終話 クロサギ
文字数 2,995文字
※この話はレイの一人称でなく、三人称で話が進んで行きます。
レイ編おわりです。
「さあ、仕事の仕上げをしようか、ワルター」
「ああ、ケイ」
レイが飛行船に乗り込んだあと、二人は飛行船乗り場へ馬車をつけていた四人組の男たちを見た。
普段着の、筋肉質な男たち。黒装束では目立つので、上衣と脚衣できたのだろう。
馬車から降りて飛行船をみとめると、それに乗ろうとしている。
だからケイとワルターはその四人を呼び止めた。
「しつこい輩 だね。ちょっと顔かしてくれない?」
「おまえ……!」
わざと可愛らしい声でケイはその男たちに声を掛ける。
「あのかたが誰か知ってて付け狙ってるわけ?」
くすくすと笑う唇が、三日月のように引かれていく。
「誰だというんだ」
体格のいい男が訝し気に答えた。
「教えてあげるよ。なあ、商談しようぜ。なに、おれたちは二人だけだ、何も出来ない」
妖艶にほほえむケイに男四人は息をのんだ。
「あのかたについて、商談を」
敵を油断させるために商談だと言うと、ケイとワルターは馬車に乗せられた。そして、男たちに人気のない森へと連れていかれる。秋島の最果ての森だ。
そこで馬車を降ろされ、四人と二人は対峙した。
「あのかた、とは? あいつは何なんだ。やはり上流階級のやんごとないヤツなのか」
そう聞く男に、ケイは唇を三日月のように引いて服の下に隠してあった銃を抜く。
「そうだよ。重要人物だ。だからこういうモノも支給される」
「なんだ……それは?」
「今、夏島で開発されている最新式の武器。『銃』という」
賊たちは、商談と言われたことと、二人対四人という圧倒的な力の差に、ケイとワルターの武器を確認することを忘れていた。
そして、『銃』を見ても、それが何なのか分からなかった。
ケイの持つ銀色の小さな鉄の塊を見て、男は嘲笑(あざわら)う。
「武器? はっ。そんなおもちゃ――」
「お前たちが秋島のはずれの森に俺たちを連れてきてくれて助かったよ」
男が何か言う前に、ケイは三日月の形の唇に言葉をのせて、銃の引き金を引いた。
銃から出た弾が男の大腿を打ち抜いた。
しゅん、という軽い音が響く。
軽すぎて他の三人は何が起きたのか、分からなかった。
突然に足を折って痛みでのたうち回るその男を、他の三人は唖然として見る。
「てめえ! 何をしたんだ!」
いきり立つ男三人の大腿も、ケイは素早く銃で撃ち抜いていった。
「これだけ至近距離で撃てば、弾は貫通してる。感謝しろよ。致命傷は避けたし殺さないでおいたんだから。これで二度助けた。三度目はない。今後もあの方を付け狙うようだったら、その時は容赦なく頭を狙うよ」
「……っ!」
言葉なく地面を這いずり痛みに泣く男たちを、ケイは蒼い月のように冷たく見下ろした。その後ろでワルターが静かに腕を組む。
ケイの低い声が森に響いた。
「この世のことわりを教えてあげる。光には影が、聖なるものには邪悪なものが、常に表裏一体で付いているものなんだよ」
夏神殿の隣に位置する蒼神官の屋敷は、緑の木々に囲まれた、白い大きな建物だった。
そして、その屋敷の主、ルミレラ蒼神官は今、屋敷内の一室で『クロサギ』の報告を聞いていた。重厚な絨毯が敷かれ、色鮮やかなカーテンが掛かり、壁の一面がガラス張りになった窓からは、夏島の強い夕日が赤々と室内に射し込んでいた。
そんな中、ルミレラ蒼神官は机につき、椅子に座って真剣に報告に耳を傾ける。
彼ら『クロサギ』は鳥のように世界中を翔 け巡り、裏の仕事を引き受ける集団だった。
