第23話 力の反発

文字数 1,916文字

 クラウス翠神官がほかの神官に呼ばれて神殿前に行ってみると、そこには冬主ネイスクレファが悠然とたっていた。

「おお、ひさしぶりじゃの、クラウス翠神官」

 軽い口調でネイスクレファはクラウス翠神官に言う。ネイスクレファが秋島に遊びに来ることは、わりと頻繁にあることだったので、クラウス翠神官も慣れたものだった。

「ネイスクレファ様。ようこそいらっしゃいました」

 クラウス翠神官はふかく頭をさげた。

「今日は夏島の夏主レイファルナス様もいらしていて、宴も催される予定なんです。ネイスクレファ様もぜひに」

「宴……か。ほ。優雅なことだの。でも、秋島の食べ物は美味しいからの。喜んで出席させてもらう。ところでアレイゼスはどうした?」

「アレイゼス様は先ほどまで砂漠や草原にいましたので、いま湯あみをしています。用意が整い次第、夕食に致しますので、ネイスクレファ様も別室でおまちください」

「あやつも砂漠がすきだの」

 半分呆れてネイスクレファは言う。そして、クラウス翠神官のあとに着いて行って、部屋に通された。

「ああ、何か暇をつぶせるものを持ってきてくれると助かるのう。本とか雑誌とかな」
「かしこまりました」

 クラウス翠神官は神官に命じて、ネイスクレファに本と飲物を用意させたのだった。



 クレスの胸で大人しくなっていたレイが、ぴくん、と震えた。
 そして、顔をあげて周囲をみまわす。

「なんか……力の制御がおかしい……」
「力の制御?」
「そう。季主の力の制御が……。もしかしてネイスクレファが秋島にきたのかな」
「ネイスクレファ様……冬島の?」
「そう」

 突然、焦りだしたレイにクレスは戸惑う。

「クレス。クレスは私たち季主が自分の浮島を出るとき、力をどうするか夏島でみせたでしょう?」
「ああ。貴石に力を移すんだよな」

「そう。でも、私の中でまた力は生まれる。それを自分で留めて他の浮島にいくんだ。そうしないと、他の季主たちの力と私の力がぶつかり合うからね。でも……。私の中で生まれた微量の力が、私の身の内に残る」

 暑さを維持するレイの力は、寒さを維持するネイスクレファの力と基本的に相性が悪かった。
 結果的に、大気の均衡が崩れるのだ。

「! クレス、湖から離れて!」

 レイが急いで立ちあがる。 
 しかし、クレスは目の前で展開された驚異に、腰をあげることができなくなっていた。

 さっきまで凪いでいた湖は、大きく波打って渦を作っていた。
 湖上には、つむじ風が舞い上がり、木の葉を空高く舞い上げていく。

 それは、たつまきのようにまたたく間に湖の水を吸い上げて――

「クレス、逃げて!」

 レイとクレスの方へと向かってくる。

 レイがクレスを立たせようとするけれど、恐怖に凍り付いたクレスは、動くことが出来なかった。

 結果――
 ばしゃああ、と思いきり、滝のように大量の湖の水が、レイとクレスに落ちてきた。



「……」
「……」

 二人は無言になった。
 レイとクレスはびしょぬれだ。レイは濡れた飴色の前髪を細い指でかき分けて、クレスは呆然として、無言で理不尽なこの事件を耐えた。身体中からぽたぽたと水がしたたっている。

「……ごめん、クレス」
「え? なんでレイが謝るんだ?」
「半分くらいは……私のせいだから……。冬主のネイスクレファとは秋島であんまり一緒にいない方がいいんだ」
「……こうなるから?」
「……まれに」

 今回だけではないのだろう。レイは諦めのような溜息をはき、脱力した。



「アレイゼスに言って湯あみをさせてもらおう」

 レイはびしょぬれの腰までの長い三つ編みを絞りながらうんざりと言った。
 クレスも茶色の髪を犬のように振って水気を飛ばす。
 秋島の乾いた風がクレスの濡れた身体を撫でていく。

「そうだな。このままじゃ、風邪ひくからな……うう、寒い」
「私は風邪などひかないけどね。クレスは心配だ」

 やはり季主というものは風邪もひかないらしい。

「でも今回はこの程度ですんで良かった」

 レイはほっと目をつむって溜息をついた。

 その後、レイの自室で、レイとネイスクレファの力の関係を、クレスは詳しく教えてもらった。
 レイのいる夏島、ネイスクレファのいる冬島では、こういうことは起きないらしい。
 自分の土地ということで、双方のどちらかの力が圧倒的に強いから。
 そして、主島でもおきないという。それは二人よりも力の強い創造主リアスがいるから。

 しかし、秋島と春島で夏主と冬主が会うのは、あまり良くない。
 気候が局地的に乱れ、しかもそれは当事者であるレイやネイスクレファを襲ってくるのだ。レイの近くにいたクレスは、巻き込まれたと言っていい。

 初めて聞いた季主の力の関係について、クレスは感心するばかりだった。
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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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