プロローグ
文字数 1,780文字
クレスは手持ち無沙汰に大神殿の書庫をぶらぶらと歩いていた。
茶色の短い直毛が、書庫に入る光を反射して光沢を放っていた。十九歳の今まさに伸び盛りの彼は、大神殿の制服である深緑色の神官服を纏っていた。大神殿に務め始めて一年目である。
終業後の書庫は、大きな窓から入る夕日が、床と机も照らしていた。
本の間をそぞろ歩いていると、彼は天井までとどく書架の中にある一冊の本に目を奪われた。
それは、青い背表紙の部分に何匹かの金色の蝶と、『夏島昔話集』の文字が箔押しされている。
気になって書架から抜き取ると、表紙にも綺麗に金色の蝶が描かれていた。
さらに、『夏島』の文字を見て彼 のことを思い出したクレスは、自然とその本を開いていた。
立ったままで、ぱらぱらと本を捲ってみる。その本は、独特の古いインクの香りを漂わせていた。
挿絵も古い時代の筆致のもので、古文書のような雰囲気の本だ。
クレスは強く興味を惹かれ、その本を借りることにした。
「兄さま、今日も勉強ですか?」
遊んでほしくてクレスの部屋を訪ねてきた弟に、彼はにこやかに答える。
「今日は読んじゃいたい本があるから、遊びはまたな」
「最近はいつもそうです……。でも仕方がないですね、兄さまはこの世界の将来の大神官なんですから」
彼の弟はそう言うと、残念そうに自分の部屋へきびすを返した。
大神官とは、この世界の最重要職である。
空に浮かぶこの世界には創造主がいて、その創造主リアスに仕え、この世界の政務を司る大神殿の筆頭神官が大神官だ。
創造主には四人の眷属がいて、その四人は『季主』と呼ばれ、季節ごとの浮島を護る特殊な力を持っていた。
この世界『ウェルファー』には、五つの浮島と十五の月と、五つの季節があった。
春島、夏島、秋島、冬島、の季節の変わらない浮島が四方に浮かび、中央には主島という四季の巡る島がある。
主島では、冬の季節のあとに『新春』という季節がくる。氷が溶けて、暖かくなる陽射しに冷たい風が心地よく感じられる季節だった。
十五の月は三か月ごとに季節が変わり、『新春』は十五月から始まる三か月間だ。
それは、創造主の季節と呼ばれていた。
新春は創造主の為の祭りが各浮島で大々的に開かれ、この世界の大きな大連休が始まる。みな、仕事を休んで各々好きなことをするのだ。
役所も学校も、この期間は休みになる。
人々は食料を買いだめして、お祝いの料理をつくり、この期間を祝う。
動いているのは、交通機関と宿泊所、それに連なる商店くらいだ。
この時期は実家に帰る人や旅行者が多いので、この二つは営業していた。
今は一か月後にその大連休を控えている、十四月の初めだった。
クレスは、大神官の屋敷である自宅の自室で、書庫から借りてきた夏島昔話集を開いた。
重厚な装丁のそれを机に座って読み始める。
彼は今年大神殿に入りたての新人神官であり、次期大神官の青年だった。
「なになに? むかしむかしのことです、この国には精霊界という場所があり、そこは、死んだ者の魂が次の生まれ変わりまでを過ごす楽園のような場所でした――」
クレスは声にだして最初の冒頭を読んだ。
生まれ変わり。
初めて聞く言葉と思想だった。
空に浮かぶこの世界には、絶対的存在の創造主と季主がいる。その五柱に及ばない力は存在しないと言われている。
彼はおとぎ話だと割り切って先を読み進める。
それはこんな話だった。
人間は死ぬと精霊と呼ばれる存在になり、精霊界で傷ついた魂を癒し、次の生まれ変わりまでをそこで過ごす。生まれ変わる際に、次の生での番 の相手が自分を迎えにくる。そしてその相手と一緒にまた現 の世界へ生まれいずるのだ。
物語では、前の生で戦士だった二人が壮絶な戦死を遂げて、一人は精霊界へ生まれ変わり、その人物に番の相手が蝶に生まれ変わって迎えにくる、という内容だった。
前の生、今の生、未来の生。
死んでさえも、蝶になって相手を恋しがり逢いに来る……。
そんな思想を初めて知って、クレスは「物語は面白いな」と思った。
なんとも幻想的な内容だ。
叶うならば、自分が死んだあとにも本当に生まれ変わって、夏島の彼 に逢いに行きたい。