今回、ルミレラ蒼神官が『クロサギ』に頼んだのは、夏主レイファルナスの護衛だ。
一人でこの国を回るといった彼の護衛。
今回『クロサギ』から派遣されて来たのは、十代の少年と二十代の筋肉質な青年だった。
いま、仕事を終えた彼らは、ルミレラ蒼神官の屋敷で仕事の報告をしていた。
「蒼神官様。レイファルナス様は無事に夏島へ帰ってきたでしょ」
可愛らしくルミレラ蒼神官にそう言ったのは、十代の少年の方。
「ええ。ご苦労でした。報酬はいつも通りに支払います」
ルミレラ蒼神官は椅子にもたれて指を組み、彼らにねぎらいの言葉を掛けた。
「それにしても……この『銃』って武器はスゴイね。敵も一発で戦闘不能になってたし」
くすくすと笑いながら黒髪の少年は『銃』をルミレラ蒼神官へと返す。
「銃を使うほど、危険な事態になったということですね」
「仕方がなかった。レイファルナス様はとても美しい方だしね。それだけで賊の目を惹いて、裏から守ることが出来なくなった。だから、護衛として雇ってくれ、と頼んだ。そうしないと、護り切れるか分からなかったから。
秋島でカタがついてから、後から追いかけて冬島と主島の様子も見てたけど、問題なかった。顔を知られているから夏島行きの飛行船とキリブ行きの帆船には同乗できなかったけど、他の者が護衛についた。
帆船でお金を盗まれたらしいけど、危機的状況じゃなかったし、レイファルナス様に連れがいたからそのまま見守ったと報告を受けた」
「連れ……ですか」
ルミレラ蒼神官はふっと一つ溜息を吐いた。
連れ、とは、彼と一緒に夏神殿に帰ってきた大神官の息子だろう、と彼女は理解した。
帰ってきたと思ったら、すぐにまたあるじはその大神官の息子と秋島へ旅立った。あの事件があった秋島へ。
今回は『クロサギ』に仕事を頼む暇がないくらい、主は素早く行ってしまった。
大神官の息子は、確か『クレス』という名前だったか。
クレスという人間がそんなに気に入ったのか、とルミレラ蒼神官はとても切なくなる。
「秋島では人を……殺(あや)めたのですか?」
ルミレラ蒼神官が静かに聞く。
「そうだとしたら?」
「……」
「ふふ。大事なところはだんまりかよ。でも安心していいよ。殺してない」
「そうですか……。それは良かった」
ルミレラ蒼神官は銃を箱に仕舞った。
少年は報告を続ける。
「そして、レイファルナス様……。あのかたはけっこう骨のある方なんだと思うよ。護衛なんてほんとはいらないんじゃないかな。危険な目にあっても全く動揺してなかったしね」
「そういう訳にはいきません」
「でもあのかた、土壇場で俺を助けようとした。何か勝算があるみたいだったし」
「レイファルナス様が何か力を使うことになる前に事態をなんとかするのが、貴方たちの仕事です」
ルミレラ蒼神官が静かに言葉を連ねる。
「このことはいつも通り他言せずに。いいですね」
「ええ、もちろん」
少年は、軽い足取りで、いままで黙ってやり取りを聞いていた青年と一緒に屋敷を出ていく。
外は夕闇がとばりを降ろし始めていた。
門を通り抜けると二人は深い口づけを交わしあう。
少年は青年の腕にしな垂れかかり、話をしながら海の方へ歩いて行った。
「ねえ、ワルター」
「なんだ」
「あの方は、おれたちなんかを羨ましいって思うなんて、可哀そうな方だね」
「……そうだな」
「でも、おれ、あのかた、嫌いじゃないな」
「素直じゃないな、ケイは。わりと好きなんだろ?」
「そんなこと、言ってない」
「俺もあの方は、高貴な身にしては好感がもてた。とても人間臭くてな」
「そうだよね。おれたちを羨ましいって思うのも、なんだか人間臭いよね」
