第29話 冬島の氷山と海
文字数 2,084文字
次の日、クレスが目を覚ますと、窓の外には朝日に照らされてダイアモンドのような粉が舞っていた。
「綺麗だな……」
カーテンを開けてみていると、扉をノックする音がする。
返事をするとクレスの世話を言いつかった神官が、朝食を運んでくれたところだった。
トレイを受け取るとき、クレスは外の様子をその神官に聞いてみた。
「外がすごく綺麗だけど、冬島では毎朝こういう雪が降るんですか?」
その質問に神官の女性はにこやかに答えた。
「ああ。あれはダイアモンドダストですね。大気の水分が凍って、朝日に照らされているんですよ。これは冬島ではそんなに珍しくない光景ですよ。綺麗ですよね」
「ダイアモンドダスト……」
名前まで貴石ではないか。
そういえば冬島の貴石はダイアモンドだ。
夏島の冷房装置の動力源は、ネイスクレファの力が宿った貴石であるダイアモンドだ。
「クレスさん」
神官がクレスに声をかけた。
「今日はセヴィリヤ白神官がクレスさんを冬島の海に案内してくれるそうですよ」
「セヴィリヤ白神官……?」
白神官とは冬島の筆頭神官であり、冬島の政務の頂点にたつ人物を言う。
ウェルファーでは各浮島の筆頭神官を、朱神官 、蒼神官 、翠神官 、白神官 と呼ぶ。順に春、夏、秋、冬の筆頭神官の名称だ。
「そんな偉い人がどうして俺を海に連れて行ってくれるんだ?」
「さあ? 私にはそこのところは分かりかねます」
「そうか……」
そう言って神官は食事を置いて帰っていった。
食事を食べ終わって暫くすると、今度は白い厚手のローブを着た、セヴィリヤ白神官が現れた。例によって額にダイアモンドが提がる金冠をしている。
「おはようございます、クレスさん」
セヴィリヤ白神官は四十すぎの働き盛りの男性だった。細面の顔は白く、白金の髪を短い一本の三つ編みにしている。
「おはようございます。セヴィリヤ白神官ですか?」
「ええ。次期大神官のクレスさんですね」
「はい」
クレスはこのセヴィリヤ白神官にも自分の素行の悪さが伝わっていたら、と思うと恥ずかしくなった。
だが、後のまつりだ。今どうこう出来る問題ではないので平静を装った。
「今日はクレスさんに冬島の海を見せてくれと、ネイスクレファ様に言いつかっております。夏主のレイファルナス様といっしょに」
「ええ、ありがとうございます。……海で何かあるんですか?」
「いえ、何も。でも、冬島の海を見るのもいいものですよ。では行きましょうか」
クレスとセヴィリヤ白神官は、レイに声をかけて犬ゾリに乗った。
犬ゾリは十頭ほどの犬にソリをひかせ、雪の上を滑らかに滑っていく。
その後部のソリに三人で乗り、海まで走った。
夏島の海しか見たことが無かったクレスは、冬島の海を見てまた大きな感嘆の溜息をついた。
海は濃い青で、大きな氷が海に突き出ている。
「氷が……海にででる……」
思わず口にだしたら、セヴィリヤ白神官がそれに応えた。
「この氷のせいでこの海では船が航行できないんです」
「……じゃあ、魚とか採ったりしないんですか?」
「多少は仕掛けで採りますが、基本的にここの動物たちは保護している、という状況です。もともと数が少ないので」
セヴィリヤ白神官がそう言うと、海で潮が噴水のように吹きあがった。
「なに?! いまの何ですか!?」
「この世界で一番大きいと言われている海洋生物、クジラです」
大きな尾が水面をバシャッと叩く。
水しぶきがかかって来そうなほど、豪快だった。
青いコートを着たレイがクレスを呼ぶ。
「クレス、あっちをみてごらん」
指さした方へ顔を向けると、こんどは大きな白い熊がのしのしと歩いている。
「あ、あれ、俺たち食べられたりしないかな……」
弱気になったクレスに、レイはクスリと笑った。
「なんの為に私がついて来てると思っているんだ。私がいればある程度の動物の行動の制御はできる」
「……え、そうなのか? 例えばどういう風に?」
「数分操れるくらいだけど、それで十分人間からは追い払えるよ」
時々レイが季主であることを忘れそうになるが、やっぱりレイは季主なのだな、とクレスは改めて思った。
海は一面の藍色と、白い氷山と雪に覆われていた。
そこに住む、希少な動物たち。
冬島はそんな少ない生物たちを抱いて、静かに雲海の宙に浮いているのだ。
海から帰ったクレスとレイは、ネイスクレファにあって、手紙の返事をもらった。
クレスが受け取ると、銀色の縁飾りのついたその手紙は、とても薄かった。
中身がとても気になるところだ。
「ではな、クレス」
ネイスクレファがクレスとレイを冬神殿の前方に茂る林の中の祠に、見送りに来ていた。
ここは冬島の季主の道の入口だ。
今度クレスたちは春島に向かう。
「ネイスクレファさま、いろいろ有難うございました」
クレスは綺麗に頭を下げて、ネイスクレファに敬意を表した。
「春島でも達者でな」
「はい、ネイスクレファさまもお元気で」
「またね、ネイスクレファ」