そんなことを思った。
ほかの物語も面白くて、その日のうちにクレスは、他に収録されている夏島の昔話を全部読んでしまった。
茶色の短い直毛が、書庫に入る光を反射して光沢を放っていた。十九歳の今まさに伸び盛りの彼は、大神殿の制服である深緑色の神官服を纏っていた。大神殿に務め始めて一年目である。
終業後の書庫は、大きな窓から入る夕日が、床と机も照らしていた。
本の間をそぞろ歩いていると、彼は天井までとどく書架の中にある一冊の本に目を奪われた。
それは、青い背表紙の部分に何匹かの金色の蝶と、『夏島昔話集』の文字が箔押しされている。
気になって書架から抜き取ると、表紙にも綺麗に金色の蝶が描かれていた。
さらに、『夏島』の文字を見て
立ったままで、ぱらぱらと本を捲ってみる。その本は、独特の古いインクの香りを漂わせていた。
挿絵も古い時代の筆致のもので、古文書のような雰囲気の本だ。
クレスは強く興味を惹かれ、その本を借りることにした。
「兄さま、今日も勉強ですか?」
遊んでほしくてクレスの部屋を訪ねてきた弟に、彼はにこやかに答える。
「今日は読んじゃいたい本があるから、遊びはまたな」
「最近はいつもそうです……。でも仕方がないですね、兄さまはこの世界の将来の大神官なんですから」
彼の弟はそう言うと、残念そうに自分の部屋へきびすを返した。
大神官とは、この世界の最重要職である。
空に浮かぶこの世界には創造主がいて、その創造主リアスに仕え、この世界の政務を司る大神殿の筆頭神官が大神官だ。
創造主には四人の眷属がいて、その四人は『季主』と呼ばれ、季節ごとの浮島を護る特殊な力を持っていた。
この世界『ウェルファー』には、五つの浮島と十五の月と、五つの季節があった。
春島、夏島、秋島、冬島、の季節の変わらない浮島が四方に浮かび、中央には主島という四季の巡る島がある。
主島では、冬の季節のあとに『新春』という季節がくる。氷が溶けて、暖かくなる陽射しに冷たい風が心地よく感じられる季節だった。
十五の月は三か月ごとに季節が変わり、『新春』は十五月から始まる三か月間だ。
それは、創造主の季節と呼ばれていた。
新春は創造主の為の祭りが各浮島で大々的に開かれ、この世界の大きな大連休が始まる。みな、仕事を休んで各々好きなことをするのだ。
役所も学校も、この期間は休みになる。
人々は食料を買いだめして、お祝いの料理をつくり、この期間を祝う。
動いているのは、交通機関と宿泊所、それに連なる商店くらいだ。
この時期は実家に帰る人や旅行者が多いので、この二つは営業していた。
今は一か月後にその大連休を控えている、十四月の初めだった。
クレスは、大神官の屋敷である自宅の自室で、書庫から借りてきた夏島昔話集を開いた。
重厚な装丁のそれを机に座って読み始める。
彼は今年大神殿に入りたての新人神官であり、次期大神官の青年だった。
「なになに? むかしむかしのことです、この国には精霊界という場所があり、そこは、死んだ者の魂が次の生まれ変わりまでを過ごす楽園のような場所でした――」
クレスは声にだして最初の冒頭を読んだ。
生まれ変わり。
初めて聞く言葉と思想だった。
空に浮かぶこの世界には、絶対的存在の創造主と季主がいる。その五柱に及ばない力は存在しないと言われている。
彼はおとぎ話だと割り切って先を読み進める。
それはこんな話だった。
人間は死ぬと精霊と呼ばれる存在になり、精霊界で傷ついた魂を癒し、次の生まれ変わりまでをそこで過ごす。生まれ変わる際に、次の生での
物語では、前の生で戦士だった二人が壮絶な戦死を遂げて、一人は精霊界へ生まれ変わり、その人物に番の相手が蝶に生まれ変わって迎えにくる、という内容だった。
前の生、今の生、未来の生。
死んでさえも、蝶になって相手を恋しがり逢いに来る……。
そんな思想を初めて知って、クレスは「物語は面白いな」と思った。
なんとも幻想的な内容だ。
叶うならば、自分が死んだあとにも本当に生まれ変わって、夏島の
そんなことを思った。
ほかの物語も面白くて、その日のうちにクレスは、他に収録されている夏島の昔話を全部読んでしまった。