第18話 秋主の趣味
文字数 3,111文字
「さあ、行こうか」
レイはいま出てきた扉を閉めて、秋神殿へと向かう。
扉は一瞬だけ青く光ったと思うと茶色になり、静かに秋神殿の木々の間の祠で佇んでいる。
クレスは初めて来た秋神殿で、後ろの背嚢から季主のところへ行くための通行手形を出した。自分の身元の証明を一応出しておいた方がいいと思ったからだ。
秋神殿は茶色の砂壁の一階部分と正面に八本の円柱で支えられた二階部分、そして、正面が色とりどりのガラスブロックできた、三階部分からなる。大きな緑色の三角屋根を持った神殿だった。やはり夏島の夏神殿のような、物語の中の城のような造りだ。
秋神殿に入ると、クレスたちは警備の者に誰何 された。
何者かを聞かれたクレスたちは、大神殿の封筒の通行手形を見せる。レイの顔は知られていないので、夏主だということは秋神殿の者でも組織の下の方では分からないようだった。
秋主アレイゼス様に用がある、と言うと、大神殿の封筒を持ったクレスを警備部の神官は丁重にあつかった。
そして、警備部の神官は、この秋神殿の筆頭神官、クラウス翠神官 を連れてきたのだった。夏島のルミレラ蒼神官のように、額に金鎖で吊るされた緑色の石を頂く金冠をかむっている。
夏島の象徴色は青だが、秋島の象徴色は黄緑色だ。その色をふんだんに使った神官服を着たクラウス翠神官は目の前のレイを見て驚いた。
レイが片手をあげて気軽に挨拶をする。
「やあ、クラウス翠神官、久しぶり」
年のころは三十代半ば程のクラウス翠神官がレイに声をかけた。
「レイファルナス様! また、旅をしているんですか? そのような一般市民の恰好でいらっしゃるなんて」
レイの姿は、紺色のベストとズボンとブーツという、一般市民の旅装束だった。髪も無造作に三つ編みで一つに結わえられている。クレスの服も色は違うが、同じようなものだ。
レイはたまにこの世界の旅をすることが趣味なので、秋島にも良く来るのだろう。
「まあ、細かいことは気にしないで。それよりもアレイゼスはいるかな」
「今日はアレイゼス様の休日なので、趣味の鉱石堀りにいっていらしていて……ここにはおりません」
がくりと肩を落としたクラウス翠神官にレイは軽く笑みを浮かべた。
「相変らずだね。じゃあ、私たちがそこまで行くよ。クレス、それでいい?」
「えっと……。どこに行くって?」
話について行けないクレスが眉間に皺を寄せる。
「そちらの方 が通行手形に書いてあったクレスさんですか。次期大神官の方だと手紙に書いてありました。私は秋島筆頭神官、翠神官クラウス・ライメルスです」
にこやかに差し出された手をクレスは握る。
「よろしくお願いします、クラウス翠神官。ところで秋主アレイゼス様は、どこに行っていらっしゃるのですか?」
「はあ、この秋神殿から少し離れた、さ、砂漠です。そこにある鉱脈で金を掘っています」
クラウス翠神官は言いにくそうに少しどもった。
クレスも少し驚く。
「秋主様が鉱石掘り?」
「……そうです。それがアレイゼス様の趣味なんです。行くのならラクダを用意させます。行きますか?」
クレスは待っていようと思ったのだけれど。レイは同僚の気安さで尋ねていくという。
「クラウス翠神官、ラクダを用意してくれると助かる。アレイゼスに会いに行こう、クレス」
レイは綺麗な笑顔でクレスに言った。
クレスはその笑顔を見ると断れなくなって、一緒に砂漠へ行くことにした。
ぽてぽてとラクダが歩く。
それを先導している人間もいて、クレスとレイは二頭のラクダにそれぞれ乗せられて、秋主アレイゼスのいる砂漠へとついた。
秋神殿からいくらも離れてはいない場所だった。
砂漠は暑くはなく、乾いた風と少し肌寒いくらいの気候である。
大地には乾いた土地でも生きる強い草や木が茂っていた。
「この砂漠では生き物がとても少ない。でもこういう場所でないと生きられない生物というものもいる」
ラクダに乗りながらレイがクレスに話す。
「砂漠のヘビとか虫とか、サボテンやらの植物とか……か?」
「そうだね。良く勉強しているじゃないか」
話しながらラクダに揺られていると、小高い岩石が連なった山についた。
ここが鉱脈なのだろう。
そこまで来ると、レイは大声を上げてアレイゼスを呼ぶ。
「アレイゼス! 私だ、レイファルナスだ! いるんだろう。出てきてくれ」
その声は砂漠の山にすいこまれ、大きく響き渡った。
すると、山に沢山ある横穴の一つから、大きな身体がのっそりと出てくる。
真っ黒に汚れて、作業着を着た、筋骨隆々とした逞 しい大男。と言っても、季主に生物的な性別はない。
その瞳は綺麗な黄緑色で、エメラルドのように輝いている。肌は薄い褐色で日焼けをしているよう。金色の短い髪も、砂でくすんでいた。
炭鉱夫のような姿だ。
それがアレイゼスを見たクレスの第一印象だった。
「おう、レイ。そんな大声出さなくても聞こえてる。なんだ? こんなところまで。何か用があってきたのか?」
「そうだよ。と言っても、急な用じゃないんだけどね。ゼスが『仕事』をしているとこが見たくて、興味本位で来てみた」
「そっちのちっこいのは何だ?」
「ち、ちっこい……」
ちっこい、呼ばわりされて軽くショックを受けるクレスだ。
だが気を取り直して背筋を伸ばし、アレイゼスに向く。
「私は大神官バレルの息子、クレス・クレウリーと言います。季主さま宛てにリアス様から手紙を預かってきています。それを読んで、返事を書いてほしいのです」
「手紙? リアス様の? ああ、下の様子のことか」
「……え?」
今、重要なことを聞いてしまった、とクレスは思った。
『下の様子のこと』
とアレイゼスは言った。下、とは何のことだろう。様子とは?
