六話 運命の相手

文字数 3,424文字

「ワルター!」

 喜色満面の声音でケイがいった。それは私にしか聞こえないくらいの声で。
 ワルターは黙って私たちのそばへ来るとナイフを取り出し、私の縄を切り、そしてケイの縄を切った。

「レイ、大丈夫か?」
「ああ……、大丈夫」
「ケイも」
「平気だ。来てくれると思ってた。捕まって悪かった」

 ケイの言葉に、ワルターは無表情で答える。

「時間と相手の数を考えれば、お前たちが無事だったのは幸いだ」

 ワルターがケイにニヤリと笑うと、ケイはワルターの頭を掻き抱くようにして口づけをした。

 ケイの言う通り、ワルターは私たちを助けにやってきた。
 その信頼と、絆の強さに、私はとても驚く。
 そして、ケイとワルターを羨ましく思った。
 こんな風に誰かと繋がっていられる人間が。
 とても、羨ましい。

 二人は深く口付けたが、すぐに唇を離すと、立ちあがる。
 ケイが私に手を伸ばしてくれたので、私もその手を取って立ち上がった。

「ここはどこだ? ここには他に何人の敵がいる?」
「場所はガラルドのはずれ。敵はもういない」

 ケイは手早く状況確認をし、ワルターはそれに答えた。

「はっ。敵はもういないか。相変らず強いな、ワルターは。殺したのか?」

 酷薄な表情でケイが問えば、

「いいや。今のうちに逃げよう。レイを冬島へ送るんだ」

 ワルターが言う。
 こんな危険な状況下でも、私を守ることを優先してくれている二人に、私は申し訳なくなった。

「……すまない」

 私たちは監禁されていた小屋の一室から歩き出て扉を開けた。
 隣の部屋に二人、外にさっき来た男が一人転がっていて、意識がない。
 三人とも唇が切れて、口から血が垂れていた。

 荷物を取り返して小屋の外へ出ると、もういないと思っていた賊の一人が、私達の前に立ちふさがった。
 私は一瞬、戸惑いその男を説得しようと試みた。

「もう、三人小屋で伸びている。無駄な暴力は嫌いだ。このまま行かせてほしい」
「みんな殺したのか」
「いや、生きている。だからここを通してほしい」

 男は少し身じろいで、ナイフを持つ手を下げた。
 その男に願いが通じた、と思った。
 が。
 男はナイフを下から振り上げてワルターに突進してきたのだ。
 ワルターは懐に飛び込んできたその男の、ナイフを持った手をひねりあげながら、勢いを利用して後ろへ倒す。
 しかし、体を反転して男はまたナイフを突きたてて来る。
 ワルターに向けられたナイフは、ケイの素早い足払いによって的を外れた。
 男はまた床に転がる。

「そこまでにしておけ」

 ワルターに言われるが、男は最後の力とばかりに後ろ向きからの蹴りをワルターに入れた。それは綺麗に彼の顔に決まり、鼻から血が飛ぶ。

「ワルター、遊んでないですぐに終わらせろ」

 ケイが酷薄に言う。

 次にナイフがワルターへ向かってくるのを、彼は平然と叩き落し、また男の勢いを利用して前へ倒すと、首の後ろに手刀を打った。

「本当にしつこいヤツだ」
「ワルター、鼻から血が出ている」

 私が心配して言えば、

「大丈夫だ」

 彼は赤くあざになった鼻を、ケイから貰ったハンカチで押さえた。

「急ごう、もっと仲間がくるかもしれない」

 ケイに言われ、私達は走ってその場をあとにした。

 この隙に私達は賊たちの馬車を使って、秋島の最果てへと街道を走った。冬島行きの飛行船乗り場まで馬車を走らせる。
 御者はケイで、ワルターは先ほどの疲れが出たのか、馬車の中で仮眠していた。
 鼻の血はもう止まったようだ。
 その後はケイとワルターが交代で御者になり。
 私はまんじりともせず、およそ三日のあいだ馬車に揺られ、秋島の端までついたのだった。


 
 飛行船が見えた。
 あれに乗れば冬島へつく。
 そうしたら、冬神殿へ行って中央暖房装置の動力のサファイアに私の力を籠める仕事があった。
 今回の一人旅は、大変な目にあってしまった。
 正直、もうこりごりだ。この仕事が一通り終わったらしばらくは夏島にこもっていよう。
 そう思っている間に、ケイは飛行船乗り場へと馬車をつけてくれた。



