかそれが滑稽 に思えた。
民宿の部屋からリオと出ると、クレスとレイはリオのあとをついて昨日の集会所へと向かう。日の出たばかりの朝のすがすがしい空気に包まれ、クレスは大きく深呼吸した。外は気持ちのいい朝だ。
「今は創造主祭の真っ最中だが、ここでは毎日、創造主さまと夏主さまに祈りをささげているんだ」
リオがそう言ってレイとクレスの先を歩く。供物になる簡単な朝食を二人分、創造主と夏主の分をヤシの葉で編んだ籠に入れてもっていた。
「夏主祭のとき一度だけ、キリブに行ったことがある。夏神殿の露台に立った夏主レイファルナスさまを見たことがあるよ。遠くてよく顔が見えなかったが、あのときは感動したな」
「そうですか。夏主祭の夏神殿は大勢の人が集まりますからね」
「レイとクレスは夏主さまがおわす首都から来たんだろう? 夏主さまをみたことはあるか?」
そう聞くリオにレイはにこやかに答えた。
「ありますよ。彼は夏島が大好きらしいですね」
レイはリオに話を合わせ、クレスはそれを複雑な気持ちで聞いていた。
集会所ではすでに多くの人が祭壇の前で座っていた。
祭壇には供物になる果物や飲み物が並べられていて、その上に創造主に見立てた深緑色の布と、夏主に見立てた青色の布が、偶像崇拝用のそこそこ大きい台から垂れていた。
風にそよぐその布は、年季がはいっているのだろう、色あせている。
その前で正座をした村人たちに混じってレイとクレスは神妙に一番後ろへと正座で座った。
この村の村長が創造主と夏主を寿 ぐ言葉を述べると、人々は深緑色の布と青色の布に向かって地面に手をつき、深く頭を垂れた。
それを見たクレスとレイも、同じようにして祈りをささげた。
クレスはレイが自分自身に祈っているのを見て、やっぱり複雑な気持ちになり、どんな顔をしているかと思って彼を見た。
しかし、レイは実に神妙に真剣に祈りをささげていた。
気持ちの問題なのだ、とクレスは思った。
村人が自分 を神聖な対象として、祈っている。あがめる対象が自分であっても、彼らのだいじな物に一緒に祈りをささげる。
レイは村人のこころを尊重して、一緒に祈りを捧げたのだ。
祈りが終わり、朝食を摂って、また馬車にのる。
今回の馬車は乗り合い馬車ではなく、リオに頼んで農耕用の馬車を出してもらった。
馬車の荷台に乗せてもらい、夏島の最果て、この世界の最果てでもあるヤシノキの森の前まで行ってもらう。リオは二人の用事が終わるまでレイとクレスをその場で待つことになった。
「こんな深いヤシノキの森でなにすんだ? それにここは夏島の最果てだし、特にこの森に人はあまり近づかないよ。獣が出るだろうし」
リオは心配げにレイとクレスを気遣い、眉を寄せる。
「お気遣いありがとう、リオさん。でも数刻でもどってくるから心配しないで」
「そうか? 気を付けて行けよ。俺はここで昼寝してるから」
リオはだるそうにレイたちがいる荷台へ来る。
そこで昼寝をする気だろう。
「なるべく早く帰ってきますから。クレス、行こう」
レイはクレスを促して馬車の荷台から降り、代わりにリオが昼寝のために荷台にのぼった。
レイは、ヤシノキの森へと歩いて入って行く。
クレスはレイのあとを小走りについて行った。
いくらも歩かないうちに、ヤシノキの森の中でクレスは方向感覚が分からなくなっていた。周りはすべてヤシノキ。怖いくらいに緑と茶色の世界が続く。
しかし、レイの足取りはしっかりしていて、歩みは緩まない。
クレスはさらにレイのあとをついていく。
からりと晴れた夏島の気候は、暑くても気持ちのいい汗がかけるくらいだった。
汗を拭きながらしばらく歩いて行くと、大きな洞窟が口をひらいている。
中は真っ暗で、何か動物や虫がいたら嫌だな、とクレスは思った。
暗闇の中は少し怖い。
「クレス、この中に祭壇がある。中は暗いからここで待ってる?」
「いや、行くよ。ここまで来て祭壇を見ないで帰れるか」
「そう? なら行こう。この洞窟の中は、私の力で虫やコウモリが入れないようになってるから、暗くてもそんなに怖くないよ」
「怖いなんて言ってない」
「それは良かった」
虚勢を張ってクレスは答えた。
レイはクレスの答えを軽くながして、肩に背負っている荷物入れから道具をだして灯火をつける。それを洞窟の内部に向けて掲げた。
「行くよ。準備はいい?」
「ああ」
暗い洞窟内部に灯火の明かりが差し込む。
ぼうっと、暗闇が晴れて、黒い通路が見えた。
クレスは緊張しながらも、洞窟の内部へレイと入って行った。
寝台から身体を起こすと、レイはもう目覚めていて、長そでの服に着替えている。
「おはよう、レイ。今日は長そでを着てるのか。暑くないか?」
「今日はまた少しの間馬車に乗って、夏島の最果てにいく。そこからヤシノキの森の中にある洞窟の祭壇まで行く。森の中を通るから長そでの服を着た方がいい。クレスも持ってきたでしょう?」
