第32話 ルース
文字数 1,923文字
ダリウス朱神官の宴が三日後に迫っている。
クレスはダリウス朱神官の宴に出ると約束してしまったので、動くに動けなかった。
そして、ルファもそのことを知っているのだろう、手紙の返事を書いてくれない。
春島から身動きが取れないまま、ダリウス朱神官の宴への招待状が届いた。
そこには、注意書きに招待者の同伴者を一人同行しても良い、と書かれていた。
だめでもともと、クレスはレイに聞いてみた。
「なあ、レイ。ダリウス朱神官の宴に俺の同伴者としてくるか?」
それにレイはクスリと笑って「まさか」と答えた。
「これでも私は季主だからね。それに、蒼神官の個人的な宴にも出席したことのない私が、他の浮島の筆頭神官の宴に出られるわけがない」
「そうなのか? そうだよなあ。まあ、一人でいいか」
クレスは招待状をテーブルの上にポンと放り投げた。
その日の夕方である。
夕食を届けに来たネモフィラがクレスに突拍子もないことを言い出したのだ。
「俺の同伴者になってダリウス朱神官の宴に出席したい?」
クレスはトレイからスプーンで掬った料理を零した。
ネモフィラは真剣にクレスに頼んでいる。
「お願いです。ダリウス朱神官の屋敷に入ったら、私はすぐに消えますし、クレスさんに迷惑はかけません」
「まてまてまて!」
クレスは焦った。何かとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。
「どうしてダリウス朱神官の宴に出たいんだ」
「それは……内緒じゃダメですか」
「ふざけてんのか。ダメに決まっているだろ」
クレスは半分怒りを覚えた。
自分の同伴者として一緒に屋敷に入ったとして、その人物がその先で何をしているのか把握できないのなら、連れて行けるわけがない。
「ならば私の話を聞いてください。とても重要な話なんです」
そうして、ネモフィラは告白した。
「この前、春島で麦や米が高いのは不自然だと言ったら、クレスさんは、「誰かがどこかでかすめ取っている」と言いましたよね」
「……ああ」
「春島では小麦と米は春神殿で売り買いを管理して専売しています」
「そうなのか」
「そして、春島の財務部長であるデビュームという男が、帳簿をごまかしています」
「……どうしてそんなことが分かる?」
「ある確かな筋の人に確かめてもらいました」
でもその人の名は今時点では明かせない、とネモフィラは言った。
「デビュームという男を掴まえればいいだけじゃないか」
簡単に言ったクレスにネモフィラは言う。
「証拠がありません。それに、デビュームを捕まえても根本的に解決しません」
「どうして?」
「デビュームに帳簿をごまかすように指示したものが裏にいるからです」
「まさか……」
小麦は春神殿で専売している。
その物価が高い。
春島の財務部長が帳簿を誰かの指示でごまかしている。
そんな指示が出せる人物とは――
「まさかダリウス朱神官? だと? だから、ダリウス朱神官の宴に行きたいと?」
「そうです」
「で、でも何しに行くんだ」
「正当な帳簿を探したいんです。それが証拠になってダリウスを失脚できます。ダリウスの家の金の流れも、ルースで調べ上げているしね。今の私では、身分が低くてダリウス朱神官の宴には呼ばれることはないでしょう。呼ばれたら逆に不審に思われます」
ネモフィラは初めから物価のことに詳しかった。
他の人には気が付かないくらいの値上げに敏感だった。
そして、今回の願い……。
「君は、ルースの一員なのか?」
「……ええ」
反神殿組織であるルースの工作員は、春神殿の神官だった。
「もっと力の強いルースの仲間も、春神殿内にいます。その方のおかげで、きっとこの任務は成功するでしょう」
クレスは頭が混乱してきた。
反神殿組織というから、とてもきな臭い組織なのだろうと思っていた。
いや、実際きな臭いのかもしれない。
下がらない小麦の値段。
誰か―― ダリウス朱神官とその周りにきっと金が流れている、とネモフィラは言う。
それにしてもクレスは思う。
「……俺が、この話を外部に漏らすと思わなかったのか? 警備部に今の話を言ったら、ネモフィラは牢屋に入れられるぞ」
「それでも、私はきっと牢屋から出てこられるでしょう。それほど強力な権力を持った方が、ルースにはいます」
「ダリウス朱神官と同等くらいの地位の人なのか? ネモフィラはその人の手先なのか?」
手先とは人聞きが悪いですね、とネモフィラは微笑した。
「だから、クレスさん、私を同伴者にしてください。もう、この話しを聞いてしまった以上、断ることはできませんよ」
「断ったらどうする気だよ」
精一杯の抵抗を込めてクレスはネモフィラを睨んだ。
「さて。どうしましょうか」
