第27話 冬島の穀物事情

文字数 1,767文字

 カラン、と店の入り口のカウベルが鳴る。
 重厚な木製の扉を開けると、むあっとした暖かい空気と食べ物の香りがクレスたちを包んだ。

「こんにちは」

 クレスは声をかけて中に入ると、そのあとをレイとネイスクレファも続く。
 コハクはクレスの胸元のコートの中に入っていて、店に入るなりするりと出て行った。
 宿屋の受付カウンターの奥に、鍋を掻きまわしている太った男性がいる。
 クレスはその人物へ向けて声をかけてみた。
 その人物しかいなかったからだ。

「すみません、主島から荷物が届いているはずなんですけど」
「ああ、来てるよ。きみ、名前は?」

 宿屋の店主だろう人物はぶっきら棒に叫んだ。

「クレスです。クレス・クレウリー」
「ああ。分かった。ターニャ、この前届いた荷物の受取人だ、持ってきてくれ」

 二階へ向かって大きな声を張り上げると、小柄な小母さんがクレスの荷物を抱えて降りてきた。

「まあまあ、冬主さまも来てくださったんですね。それとねこちゃんも。寒いなかありがとうございます」

 ネイスクレファをみとめたターニャは、相好を崩して彼女を見た。
 彼女が一緒だったからか、コハクを連れて入ったことも咎められなかった。

「今日は食事を頂こうと思っててな。客をつれてきた」
「腕を振るって用意しますわ」

 にこやかにネイスクレファにそう言うと、荷物をクレスに渡す。

「荷物はこれでいいかしら」

 柔和な雰囲気の、きっと店主の奥さんだろう人から荷物を受け取って、自分のものかクレスは点検した。

「確かに俺のです」
「じゃ、受取りのサインしてね」
「はい」

 クレスが手早くサインを済ませると、ネイスクレファは奥の食堂のテーブルに座り、レイとクレスを促した。
 さばさばとターニャに食事の注文をする。

「今日のおススメでいい。三人前。それとその猫にも何かあると助かる」
「はい、承りました」

 柔らかい声で承知され、クレスたちが暫く待っていると、美味しそうな料理が運ばれてきた。

 米、ジャガイモ、とうもろこし、が主食になっているが、米やジャガイモをかさましする為か、とうもろこしが多い混ぜご飯風になっていた。
 
 それに豚肉の焼いたものと、サラダ、スープというメニューだ。
 コハクにはお湯と焼いた肉の切れ端を細かくしたものを用意してもらった。

 腹が空いていたクレスはまたバクバクと口にそれらを運び、瞬く間に食べ終えてしまう。

 それを見ていたレイが心配気に聞いていた。

「それでおなか一杯になった?」

 あまりにも早く食べてしまったのを見て、心配になったのだろう。クレスは食べ盛りの十七歳だ。一番食べる時期なのだから。

「正直……もうちょっと食べたいけど、いいよ」
「ならば私の分の肉をあげるよ。まだ手をつけていないから。私は元来食べなくても平気な体だしね」
「……そうか? 悪いな」

 クレスは肉をレイから分けてもらい、それにかじりつく。
 一部始終を見ていたネイスクレファは、眉を寄せて申し訳ない風情でクレスを見た。

「この冬島は穀物がとても高くついてしまって、必要最低限しか神殿から配給されないのだよ」

「あ……そうですよね……いぜん秋島でも少しそのことを勉強しました」

「冬島では穀物は壊滅的に栽培できない。できてもトウモロコシが温室で育つくらいか。だから春島と秋島から麦を、主島から米を分けてもらっている。それでも輸送費、人件費がばかにならないから、冬島では冬神殿で、一括で買ってしまうのじゃ。それを配給という形で民に安く均一の値段で売っている」

 だから余分なものはないのだと。
 冬島の厳しさを実感したクレスだ。

 夏島から米を仕入れられないのは、冬島とは主島を挟んで反対側の位置になるので、輸送の限界を超えているのだ。

「冬島では夏島のだいたい1.3倍くらの値段で米や麦は売られている」

 レイはクレスに教えた。

「1.3倍……毎日食べるにはぎりぎりという値段じゃないか?」
「穀物は取らないと栄養不足になるからね。どうしても取らざるを得ないけど、これが冬島では限界の値段だよ」

「もともと冬島は人口が少ないからの。それでなんとかやっていっているのじゃ。さて、難しい話はここまで。食べようか」

 ネイスクレファはフォークを持ち直して、食事を再開した。

 レイはジュースを飲み、クレスはレイのくれた肉をまた食べ始めたのだった。
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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