四話 不思議な夢
文字数 2,573文字
着いた先は、やはりあまりガラのよくないバーだった。路地の地下にあったその店の黒い扉を開く。聞いたことのない派手な音楽がガンガン演奏されていて、中央で歌手が叫ぶようにうたを歌っている。
店内は薄暗くて、しかし、その暗い室内を白い閃光のような照明がぎらぎらとまたたいていた。
丸い食卓の周りにある三脚の椅子にそれぞれ座ると、二人は給仕に酒とチーズの盛り合わせを頼んでいた。
だから私も酒を頼む。季主は食べ物を必要としないが、食べられはするのだ。
「なあ、レイ」
ケイが私に話しかける。
「なに?」
「お前はどこ出身なんだ? 秋島じゃねえだろ」
「察しがいいね。そう、私は夏島出身だよ」
大きな音楽に負けないように、私達は大声で話し合う。
「流れの音楽家か。なら、秋島のヤツじゃなくても納得できるからな」
音楽家。そう思われているらしい。
「あの笛は見事だった。中断されたのが惜しい」
ワルターも酒を飲みながらぽつりとそう言ってくれた。
ケイは私に顔を近付けて、さっきよりも声を抑えてしゃべった。
「なあ、おれたちは『なんでも屋』なんだ」
「なんでも屋?」
聞きなれない職業に首を傾げる。
「そう。殺し以外だったら、大抵なんでもやるっていう職業」
そういうと、ケイは一呼吸おいた。
「お前さ、やっぱりマズいよ。あいつらにつけられてる」
「あいつらって……」
ケイは真剣な顔で私を見る。
「さっきの男とその仲間だよ。狙いは……お前自身だろうね。お前、やけに綺麗だから」
酒を飲みながら横目で私を見て、ケイは話す。
「そいつらにお前、つけられてる。ここまで来る間に気が付いた」
「……いま、ここにいるの? さっきの男と仲間が。だってさっき地面で伸びてたじゃないか」
「きっと仲間が近くにいたんだ。おれたちが行ってからすぐにつけてきたんだろ」
すると今度はワルターが返事をした。
「ああ、いるな。あの男を含めて三人ってところかな。俺たちがいるから襲って来られないんだ」
やっかいな……。
それしにしても、さっきの男がまだ私を狙っているなんて。
「だからさ、少しの間、おれたちを雇わねえ?」
飲み干したグラスを置いて、ケイは言う。
「おれたちがいれば、あいつらは襲ってこない。幸いおれたちは『なんでも屋』。護衛というわけだ」
「ちょうど仕事も切れていたしな。それはいい案だな」
ワルターも同意する。
私は――正直、辟易 していた。護衛はいらないから一人で旅をしようと思ったのに。
ここで護衛を雇ったら同じじゃないか。
でも、付け狙われているのが確かなら……一人は危険だ。
「本当にアイツらがいるの?」
いぶかしんで聞けば、ケイが顎をしゃくって私の後ろを示した。
振り向くと、後ろの方だがすぐに視界に入る位置にその男がいた。
目付きの悪い細い目で、私を睨みつけるように凝視している。
その姿をみて、ぞっとする。
視線をケイの方へ向けると、彼はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん、逆恨みってやつだろ」
「どうしてもお前を手に入れたくなったんだろう」
ワルターにも言われ、私は溜息を吐いた。
「だからさ、しばらく俺たちを雇った方がいい。何、格安にしとくから。こうしてメシ食わせてもらえればいいし」
いたずらっぽくケイは言い、酒を追加注文する。
「はあ……。どっちみち、私は秋島からはもう出るんだ。秋島は通り過ぎるだけのつもりだったしね。今度は冬島に行く。そこまではきっとついてこないだろう」
「へえ、冬島にね。じゃあ、それまでの護衛、どう?」
「分かった、雇う。冬島行きの飛行船に乗るまで、ね」
私は仕方なくこの二人に仕事を頼むことにした。
「ああ、それまでにはカタをつけておくよ」
「……カタ?」
「なに、コッチの話」
ケイは新しく給仕の持ってきた酒を飲み始めた。そして、ワルターを含めての金額の交渉が始まった。
結果、食べ物を提供してくれればあとはいらない、という格安で、冬島行きの飛行船乗り場まで護衛をしてくれることになった。
その晩、私たちは秋島の首都ガラルドの宿に泊まった。