ふふふと笑ったネモフィラはとても怖かった。
クレスはダリウス朱神官の宴に出ると約束してしまったので、動くに動けなかった。
そして、ルファもそのことを知っているのだろう、手紙の返事を書いてくれない。
春島から身動きが取れないまま、ダリウス朱神官の宴への招待状が届いた。
そこには、注意書きに招待者の同伴者を一人同行しても良い、と書かれていた。
だめでもともと、クレスはレイに聞いてみた。
「なあ、レイ。ダリウス朱神官の宴に俺の同伴者としてくるか?」
それにレイはクスリと笑って「まさか」と答えた。
「これでも私は季主だからね。それに、蒼神官の個人的な宴にも出席したことのない私が、他の浮島の筆頭神官の宴に出られるわけがない」
「そうなのか? そうだよなあ。まあ、一人でいいか」
クレスは招待状をテーブルの上にポンと放り投げた。
その日の夕方である。
夕食を届けに来たネモフィラがクレスに突拍子もないことを言い出したのだ。
「俺の同伴者になってダリウス朱神官の宴に出席したい?」
クレスはトレイからスプーンで掬った料理を零した。
ネモフィラは真剣にクレスに頼んでいる。
「お願いです。ダリウス朱神官の屋敷に入ったら、私はすぐに消えますし、クレスさんに迷惑はかけません」
「まてまてまて!」
クレスは焦った。何かとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。
「どうしてダリウス朱神官の宴に出たいんだ」
「それは……内緒じゃダメですか」
「ふざけてんのか。ダメに決まっているだろ」
クレスは半分怒りを覚えた。
自分の同伴者として一緒に屋敷に入ったとして、その人物がその先で何をしているのか把握できないのなら、連れて行けるわけがない。
「ならば私の話を聞いてください。とても重要な話なんです」
そうして、ネモフィラは告白した。
「この前、春島で麦や米が高いのは不自然だと言ったら、クレスさんは、「誰かがどこかでかすめ取っている」と言いましたよね」
「……ああ」
「春島では小麦と米は春神殿で売り買いを管理して専売しています」
「そうなのか」
「そして、春島の財務部長であるデビュームという男が、帳簿をごまかしています」
「……どうしてそんなことが分かる?」
「ある確かな筋の人に確かめてもらいました」
でもその人の名は今時点では明かせない、とネモフィラは言った。
「デビュームという男を掴まえればいいだけじゃないか」
簡単に言ったクレスにネモフィラは言う。
「証拠がありません。それに、デビュームを捕まえても根本的に解決しません」
「どうして?」
「デビュームに帳簿をごまかすように指示したものが裏にいるからです」
「まさか……」
小麦は春神殿で専売している。
その物価が高い。
春島の財務部長が帳簿を誰かの指示でごまかしている。
そんな指示が出せる人物とは――
「まさかダリウス朱神官? だと? だから、ダリウス朱神官の宴に行きたいと?」
「そうです」
「で、でも何しに行くんだ」
「正当な帳簿を探したいんです。それが証拠になってダリウスを失脚できます。ダリウスの家の金の流れも、ルースで調べ上げているしね。今の私では、身分が低くてダリウス朱神官の宴には呼ばれることはないでしょう。呼ばれたら逆に不審に思われます」
ネモフィラは初めから物価のことに詳しかった。
他の人には気が付かないくらいの値上げに敏感だった。
そして、今回の願い……。
「君は、ルースの一員なのか?」
「……ええ」
反神殿組織であるルースの工作員は、春神殿の神官だった。
「もっと力の強いルースの仲間も、春神殿内にいます。その方のおかげで、きっとこの任務は成功するでしょう」
クレスは頭が混乱してきた。
反神殿組織というから、とてもきな臭い組織なのだろうと思っていた。
いや、実際きな臭いのかもしれない。
下がらない小麦の値段。
誰か―― ダリウス朱神官とその周りにきっと金が流れている、とネモフィラは言う。
それにしてもクレスは思う。
「……俺が、この話を外部に漏らすと思わなかったのか? 警備部に今の話を言ったら、ネモフィラは牢屋に入れられるぞ」
「それでも、私はきっと牢屋から出てこられるでしょう。それほど強力な権力を持った方が、ルースにはいます」
「ダリウス朱神官と同等くらいの地位の人なのか? ネモフィラはその人の手先なのか?」
手先とは人聞きが悪いですね、とネモフィラは微笑した。
「だから、クレスさん、私を同伴者にしてください。もう、この話しを聞いてしまった以上、断ることはできませんよ」
「断ったらどうする気だよ」
精一杯の抵抗を込めてクレスはネモフィラを睨んだ。
「さて。どうしましょうか」
ふふふと笑ったネモフィラはとても怖かった。