生まれ変わりの影絵芝居
文字数 2,227文字
四日目の朝、レイとクレスはまた馬車に揺られ、夏島の大地を駆け抜けた。車窓に流れる景色は、青い空と広大な水田とヤシノキの森が続く。また夕方になって馬車は民宿のある村に停まった。
その村でも今は創造主祭の真っ最中だ。この日の為に練習した影絵芝居を見せる子供たちによって、今日の夜にそれが公演されると二人は民宿で聞いた。
「影絵芝居だって。俺、観たことない」
「じゃあ、観に行こう。影がゆらゆらと揺れながら物語を紡ぐ、幻想的な芝居だよ」
「レイは……もちろん観たことあるんだよな」
「ああ、もちろん。だてに長くは生きてないよ」
荷物を解きながらクレスとレイは今夜の影絵芝居に想いを馳せた。
「どんな内容なんだろ」
「誰かに聞いてみよう」
昨日とさほど変わらない野性的な民宿の部屋を出て、二人は影絵芝居の開かれる村の集会所へとおもむいた。
村の集会所は民宿と同じように木の壁とヤシの葉の屋根で出来ており、人が集まって、熱気がこもっていた。
しかし、大きく取られた窓が開いていて、そこから乾いた風が入ってくる。夜ということもあって風が涼しい。
正面の舞台には、台の上に大きめの白い幕が張られていて、影がよく見えるようになっている。
観客は村のものたち三十人ほどで、みな座って影絵芝居の始まるのを待っていた。
クレスとレイは民宿の主 、小太りな五十がらみの男性であるリオに床に置いてある円座に案内された。集会所に集まってすでに座っている村人の後ろで、二人はその上にあぐらで座り込む。
「なんの影絵芝居をやるんですか?」
クレスは前にいる村の青年に聞いた。
「ああ、今年は『蝶は舞い戻る』っていう昔話だよ。あの話は幻想的だからな。影絵芝居にぴったりさ」
青年は隣に座る少女の手をにぎり、なあ、と聞いた。
少女は頬を染めて頷く。
『蝶は舞い戻る』。その昔話は、昨日の民宿でクレスがレイに話した夏島の昔話だ。
「なんか……偶然だな」
クレスがレイの方を向くと、レイは視線を下に向けて浮かない顔をしていた。
返事がないことをいぶかしく思いながらも、そうしているうちに影絵芝居は始まった。
楽園のような精霊界で暮らしている一人の少女から、この影絵芝居は始まった。
少女のもとに一匹の蝶がやってくる。蝶は少女の前で一人の青年になって、二人はしばらく幸せに精霊界でくらしていた。
しかし、少女はそれから毎日、戦場を駆ける夢を視る。
敵を斬り、怪我を負い。果てしない戦いの横には、あの青年がいつも一緒にいた。
二人は恋に落ちるが、決定的な負け戦のときに、二人そろって命を落とす。
少女は精霊界へ、青年は蝶となって少女に逢いに舞い戻り、二人で一緒に未来の生 へ生まれ変わる。
芝居は長い時間つづいた。
月はだいぶ傾き、クレスは足がしびれてきた。
最後の場面で、クレスは小さなレイの声を聞いた。
「……たら、いいのに」
「……え?」
クレスは聞き取れなくて、レイの方を向く。
レイは綺麗な青い目をクレスに向ける。そして、無表情で「なんでもない」と言うと、影絵芝居の最後の場面を凝視した。
そこでは、青年と少女が手を取り合って、未来へと生まれ変わっていくところだった。
影絵芝居が終わり、クレスはレイと一緒に村の集会所を出て、民宿へと帰る。
月明りに照らされた村の道は、草の香りとリンリンと鳴く虫の声で満ちている。
そこを上機嫌でクレスはレイの先にたって民宿まで歩く。
「なあ、レイ、前にいた恋人たち、みたか? もー、熱くて熱くて、こっちまであてられそうだったよ」
「……ああ、あのクレスが芝居の前に話しかけた恋人たち?」
「そうそう。皆いるのによくあそこまでイチャつけるよな」
笑いながら後ろのレイの顔を見るが、レイは笑ってはいなかった。
「あ? レイ? どうした?」
「……ったらいいのに……」
「え?」
さっき、レイの言葉を聞き損ねたことを思い出して、クレスはレイの言葉を待つ。
「本当にクレスが生まれ変わって、私のところへ来てくれたらいいのに……」
ぽたり、と。
レイの青い瞳からひとつ雫がこぼれた。
「レイ……」
「……私を見るな」
後ろを向いて、レイは片手で目元を拭う。
声をたてずに泣く彼をみて、クレスは言葉を探した。
そして、小さな声で呟いた。
「俺、死んだらあの昔話みたいに、きっとレイのところへ戻ってくるよ。だから泣くな。そして、レイも少しがんばって、俺以外に親しい人をつくった方がいい。つらい思いをするかもしれないけど、その方が生きてて楽しいと思うんだ」
レイは戸惑った。
「できない」
「出来るよ。まず、ルミレラ蒼神官を名前で呼んでみればいい」
ルミレラ蒼神官を……レイは意表を突かれた。
「クレスはいつも私の想像以上のことを言う」
レイの声は苦笑いを含んでいて、そしてまだ湿り気を帯びていた。
夏島の夜にクレスがした約束は、幻想じみたものだった。
言葉だけの、願望を映したやさしい約束。
生まれ変わってかえってくると。
それは、守られるか分からない約束。
レイは信じられないと思うと同時に、信じてみたいと思う。
後ろを向いて涙をこぼすレイを、クレスは後ろから抱きしめた。
彼から夏の香りがする。
今ならわかる。