そこでクレスはふと気が付いた。この世界の下のことなのだろうか。ウェルファーは空中に浮いている世界なのだから。
この世界の下になにがあるかなんて、クレスは考えたことも無かった。
「アレイゼス、言っては駄目だ」
レイが眉をひそめてアレイゼスに注意する。
「そのうち分かることだ」
アレイゼスは悪びれる様子もなく、横穴から出てきた。
砂で真っ黒な顔には汗が浮き、腰の水筒に入った中身を飲み干し、ぷはあと息をついた。
「何か収穫はあった?」
レイが聞くと、アレイゼスは小さな金の筋の入った拳大の原石をレイに差し出した。
「今日はこれくらいだな。一人で掘ってるにしては感がいいだろ」
「そんな苦労をして、モノ好きだな、ゼスは。そんな危険な仕事を趣味にしているなんて」
レイは眉をひそめてアレイゼスに心配な顔を向けた。
「危険だが収穫があったときが嬉しいからな」
ははは、とアレイゼスは笑う。
そして、クレスに向き直るとその大きな手で彼の頭をがしっとつかみ、わしゃわしゃと撫でた。クレスの頭がアレイゼスの胸あたりまでしかないので、大人と子供の身長差ほどある。
「そして、坊主、手紙の返事だったな。いま秋神殿に帰って書いてやろう。でも今日は秋神殿に泊ってけ。久しぶりにレイが来たから、宴を開いてやろう」
「坊主じゃありません! クレスです。クレス・クレウリー!」
「そうか、そうか。元気がいいな、クレス」
秋主アレイゼス。彼は屈託のない、豪快な性格の季主だった。
レイはいま出てきた扉を閉めて、秋神殿へと向かう。
扉は一瞬だけ青く光ったと思うと茶色になり、静かに秋神殿の木々の間の祠で佇んでいる。
クレスは初めて来た秋神殿で、後ろの背嚢から季主のところへ行くための通行手形を出した。自分の身元の証明を一応出しておいた方がいいと思ったからだ。
秋神殿は茶色の砂壁の一階部分と正面に八本の円柱で支えられた二階部分、そして、正面が色とりどりのガラスブロックできた、三階部分からなる。大きな緑色の三角屋根を持った神殿だった。やはり夏島の夏神殿のような、物語の中の城のような造りだ。
秋神殿に入ると、クレスたちは警備の者に
何者かを聞かれたクレスたちは、大神殿の封筒の通行手形を見せる。レイの顔は知られていないので、夏主だということは秋神殿の者でも組織の下の方では分からないようだった。
秋主アレイゼス様に用がある、と言うと、大神殿の封筒を持ったクレスを警備部の神官は丁重にあつかった。
そして、警備部の神官は、この秋神殿の筆頭神官、クラウス
夏島の象徴色は青だが、秋島の象徴色は黄緑色だ。その色をふんだんに使った神官服を着たクラウス翠神官は目の前のレイを見て驚いた。
レイが片手をあげて気軽に挨拶をする。
「やあ、クラウス翠神官、久しぶり」
年のころは三十代半ば程のクラウス翠神官がレイに声をかけた。
「レイファルナス様! また、旅をしているんですか? そのような一般市民の恰好でいらっしゃるなんて」
レイの姿は、紺色のベストとズボンとブーツという、一般市民の旅装束だった。髪も無造作に三つ編みで一つに結わえられている。クレスの服も色は違うが、同じようなものだ。
レイはたまにこの世界の旅をすることが趣味なので、秋島にも良く来るのだろう。
「まあ、細かいことは気にしないで。それよりもアレイゼスはいるかな」
「今日はアレイゼス様の休日なので、趣味の鉱石堀りにいっていらしていて……ここにはおりません」
がくりと肩を落としたクラウス翠神官にレイは軽く笑みを浮かべた。
「相変らずだね。じゃあ、私たちがそこまで行くよ。クレス、それでいい?」
「えっと……。どこに行くって?」
話について行けないクレスが眉間に皺を寄せる。
「そちらの
にこやかに差し出された手をクレスは握る。
「よろしくお願いします、クラウス翠神官。ところで秋主アレイゼス様は、どこに行っていらっしゃるのですか?」
「はあ、この秋神殿から少し離れた、さ、砂漠です。そこにある鉱脈で金を掘っています」
クラウス翠神官は言いにくそうに少しどもった。
クレスも少し驚く。
「秋主様が鉱石掘り?」