ケイとワルターは同じ部屋で、私は彼らの奥の隣の部屋に泊まることになった。
ワルターは護衛らしく私の部屋の扉の前で番をしてくれている。
私は少し窮屈に思いながら、昼間の男を恨んだ。
でも明日にはこの秋島の首都ガラルドから出発し、冬島行きの飛行船乗り場まで行くために、高速長距離馬車に乗る。
それを知ったら、あの人間も私を諦めるかもしれない。
夢を見た。
彼は真新しい旅装束を纏って、乗り合い場所の待合所に「こんにちは」と言って入ってきた。
彼は少し下調べが足りないようで、真冬の主島の馬車に乗るのに毛布を持っていなかった。
可哀そうだが、貸してはやれない。私だって寒くて凍えてしまう。
だから、宿場町で買えることを教えてあげた。
「ああ、毛布がなくても宿場町で買えるよ」
「そ、そうか! 良かった! 凍え死ぬかと思った……」
彼は心底、安心したように破顔した。
その顔がとても眩しい。
私も思わず笑顔になった。
朝だ。目を擦り、のびをする。
今の夢はなんだったんだろう。
そして、夢にでてきた彼は、誰だったのだろう。
もう顔も思い出せないけれど。
起きたばかりの私は、寝ぼけた頭でぼうっと考えていた。
なんの変哲もない夢だったけど、何か幸せな夢だった。
人間の男の夢を視て、幸せを感じるというのも少し妙か。
しかし、私にとって人間の性別など、あまり関係ないのだけど。
好ましいものも、嫌なものも、性別など関係なくいるものだから。
着替えて食堂へいくために部屋を出ると、ワルターが部屋の前で番をしていた。
「ずっとここにいたの?」
雇ったとはいえ、何か悪い気がした。
「ああ。レイ、お前、本当に気をつけろ。昨日の晩、宿の外でアイツらが動き回っていた」
とたん、ぞっとする。
「何をしていたっていうの?」
私は無気味に思ってワルターに尋ねた。
【後書き】
秋神殿のある秋島首都、ガラルドはそんなに治安の悪い土地ではありません。
旅芸人などがお金を稼ぐために何かすることも、珍しいことではありませんでした。
が、レイは目立つ容姿ゆえに、悪人に偶然に目をつけられてしまいました。
ガラルドの端の方では治安の悪い場所もあるでしょう。そのあたりから来た輩かもしれません。
店内は薄暗くて、しかし、その暗い室内を白い閃光のような照明がぎらぎらとまたたいていた。
丸い食卓の周りにある三脚の椅子にそれぞれ座ると、二人は給仕に酒とチーズの盛り合わせを頼んでいた。
だから私も酒を頼む。季主は食べ物を必要としないが、食べられはするのだ。
「なあ、レイ」
ケイが私に話しかける。
「なに?」
「お前はどこ出身なんだ? 秋島じゃねえだろ」
「察しがいいね。そう、私は夏島出身だよ」
大きな音楽に負けないように、私達は大声で話し合う。
「流れの音楽家か。なら、秋島のヤツじゃなくても納得できるからな」
音楽家。そう思われているらしい。
「あの笛は見事だった。中断されたのが惜しい」
ワルターも酒を飲みながらぽつりとそう言ってくれた。
ケイは私に顔を近付けて、さっきよりも声を抑えてしゃべった。
「なあ、おれたちは『なんでも屋』なんだ」
「なんでも屋?」
聞きなれない職業に首を傾げる。
「そう。殺し以外だったら、大抵なんでもやるっていう職業」
そういうと、ケイは一呼吸おいた。
「お前さ、やっぱりマズいよ。あいつらにつけられてる」
「あいつらって……」
ケイは真剣な顔で私を見る。
「さっきの男とその仲間だよ。狙いは……お前自身だろうね。お前、やけに綺麗だから」
酒を飲みながら横目で私を見て、ケイは話す。
「そいつらにお前、つけられてる。ここまで来る間に気が付いた」
「……いま、ここにいるの? さっきの男と仲間が。だってさっき地面で伸びてたじゃないか」
「きっと仲間が近くにいたんだ。おれたちが行ってからすぐにつけてきたんだろ」
すると今度はワルターが返事をした。
「ああ、いるな。あの男を含めて三人ってところかな。俺たちがいるから襲って来られないんだ」
やっかいな……。
それしにしても、さっきの男がまだ私を狙っているなんて。
「だからさ、少しの間、おれたちを雇わねえ?」