ケイはくすくすと笑った。
そうして二人の影は、夏島の始まったばかりの夜に紛れて行った。
END
レイ編おわりです。
「さあ、仕事の仕上げをしようか、ワルター」
「ああ、ケイ」
レイが飛行船に乗り込んだあと、二人は飛行船乗り場へ馬車をつけていた四人組の男たちを見た。
普段着の、筋肉質な男たち。黒装束では目立つので、上衣と脚衣できたのだろう。
馬車から降りて飛行船をみとめると、それに乗ろうとしている。
だからケイとワルターはその四人を呼び止めた。
「しつこい
「おまえ……!」
わざと可愛らしい声でケイはその男たちに声を掛ける。
「あのかたが誰か知ってて付け狙ってるわけ?」
くすくすと笑う唇が、三日月のように引かれていく。
「誰だというんだ」
体格のいい男が訝し気に答えた。
「教えてあげるよ。なあ、商談しようぜ。なに、おれたちは二人だけだ、何も出来ない」
妖艶にほほえむケイに男四人は息をのんだ。
「あのかたについて、商談を」
敵を油断させるために商談だと言うと、ケイとワルターは馬車に乗せられた。そして、男たちに人気のない森へと連れていかれる。秋島の最果ての森だ。
そこで馬車を降ろされ、四人と二人は対峙した。
「あのかた、とは? あいつは何なんだ。やはり上流階級のやんごとないヤツなのか」
そう聞く男に、ケイは唇を三日月のように引いて服の下に隠してあった銃を抜く。
「そうだよ。重要人物だ。だからこういうモノも支給される」
「なんだ……それは?」
「今、夏島で開発されている最新式の武器。『銃』という」
賊たちは、商談と言われたことと、二人対四人という圧倒的な力の差に、ケイとワルターの武器を確認することを忘れていた。
そして、『銃』を見ても、それが何なのか分からなかった。
ケイの持つ銀色の小さな鉄の塊を見て、男は嘲笑(あざわら)う。
「武器? はっ。そんなおもちゃ――」
「お前たちが秋島のはずれの森に俺たちを連れてきてくれて助かったよ」
男が何か言う前に、ケイは三日月の形の唇に言葉をのせて、銃の引き金を引いた。
銃から出た弾が男の大腿を打ち抜いた。
しゅん、という軽い音が響く。
軽すぎて他の三人は何が起きたのか、分からなかった。
突然に足を折って痛みでのたうち回るその男を、他の三人は唖然として見る。
「てめえ! 何をしたんだ!」
いきり立つ男三人の大腿も、ケイは素早く銃で撃ち抜いていった。
「これだけ至近距離で撃てば、弾は貫通してる。感謝しろよ。致命傷は避けたし殺さないでおいたんだから。これで二度助けた。三度目はない。今後もあの方を付け狙うようだったら、その時は容赦なく頭を狙うよ」
「……っ!」
言葉なく地面を這いずり痛みに泣く男たちを、ケイは蒼い月のように冷たく見下ろした。その後ろでワルターが静かに腕を組む。
ケイの低い声が森に響いた。
「この世のことわりを教えてあげる。光には影が、聖なるものには邪悪なものが、常に表裏一体で付いているものなんだよ」
夏神殿の隣に位置する蒼神官の屋敷は、緑の木々に囲まれた、白い大きな建物だった。
そして、その屋敷の主、ルミレラ蒼神官は今、屋敷内の一室で『クロサギ』の報告を聞いていた。重厚な絨毯が敷かれ、色鮮やかなカーテンが掛かり、壁の一面がガラス張りになった窓からは、夏島の強い夕日が赤々と室内に射し込んでいた。
そんな中、ルミレラ蒼神官は机につき、椅子に座って真剣に報告に耳を傾ける。
彼ら『クロサギ』は鳥のように世界中を
今回、ルミレラ蒼神官が『クロサギ』に頼んだのは、夏主レイファルナスの護衛だ。
一人でこの国を回るといった彼の護衛。
