炊き出し
文字数 1,935文字
ある日の昼下がり、クレスはアルウェと一緒に昼食を摂っていた。
大神殿には食堂もあるが、二人は弁当を持参していた。
今日は天気が良かったので大神殿の庭に設えてあるベンチに腰掛けて二人で弁当を食べている。
「ねえ、クレス、今度の休日は空いてる?」
「ああ、空いてるよ」
そう答えながら、何か重要な用事が入っていたような気もしていた。
でも思いだせない。
「なら買い物に付き合ってくれない? こんど父の誕生日なんだけど、男の人がどういうものを貰ったら喜ぶか良く分からないし。色々教えて欲しいの」
「うーん、まあ、俺で良かったらいいよ」
「本当? ありがとう」
アルウェは心から喜んでいた。
ここのところ、クレスとアルウェは急激に仲が良くなっていた。
アルウェの方がクレスを良く誘うようだったが、クレスも断る理由が思いあたらないので、こうして買い物にも付き合う。
「じゃあ、今度の休日、昼前に公園の鳥の像の前で待ってる」
「ああ。行くよ」
クレスはあいまいに微笑した。
自分は何か間違った方向へ進んでいるような、それでいて気がつかないような感覚。
何故か胸が苦しかった。
休日に買い物に一緒に出掛けた二人は、アルウェの父親に暖かい襟巻きを買って包装してもらった。
喫茶店でお茶を飲んで話をしたあとの帰り、道を歩いていると食欲をそそる良い香りが漂ってくる。
何か食べ物の匂いだ。
それは貧民街からだった。
誰かが炊き出しをしているのだ。
その『誰か』が見知った者だったのでクレスとアルウェは足をとめた。
「あれ……リームさんじゃないの」
アルウェが言う。
「そうみたいだね……炊き出ししてるんだ……。大神殿でそういう仕事ってあったっけ」
「ないわね。個人的にしている事じゃないかしら」
リームはクレスとアルウェの指導教官だ。
恩がある二人はリームのそばへ行ってみた。
「リームさん、炊き出しをしているんですか?」
クレスが声をかけると彼は作業をしていた手を止め、クレスの方に向いた。
「ああ、クレスか。ちょうどいい、手伝えよ」
「ええ、いいですよ」
「私にも手伝わせて下さい」
アルウェもその話に乗ってきた。
貧民街はすこぶる治安が悪い。身なりのいいアルウェは狙われる可能性もあるが、それでも毅然とリームを手伝う意思を見せた。
リームは「すまないな」と言うと炊き出しの準備を進める。
「リーム特製、クリームシチューだ。それとパン」
「ダジャレですか……」
アルウェはあからさまに脱力する。
「ダジャレでも腹が満たされればそれでいいのだ」
リームはもうすでに出来上がりつつあるシチューをかき混ぜていた。
「いつからこういう炊き出しをしていたんですか?」
そういうクレスにリームは先月からだと答えた。
「この貧民街には働くことが出来ない人たちがたくさんいる。病気やけがや障害の為に」
「はい……」
「でも人間は食わなくちゃ、死ぬ」
「ええ」
「だから俺はここで休日は炊き出しをしているんだ」
アルウェが感激していた
「凄いです……リームさん! なかなか出来る事じゃないですよ」
「大神殿では出来る事とできない事があるからな」
「どうして出来ないんですか」
「大神殿で動かしている金はいわば民の血税だ。むやみに使えないんだ」
リームは投げやりに言い放った。
「さあ、出来たぜ。配るから並んでくれよ」
大きな声でそう言うと、周りから腹をすかせた子供や年寄り、怪我をしたものなどが集まってきた。
アルウェはパンを配り、リームとクレスはシチューを配る。
貧民街の住人はそれを何も言わずにむしゃむしゃと食べていた。
あっという間にシチューを入れていた鍋はからになる。パンもなくなった。
台車に炊き出し用の荷物を積んで引いて帰るリームと一緒に、クレスとアルウェも大神殿の方へと歩いた。
三人はだまって歩いていたが、ぽつりとリームが言った。
「本当はこんなことをしても焼け石に水なんだ」
「え?」
クレスはリームが何を言おうとしているのか、聞き返した。
「たべる事は毎日の事だ。たかが一週間に一度炊き出しをしたところで何も変わらない。病気のものは医者にかかる事も出来ず、死ぬ。餓死するものだってあとを絶たない」
クレスは少し考えてリームに言った。
「でもリームさんのやっている事は無駄じゃないと思います」
「いつまで出来るか、わからんがな」
リームは口元を片方だけあげて皮肉げに笑った。
「所詮、自己満足なんだ。俺があの貧民街の人間が死んでいくのを見てられない」
「……どうしてそんなに肩入れするんですか?」
「さあな」
リームはまっすぐに前を向いて、クレスの方を見ようとはしなかった。
夕日が三人を照らしていた。