このあまい香りは、夏島に咲く大輪の花とココナッツの香りが混ざった、夏島の香りだ。
「レイならできるよ」
月明りの下で、草の香りと虫の合唱を聞きながら、クレスはレイが泣き止むまでずっと彼を抱きしめていた。
その村でも今は創造主祭の真っ最中だ。この日の為に練習した影絵芝居を見せる子供たちによって、今日の夜にそれが公演されると二人は民宿で聞いた。
「影絵芝居だって。俺、観たことない」
「じゃあ、観に行こう。影がゆらゆらと揺れながら物語を紡ぐ、幻想的な芝居だよ」
「レイは……もちろん観たことあるんだよな」
「ああ、もちろん。だてに長くは生きてないよ」
荷物を解きながらクレスとレイは今夜の影絵芝居に想いを馳せた。
「どんな内容なんだろ」
「誰かに聞いてみよう」
昨日とさほど変わらない野性的な民宿の部屋を出て、二人は影絵芝居の開かれる村の集会所へとおもむいた。
村の集会所は民宿と同じように木の壁とヤシの葉の屋根で出来ており、人が集まって、熱気がこもっていた。
しかし、大きく取られた窓が開いていて、そこから乾いた風が入ってくる。夜ということもあって風が涼しい。
正面の舞台には、台の上に大きめの白い幕が張られていて、影がよく見えるようになっている。
観客は村のものたち三十人ほどで、みな座って影絵芝居の始まるのを待っていた。
クレスとレイは民宿の
「なんの影絵芝居をやるんですか?」
クレスは前にいる村の青年に聞いた。
「ああ、今年は『蝶は舞い戻る』っていう昔話だよ。あの話は幻想的だからな。影絵芝居にぴったりさ」
青年は隣に座る少女の手をにぎり、なあ、と聞いた。
少女は頬を染めて頷く。
『蝶は舞い戻る』。その昔話は、昨日の民宿でクレスがレイに話した夏島の昔話だ。
「なんか……偶然だな」
クレスがレイの方を向くと、レイは視線を下に向けて浮かない顔をしていた。
返事がないことをいぶかしく思いながらも、そうしているうちに影絵芝居は始まった。
楽園のような精霊界で暮らしている一人の少女から、この影絵芝居は始まった。
少女のもとに一匹の蝶がやってくる。蝶は少女の前で一人の青年になって、二人はしばらく幸せに精霊界でくらしていた。
しかし、少女はそれから毎日、戦場を駆ける夢を視る。
敵を斬り、怪我を負い。果てしない戦いの横には、あの青年がいつも一緒にいた。
二人は恋に落ちるが、決定的な負け戦のときに、二人そろって命を落とす。
少女は精霊界へ、青年は蝶となって少女に逢いに舞い戻り、二人で一緒に未来の
芝居は長い時間つづいた。
月はだいぶ傾き、クレスは足がしびれてきた。
最後の場面で、クレスは小さなレイの声を聞いた。
「……たら、いいのに」
「……え?」
クレスは聞き取れなくて、レイの方を向く。
レイは綺麗な青い目をクレスに向ける。そして、無表情で「なんでもない」と言うと、影絵芝居の最後の場面を凝視した。
そこでは、青年と少女が手を取り合って、未来へと生まれ変わっていくところだった。
影絵芝居が終わり、クレスはレイと一緒に村の集会所を出て、民宿へと帰る。
月明りに照らされた村の道は、草の香りとリンリンと鳴く虫の声で満ちている。
そこを上機嫌でクレスはレイの先にたって民宿まで歩く。
「なあ、レイ、前にいた恋人たち、みたか? もー、熱くて熱くて、こっちまであてられそうだったよ」
「……ああ、あのクレスが芝居の前に話しかけた恋人たち?」
「そうそう。皆いるのによくあそこまでイチャつけるよな」
笑いながら後ろのレイの顔を見るが、レイは笑ってはいなかった。
「あ? レイ? どうした?」
「……ったらいいのに……」
「え?」
さっき、レイの言葉を聞き損ねたことを思い出して、クレスはレイの言葉を待つ。
「本当にクレスが生まれ変わって、私のところへ来てくれたらいいのに……」
ぽたり、と。
レイの青い瞳からひとつ雫がこぼれた。
「レイ……」
「……私を見るな」
後ろを向いて、レイは片手で目元を拭う。
声をたてずに泣く彼をみて、クレスは言葉を探した。
そして、小さな声で呟いた。
「俺、死んだらあの昔話みたいに、きっとレイのところへ戻ってくるよ。だから泣くな。そして、レイも少しがんばって、俺以外に親しい人をつくった方がいい。つらい思いをするかもしれないけど、その方が生きてて楽しいと思うんだ」
レイは戸惑った。
「できない」
「出来るよ。まず、ルミレラ蒼神官を名前で呼んでみればいい」
ルミレラ蒼神官を……レイは意表を突かれた。
「クレスはいつも私の想像以上のことを言う」
レイの声は苦笑いを含んでいて、そしてまだ湿り気を帯びていた。
夏島の夜にクレスがした約束は、幻想じみたものだった。
言葉だけの、願望を映したやさしい約束。
生まれ変わってかえってくると。
それは、守られるか分からない約束。
レイは信じられないと思うと同時に、信じてみたいと思う。
後ろを向いて涙をこぼすレイを、クレスは後ろから抱きしめた。
彼から夏の香りがする。
今ならわかる。
このあまい香りは、夏島に咲く大輪の花とココナッツの香りが混ざった、夏島の香りだ。
「レイならできるよ」
月明りの下で、草の香りと虫の合唱を聞きながら、クレスはレイが泣き止むまでずっと彼を抱きしめていた。