今回『クロサギ』から派遣されて来たのは、十代の少年と二十代の筋肉質な青年だった。
いま、仕事を終えた彼らは、ルミレラ蒼神官の屋敷で仕事の報告をしていた。
「蒼神官様。レイファルナス様は無事に夏島へ帰ってきたでしょ」
可愛らしくルミレラ蒼神官にそう言ったのは、十代の少年の方。
「ええ。ご苦労でした。報酬はいつも通りに支払います」
ルミレラ蒼神官は椅子にもたれて指を組み、彼らにねぎらいの言葉を掛けた。
「それにしても……この『銃』って武器はスゴイね。敵も一発で戦闘不能になってたし」
くすくすと笑いながら黒髪の少年は『銃』をルミレラ蒼神官へと返す。
「銃を使うほど、危険な事態になったということですね」
「仕方がなかった。レイファルナス様はとても美しい方だしね。それだけで賊の目を惹いて、裏から守ることが出来なくなった。だから、護衛として雇ってくれ、と頼んだ。そうしないと、護り切れるか分からなかったから。
秋島でカタがついてから、後から追いかけて冬島と主島の様子も見てたけど、問題なかった。顔を知られているから夏島行きの飛行船とキリブ行きの帆船には同乗できなかったけど、他の者が護衛についた。
帆船でお金を盗まれたらしいけど、危機的状況じゃなかったし、レイファルナス様に連れがいたからそのまま見守ったと報告を受けた」
「連れ……ですか」
ルミレラ蒼神官はふっと一つ溜息を吐いた。
連れ、とは、彼と一緒に夏神殿に帰ってきた大神官の息子だろう、と彼女は理解した。
帰ってきたと思ったら、すぐにまたあるじはその大神官の息子と秋島へ旅立った。あの事件があった秋島へ。
今回は『クロサギ』に仕事を頼む暇がないくらい、主は素早く行ってしまった。
大神官の息子は、確か『クレス』という名前だったか。
クレスという人間がそんなに気に入ったのか、とルミレラ蒼神官はとても切なくなる。
「秋島では人を……殺(あや)めたのですか?」
ルミレラ蒼神官が静かに聞く。
「そうだとしたら?」
「……」
「ふふ。大事なところはだんまりかよ。でも安心していいよ。殺してない」
「そうですか……。それは良かった」
ルミレラ蒼神官は銃を箱に仕舞った。
少年は報告を続ける。
「そして、レイファルナス様……。あのかたはけっこう骨のある方なんだと思うよ。護衛なんてほんとはいらないんじゃないかな。危険な目にあっても全く動揺してなかったしね」
「そういう訳にはいきません」
「でもあのかた、土壇場で俺を助けようとした。何か勝算があるみたいだったし」
「レイファルナス様が何か力を使うことになる前に事態をなんとかするのが、貴方たちの仕事です」
ルミレラ蒼神官が静かに言葉を連ねる。
「このことはいつも通り他言せずに。いいですね」
「ええ、もちろん」
少年は、軽い足取りで、いままで黙ってやり取りを聞いていた青年と一緒に屋敷を出ていく。
外は夕闇がとばりを降ろし始めていた。
門を通り抜けると二人は深い口づけを交わしあう。
少年は青年の腕にしな垂れかかり、話をしながら海の方へ歩いて行った。
「ねえ、ワルター」
「なんだ」
「あの方は、おれたちなんかを羨ましいって思うなんて、可哀そうな方だね」
「……そうだな」
「でも、おれ、あのかた、嫌いじゃないな」
「素直じゃないな、ケイは。わりと好きなんだろ?」
「そんなこと、言ってない」
「俺もあの方は、高貴な身にしては好感がもてた。とても人間臭くてな」
「そうだよね。おれたちを羨ましいって思うのも、なんだか人間臭いよね」
ケイはくすくすと笑った。
そうして二人の影は、夏島の始まったばかりの夜に紛れて行った。
END