「……そうです。それがアレイゼス様の趣味なんです。行くのならラクダを用意させます。行きますか?」
クレスは待っていようと思ったのだけれど。レイは同僚の気安さで尋ねていくという。
「クラウス翠神官、ラクダを用意してくれると助かる。アレイゼスに会いに行こう、クレス」
レイは綺麗な笑顔でクレスに言った。
クレスはその笑顔を見ると断れなくなって、一緒に砂漠へ行くことにした。
ぽてぽてとラクダが歩く。
それを先導している人間もいて、クレスとレイは二頭のラクダにそれぞれ乗せられて、秋主アレイゼスのいる砂漠へとついた。
秋神殿からいくらも離れてはいない場所だった。
砂漠は暑くはなく、乾いた風と少し肌寒いくらいの気候である。
大地には乾いた土地でも生きる強い草や木が茂っていた。
「この砂漠では生き物がとても少ない。でもこういう場所でないと生きられない生物というものもいる」
ラクダに乗りながらレイがクレスに話す。
「砂漠のヘビとか虫とか、サボテンやらの植物とか……か?」
「そうだね。良く勉強しているじゃないか」
話しながらラクダに揺られていると、小高い岩石が連なった山についた。
ここが鉱脈なのだろう。
そこまで来ると、レイは大声を上げてアレイゼスを呼ぶ。
「アレイゼス! 私だ、レイファルナスだ! いるんだろう。出てきてくれ」
その声は砂漠の山にすいこまれ、大きく響き渡った。
すると、山に沢山ある横穴の一つから、大きな身体がのっそりと出てくる。
真っ黒に汚れて、作業着を着た、筋骨隆々とした
その瞳は綺麗な黄緑色で、エメラルドのように輝いている。肌は薄い褐色で日焼けをしているよう。金色の短い髪も、砂でくすんでいた。
炭鉱夫のような姿だ。
それがアレイゼスを見たクレスの第一印象だった。
「おう、レイ。そんな大声出さなくても聞こえてる。なんだ? こんなところまで。何か用があってきたのか?」
「そうだよ。と言っても、急な用じゃないんだけどね。ゼスが『仕事』をしているとこが見たくて、興味本位で来てみた」
「そっちのちっこいのは何だ?」
「ち、ちっこい……」
ちっこい、呼ばわりされて軽くショックを受けるクレスだ。
だが気を取り直して背筋を伸ばし、アレイゼスに向く。
「私は大神官バレルの息子、クレス・クレウリーと言います。季主さま宛てにリアス様から手紙を預かってきています。それを読んで、返事を書いてほしいのです」
「手紙? リアス様の? ああ、下の様子のことか」
「……え?」
今、重要なことを聞いてしまった、とクレスは思った。
『下の様子のこと』
とアレイゼスは言った。下、とは何のことだろう。様子とは?
そこでクレスはふと気が付いた。この世界の下のことなのだろうか。ウェルファーは空中に浮いている世界なのだから。
この世界の下になにがあるかなんて、クレスは考えたことも無かった。
「アレイゼス、言っては駄目だ」
レイが眉をひそめてアレイゼスに注意する。
「そのうち分かることだ」
アレイゼスは悪びれる様子もなく、横穴から出てきた。
砂で真っ黒な顔には汗が浮き、腰の水筒に入った中身を飲み干し、ぷはあと息をついた。
「何か収穫はあった?」
レイが聞くと、アレイゼスは小さな金の筋の入った拳大の原石をレイに差し出した。
「今日はこれくらいだな。一人で掘ってるにしては感がいいだろ」
「そんな苦労をして、モノ好きだな、ゼスは。そんな危険な仕事を趣味にしているなんて」
レイは眉をひそめてアレイゼスに心配な顔を向けた。
「危険だが収穫があったときが嬉しいからな」
ははは、とアレイゼスは笑う。
そして、クレスに向き直るとその大きな手で彼の頭をがしっとつかみ、わしゃわしゃと撫でた。クレスの頭がアレイゼスの胸あたりまでしかないので、大人と子供の身長差ほどある。
「そして、坊主、手紙の返事だったな。いま秋神殿に帰って書いてやろう。でも今日は秋神殿に泊ってけ。久しぶりにレイが来たから、宴を開いてやろう」
「坊主じゃありません! クレスです。クレス・クレウリー!」
「そうか、そうか。元気がいいな、クレス」
秋主アレイゼス。彼は屈託のない、豪快な性格の季主だった。