三人の長い影が首都の整備された道に影を落としていた。
大神殿には食堂もあるが、二人は弁当を持参していた。
今日は天気が良かったので大神殿の庭に設えてあるベンチに腰掛けて二人で弁当を食べている。
「ねえ、クレス、今度の休日は空いてる?」
「ああ、空いてるよ」
そう答えながら、何か重要な用事が入っていたような気もしていた。
でも思いだせない。
「なら買い物に付き合ってくれない? こんど父の誕生日なんだけど、男の人がどういうものを貰ったら喜ぶか良く分からないし。色々教えて欲しいの」
「うーん、まあ、俺で良かったらいいよ」
「本当? ありがとう」
アルウェは心から喜んでいた。
ここのところ、クレスとアルウェは急激に仲が良くなっていた。
アルウェの方がクレスを良く誘うようだったが、クレスも断る理由が思いあたらないので、こうして買い物にも付き合う。
「じゃあ、今度の休日、昼前に公園の鳥の像の前で待ってる」
「ああ。行くよ」
クレスはあいまいに微笑した。
自分は何か間違った方向へ進んでいるような、それでいて気がつかないような感覚。
何故か胸が苦しかった。
休日に買い物に一緒に出掛けた二人は、アルウェの父親に暖かい襟巻きを買って包装してもらった。
喫茶店でお茶を飲んで話をしたあとの帰り、道を歩いていると食欲をそそる良い香りが漂ってくる。
何か食べ物の匂いだ。
それは貧民街からだった。
誰かが炊き出しをしているのだ。
その『誰か』が見知った者だったのでクレスとアルウェは足をとめた。
「あれ……リームさんじゃないの」
アルウェが言う。
「そうみたいだね……炊き出ししてるんだ……。大神殿でそういう仕事ってあったっけ」
「ないわね。個人的にしている事じゃないかしら」
リームはクレスとアルウェの指導教官だ。
恩がある二人はリームのそばへ行ってみた。
「リームさん、炊き出しをしているんですか?」
クレスが声をかけると彼は作業をしていた手を止め、クレスの方に向いた。
「ああ、クレスか。ちょうどいい、手伝えよ」
「ええ、いいですよ」
「私にも手伝わせて下さい」
アルウェもその話に乗ってきた。
貧民街はすこぶる治安が悪い。身なりのいいアルウェは狙われる可能性もあるが、それでも毅然とリームを手伝う意思を見せた。
リームは「すまないな」と言うと炊き出しの準備を進める。
「リーム特製、クリームシチューだ。それとパン」
「ダジャレですか……」
アルウェはあからさまに脱力する。
「ダジャレでも腹が満たされればそれでいいのだ」
リームはもうすでに出来上がりつつあるシチューをかき混ぜていた。
「いつからこういう炊き出しをしていたんですか?」
そういうクレスにリームは先月からだと答えた。
「この貧民街には働くことが出来ない人たちがたくさんいる。病気やけがや障害の為に」
「はい……」
「でも人間は食わなくちゃ、死ぬ」
「ええ」
「だから俺はここで休日は炊き出しをしているんだ」
アルウェが感激していた
「凄いです……リームさん! なかなか出来る事じゃないですよ」
「大神殿では出来る事とできない事があるからな」
「どうして出来ないんですか」
「大神殿で動かしている金はいわば民の血税だ。むやみに使えないんだ」
リームは投げやりに言い放った。
「さあ、出来たぜ。配るから並んでくれよ」
大きな声でそう言うと、周りから腹をすかせた子供や年寄り、怪我をしたものなどが集まってきた。
アルウェはパンを配り、リームとクレスはシチューを配る。
貧民街の住人はそれを何も言わずにむしゃむしゃと食べていた。
あっという間にシチューを入れていた鍋はからになる。パンもなくなった。
台車に炊き出し用の荷物を積んで引いて帰るリームと一緒に、クレスとアルウェも大神殿の方へと歩いた。
三人はだまって歩いていたが、ぽつりとリームが言った。
「本当はこんなことをしても焼け石に水なんだ」
「え?」
クレスはリームが何を言おうとしているのか、聞き返した。
「たべる事は毎日の事だ。たかが一週間に一度炊き出しをしたところで何も変わらない。病気のものは医者にかかる事も出来ず、死ぬ。餓死するものだってあとを絶たない」
クレスは少し考えてリームに言った。
「でもリームさんのやっている事は無駄じゃないと思います」
「いつまで出来るか、わからんがな」
リームは口元を片方だけあげて皮肉げに笑った。
「所詮、自己満足なんだ。俺があの貧民街の人間が死んでいくのを見てられない」
「……どうしてそんなに肩入れするんですか?」
「さあな」
リームはまっすぐに前を向いて、クレスの方を見ようとはしなかった。
夕日が三人を照らしていた。
三人の長い影が首都の整備された道に影を落としていた。