「ああ。なら、長そでを着るか。それにしてもこのざわめきは何なんだ?」
「さあ……」
そうクレスとレイが訝し気に思っていると、この民宿のあるじ、リオがやってきた。
「クレス、レイ。これから創造主さまと夏主さまに祈りをささげる時間になるんだ。俺たちは昨日の集会所にいくが、来るか? どうせ朝飯もそのあとで作るから遅くなるしな」
リオの言葉にクレスとレイは顔を見合わせた。
「行きます。祈りを捧げましょう」
レイが穏やかにリオの方に顔を向けて言う。クレスはなんだか少し複雑な気分になった。
レイは自分自身に祈りをささげることになるのだから、なんだかそれが
民宿の部屋からリオと出ると、クレスとレイはリオのあとをついて昨日の集会所へと向かう。日の出たばかりの朝のすがすがしい空気に包まれ、クレスは大きく深呼吸した。外は気持ちのいい朝だ。
「今は創造主祭の真っ最中だが、ここでは毎日、創造主さまと夏主さまに祈りをささげているんだ」
リオがそう言ってレイとクレスの先を歩く。供物になる簡単な朝食を二人分、創造主と夏主の分をヤシの葉で編んだ籠に入れてもっていた。
「夏主祭のとき一度だけ、キリブに行ったことがある。夏神殿の露台に立った夏主レイファルナスさまを見たことがあるよ。遠くてよく顔が見えなかったが、あのときは感動したな」
「そうですか。夏主祭の夏神殿は大勢の人が集まりますからね」
「レイとクレスは夏主さまがおわす首都から来たんだろう? 夏主さまをみたことはあるか?」
そう聞くリオにレイはにこやかに答えた。
「ありますよ。彼は夏島が大好きらしいですね」
レイはリオに話を合わせ、クレスはそれを複雑な気持ちで聞いていた。
集会所ではすでに多くの人が祭壇の前で座っていた。
祭壇には供物になる果物や飲み物が並べられていて、その上に創造主に見立てた深緑色の布と、夏主に見立てた青色の布が、偶像崇拝用のそこそこ大きい台から垂れていた。
風にそよぐその布は、年季がはいっているのだろう、色あせている。
その前で正座をした村人たちに混じってレイとクレスは神妙に一番後ろへと正座で座った。
この村の村長が創造主と夏主を
それを見たクレスとレイも、同じようにして祈りをささげた。
クレスはレイが自分自身に祈っているのを見て、やっぱり複雑な気持ちになり、どんな顔をしているかと思って彼を見た。
しかし、レイは実に神妙に真剣に祈りをささげていた。
気持ちの問題なのだ、とクレスは思った。
村人が
レイは村人のこころを尊重して、一緒に祈りを捧げたのだ。
祈りが終わり、朝食を摂って、また馬車にのる。
今回の馬車は乗り合い馬車ではなく、リオに頼んで農耕用の馬車を出してもらった。
馬車の荷台に乗せてもらい、夏島の最果て、この世界の最果てでもあるヤシノキの森の前まで行ってもらう。リオは二人の用事が終わるまでレイとクレスをその場で待つことになった。
「こんな深いヤシノキの森でなにすんだ? それにここは夏島の最果てだし、特にこの森に人はあまり近づかないよ。獣が出るだろうし」
リオは心配げにレイとクレスを気遣い、眉を寄せる。
「お気遣いありがとう、リオさん。でも数刻でもどってくるから心配しないで」
「そうか? 気を付けて行けよ。俺はここで昼寝してるから」
リオはだるそうにレイたちがいる荷台へ来る。
そこで昼寝をする気だろう。
「なるべく早く帰ってきますから。クレス、行こう」
レイはクレスを促して馬車の荷台から降り、代わりにリオが昼寝のために荷台にのぼった。
レイは、ヤシノキの森へと歩いて入って行く。
クレスはレイのあとを小走りについて行った。
いくらも歩かないうちに、ヤシノキの森の中でクレスは方向感覚が分からなくなっていた。周りはすべてヤシノキ。怖いくらいに緑と茶色の世界が続く。
しかし、レイの足取りはしっかりしていて、歩みは緩まない。
クレスはさらにレイのあとをついていく。
からりと晴れた夏島の気候は、暑くても気持ちのいい汗がかけるくらいだった。
汗を拭きながらしばらく歩いて行くと、大きな洞窟が口をひらいている。
中は真っ暗で、何か動物や虫がいたら嫌だな、とクレスは思った。
暗闇の中は少し怖い。
「クレス、この中に祭壇がある。中は暗いからここで待ってる?」
「いや、行くよ。ここまで来て祭壇を見ないで帰れるか」
「そう? なら行こう。この洞窟の中は、私の力で虫やコウモリが入れないようになってるから、暗くてもそんなに怖くないよ」
「怖いなんて言ってない」
「それは良かった」
虚勢を張ってクレスは答えた。
レイはクレスの答えを軽くながして、肩に背負っている荷物入れから道具をだして灯火をつける。それを洞窟の内部に向けて掲げた。
「行くよ。準備はいい?」
「ああ」
暗い洞窟内部に灯火の明かりが差し込む。
ぼうっと、暗闇が晴れて、黒い通路が見えた。
クレスは緊張しながらも、洞窟の内部へレイと入って行った。