 荷物をまとめて飛行船の乗車券を買い、入口で別れを惜しむ。
 奇跡的にお金は取られていなかった。

「ありがとう、ケイ、ワルター。君たちのおかげで無事に冬島へ出発できる」

 私はケイとワルターに握手を求めた。
 ケイは意表を突かれた顔で、手を脚衣で拭いて、私の手を握った。
 固く握手しあうと、私はワルターにも手を差しだす。
 ワルターも私の手を強く握った。

「これ……今日の夜食代。最後の報酬だ」

 私はあらかじめ封筒に入れておいた金をケイに渡した。

「へへ。ありがとう。何かうまいもん食うよ」

 ケイは遠慮せずにそれを受け取った。
 ワルターも低い声で私に最後の忠告をする。

「これからも気をつけろよ。絶対に危険なところには一人で行くな」
「分かった。本当にありがとう。君たちは恩人だった」

 感無量になって、彼らの手をもう一度強く握りしめた。
 きっとこの二人は、また何があってもこれから助け合って仕事をしていくのだろう。
 お互いを気遣いあい、愛し合い。
 それが、なんだかとても羨ましく思えた。
 私には到底手に入らないもの。
 ケイが言うところの運命の相手、なんて。

 強く握る手をそのままに、私はケイの顔を見た。

「私には君たちが、とても羨ましく思えるよ」
「……なんで?」

 そんなことを言う私に、不思議そうにケイは真顔になった。

「君たちの強い絆が羨ましくて。いままで守ってくれてありがとう。さようなら」

 手を離す。

 別れを惜しみながら、飛行船の内部へと歩きだす。
 入口で振りかえって二人に大きく手を振った。

 私は飛行船の客室の窓から秋島を眺め、ケイとワルターの姿を探した。
 二人をみとめると、心の中でもう一度別れの挨拶をする。
 一期一会の出会い。
 きっと、もう二度と会えないだろう、彼らに。



 それから私は冬島と主島の中央暖房装置の動力であるサファイアに力を注ぎ、真冬の主島の首都から夏島へと帰ることになった。散々だった一人旅だが、後半は穏やかに仕事ができた。

 そして、夏島行きの飛行船乗り場までの高速長距離馬車を予約した。明日には馬車に乗れるそうだ。
 主島は今、真冬の季節が巡っている。家々の屋根、木々の上には、白い帽子ができていた。
 昨日降った雪が白く輝いている。
 雪景色をみつつ、宿まで帰る道すがら、私は突然に呼びとめられた。

「お兄さん」

 わりと若い女性の声。
 何かと思って振り向くと、その女性は辻占い師だった。
 路地に机を出して、水晶球を前に置いていて。
 私を見てほほ笑んだ。

「お兄さん、これから運命の人に逢えるよ」
「運命の人?」
「そう。そういう相が出てる。だから思わず声を掛けちゃったよ」
「……」

 私は人間の占いというものを信じていない。
 この世界で私たち四人の季主と、創造主に分からない力など、あるはずがないと思う。
 しかし――

「はっ……」

 私はすこし動揺して、前髪を掻き上げた。

 運命の人と聞いて、ケイとワルターのことを思い出した。
 あんな風に強く惹かれ合うことの出来る相手が私に?

 私に運命の人などいるはずがないと思いつつ、そういう存在がいたらいいと願っていた。
 ケイとワルターの絆を羨ましいと思っていた。
 この長い生を、愛した人と過ごせるのなら、と願っている。

 運命なんて信じていないと言いつつ、人と関わりたくないと言いつつ、本当は誰よりも一番、私が。
 運命の相手を切望している。

「うーん、その人は……これからすぐに逢える人みたいね」

 占い師は水晶球を視ながら私に言う。

「そう……」

 ふいにガラルドの宿でみた夢を思い出した。
 それは、何か大事な人の夢だった気がする。大事な人、ということしか覚えていない。
 もう、顔も姿も夢の内容も、忘れてしまったけれど。

「あたしの占いは百発百中さ。お兄さん、これから良いことあるよ」

 にかりと笑った少女に、私はほほ笑んで少しお金をわたした。

「占いの代価だ。良いことが起きるなら、嬉しいしね」
「まいどあり~」

 歩き出す私を、占い師の少女は相好を崩して手をふりながら見送ってくれた。


 主島で手配してある宿へ向けて歩き出す。
 もしかして、今だって運命の相手とすれ違っているかもしれない。
 なんて、夢みたいなことを考えて。

 もしも、この占いが当たって、運命の相手と出会えるのなら。この先の長い生がとても素敵になるのに、と本当に夢のようなことを思いながら――
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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