三者三様の挨拶をすると、レイが季主の道の扉をさっと撫でて、ノブを回した。
ダイアモンドのような光を放つ洞窟が、そこには現れた。
「綺麗だな……」
カーテンを開けてみていると、扉をノックする音がする。
返事をするとクレスの世話を言いつかった神官が、朝食を運んでくれたところだった。
トレイを受け取るとき、クレスは外の様子をその神官に聞いてみた。
「外がすごく綺麗だけど、冬島では毎朝こういう雪が降るんですか?」
その質問に神官の女性はにこやかに答えた。
「ああ。あれはダイアモンドダストですね。大気の水分が凍って、朝日に照らされているんですよ。これは冬島ではそんなに珍しくない光景ですよ。綺麗ですよね」
「ダイアモンドダスト……」
名前まで貴石ではないか。
そういえば冬島の貴石はダイアモンドだ。
夏島の冷房装置の動力源は、ネイスクレファの力が宿った貴石であるダイアモンドだ。
「クレスさん」
神官がクレスに声をかけた。
「今日はセヴィリヤ白神官がクレスさんを冬島の海に案内してくれるそうですよ」
「セヴィリヤ白神官……?」
白神官とは冬島の筆頭神官であり、冬島の政務の頂点にたつ人物を言う。
ウェルファーでは各浮島の筆頭神官を、
「そんな偉い人がどうして俺を海に連れて行ってくれるんだ?」
「さあ? 私にはそこのところは分かりかねます」
「そうか……」
そう言って神官は食事を置いて帰っていった。
食事を食べ終わって暫くすると、今度は白い厚手のローブを着た、セヴィリヤ白神官が現れた。例によって額にダイアモンドが提がる金冠をしている。
「おはようございます、クレスさん」
セヴィリヤ白神官は四十すぎの働き盛りの男性だった。細面の顔は白く、白金の髪を短い一本の三つ編みにしている。
「おはようございます。セヴィリヤ白神官ですか?」
「ええ。次期大神官のクレスさんですね」
「はい」
クレスはこのセヴィリヤ白神官にも自分の素行の悪さが伝わっていたら、と思うと恥ずかしくなった。
だが、後のまつりだ。今どうこう出来る問題ではないので平静を装った。
「今日はクレスさんに冬島の海を見せてくれと、ネイスクレファ様に言いつかっております。夏主のレイファルナス様といっしょに」
「ええ、ありがとうございます。……海で何かあるんですか?」
「いえ、何も。でも、冬島の海を見るのもいいものですよ。では行きましょうか」
クレスとセヴィリヤ白神官は、レイに声をかけて犬ゾリに乗った。
犬ゾリは十頭ほどの犬にソリをひかせ、雪の上を滑らかに滑っていく。
その後部のソリに三人で乗り、海まで走った。
夏島の海しか見たことが無かったクレスは、冬島の海を見てまた大きな感嘆の溜息をついた。
海は濃い青で、大きな氷が海に突き出ている。
「氷が……海にででる……」
思わず口にだしたら、セヴィリヤ白神官がそれに応えた。
「この氷のせいでこの海では船が航行できないんです」
「……じゃあ、魚とか採ったりしないんですか?」
「多少は仕掛けで採りますが、基本的にここの動物たちは保護している、という状況です。もともと数が少ないので」
セヴィリヤ白神官がそう言うと、海で潮が噴水のように吹きあがった。
「なに?! いまの何ですか!?」
「この世界で一番大きいと言われている海洋生物、クジラです」
大きな尾が水面をバシャッと叩く。
水しぶきがかかって来そうなほど、豪快だった。
青いコートを着たレイがクレスを呼ぶ。
「クレス、あっちをみてごらん」
指さした方へ顔を向けると、こんどは大きな白い熊がのしのしと歩いている。
「あ、あれ、俺たち食べられたりしないかな……」
弱気になったクレスに、レイはクスリと笑った。
「なんの為に私がついて来てると思っているんだ。私がいればある程度の動物の行動の制御はできる」
「……え、そうなのか? 例えばどういう風に?」
「数分操れるくらいだけど、それで十分人間からは追い払えるよ」
時々レイが季主であることを忘れそうになるが、やっぱりレイは季主なのだな、とクレスは改めて思った。
海は一面の藍色と、白い氷山と雪に覆われていた。
そこに住む、希少な動物たち。
冬島はそんな少ない生物たちを抱いて、静かに雲海の宙に浮いているのだ。
海から帰ったクレスとレイは、ネイスクレファにあって、手紙の返事をもらった。
クレスが受け取ると、銀色の縁飾りのついたその手紙は、とても薄かった。
中身がとても気になるところだ。
「ではな、クレス」
ネイスクレファがクレスとレイを冬神殿の前方に茂る林の中の祠に、見送りに来ていた。
ここは冬島の季主の道の入口だ。
今度クレスたちは春島に向かう。
「ネイスクレファさま、いろいろ有難うございました」
クレスは綺麗に頭を下げて、ネイスクレファに敬意を表した。
「春島でも達者でな」
「はい、ネイスクレファさまもお元気で」
「またね、ネイスクレファ」
三者三様の挨拶をすると、レイが季主の道の扉をさっと撫でて、ノブを回した。
ダイアモンドのような光を放つ洞窟が、そこには現れた。