飲み干したグラスを置いて、ケイは言う。
「おれたちがいれば、あいつらは襲ってこない。幸いおれたちは『なんでも屋』。護衛というわけだ」
「ちょうど仕事も切れていたしな。それはいい案だな」
ワルターも同意する。
私は――正直、
ここで護衛を雇ったら同じじゃないか。
でも、付け狙われているのが確かなら……一人は危険だ。
「本当にアイツらがいるの?」
いぶかしんで聞けば、ケイが顎をしゃくって私の後ろを示した。
振り向くと、後ろの方だがすぐに視界に入る位置にその男がいた。
目付きの悪い細い目で、私を睨みつけるように凝視している。
その姿をみて、ぞっとする。
視線をケイの方へ向けると、彼はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん、逆恨みってやつだろ」
「どうしてもお前を手に入れたくなったんだろう」
ワルターにも言われ、私は溜息を吐いた。
「だからさ、しばらく俺たちを雇った方がいい。何、格安にしとくから。こうしてメシ食わせてもらえればいいし」
いたずらっぽくケイは言い、酒を追加注文する。
「はあ……。どっちみち、私は秋島からはもう出るんだ。秋島は通り過ぎるだけのつもりだったしね。今度は冬島に行く。そこまではきっとついてこないだろう」
「へえ、冬島にね。じゃあ、それまでの護衛、どう?」
「分かった、雇う。冬島行きの飛行船に乗るまで、ね」
私は仕方なくこの二人に仕事を頼むことにした。
「ああ、それまでにはカタをつけておくよ」
「……カタ?」
「なに、コッチの話」
ケイは新しく給仕の持ってきた酒を飲み始めた。そして、ワルターを含めての金額の交渉が始まった。
結果、食べ物を提供してくれればあとはいらない、という格安で、冬島行きの飛行船乗り場まで護衛をしてくれることになった。
その晩、私たちは秋島の首都ガラルドの宿に泊まった。
ケイとワルターは同じ部屋で、私は彼らの奥の隣の部屋に泊まることになった。
ワルターは護衛らしく私の部屋の扉の前で番をしてくれている。
私は少し窮屈に思いながら、昼間の男を恨んだ。
でも明日にはこの秋島の首都ガラルドから出発し、冬島行きの飛行船乗り場まで行くために、高速長距離馬車に乗る。
それを知ったら、あの人間も私を諦めるかもしれない。
夢を見た。
彼は真新しい旅装束を纏って、乗り合い場所の待合所に「こんにちは」と言って入ってきた。
彼は少し下調べが足りないようで、真冬の主島の馬車に乗るのに毛布を持っていなかった。
可哀そうだが、貸してはやれない。私だって寒くて凍えてしまう。
だから、宿場町で買えることを教えてあげた。
「ああ、毛布がなくても宿場町で買えるよ」
「そ、そうか! 良かった! 凍え死ぬかと思った……」
彼は心底、安心したように破顔した。
その顔がとても眩しい。
私も思わず笑顔になった。
朝だ。目を擦り、のびをする。
今の夢はなんだったんだろう。
そして、夢にでてきた彼は、誰だったのだろう。
もう顔も思い出せないけれど。
起きたばかりの私は、寝ぼけた頭でぼうっと考えていた。
なんの変哲もない夢だったけど、何か幸せな夢だった。
人間の男の夢を視て、幸せを感じるというのも少し妙か。
しかし、私にとって人間の性別など、あまり関係ないのだけど。
好ましいものも、嫌なものも、性別など関係なくいるものだから。
着替えて食堂へいくために部屋を出ると、ワルターが部屋の前で番をしていた。
「ずっとここにいたの?」
雇ったとはいえ、何か悪い気がした。
「ああ。レイ、お前、本当に気をつけろ。昨日の晩、宿の外でアイツらが動き回っていた」
とたん、ぞっとする。
「何をしていたっていうの?」
私は無気味に思ってワルターに尋ねた。
【後書き】
秋神殿のある秋島首都、ガラルドはそんなに治安の悪い土地ではありません。
旅芸人などがお金を稼ぐために何かすることも、珍しいことではありませんでした。
が、レイは目立つ容姿ゆえに、悪人に偶然に目をつけられてしまいました。
ガラルドの端の方では治安の悪い場所もあるでしょう。そのあたりから来た輩かもしれません。