一話 仕事

文字数 1,962文字

 『運命』なんて言葉、俺はクソくらえと思っていた。

 

 だけど、きっとあの人に出会えたことが、俺の運命だったんだ。
 初めは恋でさえなかった。
 ただ、季主というものに思ったよりも親近感が湧いて。
 息をするように自然と夏島を護る彼を、尊く思った。

 何かを護るって大変なことだと思う。
 それが大きなものであれば、なおさら。
 俺はつい最近まで、次期大神官という立場が重くて、世界を護ることから逃げていた。
 そんな俺には、彼はとても眩しかった。
 彼は、俺にとても大きな影響を与えた存在になったのだ。





「頼む! 叔父さん!」
「駄目だ」
「そこを何とか!」
「だめだ!」

 ここは叔父の経営している食堂の店長室。俺は今、叔父にここで働かせてもらおうと頼み込んでいることろだ。
 しかし叔父も手ごわくて、俺の頼みなんて聞きやしない。

「お前な。お前は次期大神官だろ? こんなところで仕事してるより他にやることあるだろうが」

 叔父は口元でふかしていた煙草を右手に持つと、俺に厳しい眼を向けた。

「なんで突然ここで働きたいと思ったんだ? ここんとこで何かあったか? 話だったら聞いてやるから」

 心配気に聞く叔父に、俺は奥歯を噛みしめる。
 別に特別に何かあったわけじゃない。
 ただ、『進級』しただけだ。
 今は五月。初夏であり、俺はあと二年で神官学校の卒業を控えていた。
 俺はいま十六歳で、ことし十七歳になる。

 卒業のあとには、就職がまっているわけで。
 そして当然のように俺は十八歳で大神殿に務めるようになるのだろう。 
 いままで滞りなく勉強はしてきたし、成績も悪くないけど。
 ここに来て、俺自身にのしかかる次期大神官という重圧に息が止まりそうになっていた。

 大神官――この職は、この世界の人間達の最高権力者であり、世襲制であり、創造主に仕える身である。他の浮島の筆頭神官たちのまとめ役も務める。
 その為の特別な勉強も、俺にはある。

 そんな大役に生まれたときからなることが決まっているなんて。
 それは、呪いのような運命だと俺は思っていた。

「何もないし、何でもない」
「何でも無いわけ、ないだろうが」

 叔父は俺を睨みつける。俺の父である大神官の弟である叔父は、大神殿近くの食堂街で店を営んでいた。けっこう高級な食堂で、ガラも悪くない。
 叔父は項垂れた俺をながめる。
 
「……俺にもちょっと考えがある。後でまた来い」
「……え? 考えてくれるのか?」
「少し、な。……まあお前の気持ちも分からないでもないからな……」
 
 最後の方、叔父が何をいったのか、聞き取れなかった。
 でも、考えてくれるのなら話は別だ。

「またっていつ来ればいい?」
 
 そう聞けば、

「明日でいい。また来い。それまでに俺も考えておく」

 そう答えてくれた。

「ありがとう、叔父さん! 世話になる!」
「まだ雇うって言ってない」
「また明日くるからな!」

 俺は叔父の食堂から期待を胸に外に出た。今日、神官学校は休みだ。
 外に出ると、初夏の陽射しが俺に降り注ぐ。気持ちがいい天気だった。

 俺がなんで叔父の食堂で働きたいかといえば、単に遊ぶ金が欲しかったからだ。
 金は大事だ。金がないと何もできない。
 だから父さんは俺に金を渡さない。遊べないように、だ。
 
 俺はこの春に進級して、その途端に先に見えた長い道に嫌気がさした。
 大神殿で働いて、大神官になって。
 ただでさえ重い仕事を死ぬまで務めることに、吐き気がするほど嫌悪を感じた。

 この鬱屈した感情を、どうにかしたかった。 
 机に向かっていても、この感情はどうにもならない。
 身体を動かして気晴らしをして考えないようにしないと、どうにかなってしまいそうだった。

 翌日、神官学校のあとに叔父の店へ行くと、叔父はいつも通りの顔で店の裏方へ俺を通した。
 制服を着た従業員が忙しく仕事をする合間を縫って、店長室へ通される。
 安物の固い椅子に座って二人で卓につくと、叔父はいった。

「昨日の件だが」
「いいのか?」

 俺は勢い込んで聞いた。

「まあ、結論は、な。ここで働くのはいい。だが条件がある」
「なんだ?」
「神官学校へはちゃんと行くこと。仕事は夕方から夜までの週三日でいい。成績が落ちたら辞めさせる」
「ああ、それでいい! ありがとな、叔父さん!」

 俺は前のめりになって叔父に感謝した。

「仕方がないか、と思ってな。兄貴(バレル)もその年頃のときは、だいぶ苦しんだようだし。他に仕事を探されて危険な目に合われても困るからな」
「父さんが苦しんだ?」
「お前だってそうなんだろ?」

 叔父は煙草を箱から一本取り出しながら、空いた手で俺の頭をぽんぽんと叩いた。

「その歳で世界を支えろって言われても、無理だよな」

 少し、あっけに取られた。
 何もかも見透かしたようなその叔父の言葉に、俺は少しだけ泣きそうになった。
 
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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