四話 運命の相手
文字数 3,038文字
その日の授業は真面目に受けた。内容は家でそれなりに復習していたので、ついて行けないことはない。もともと俺は勉強がそんなに嫌いじゃない。
問題を考えていると集中できて、むしろ気持ちがいい。
滞りなく授業が終わり、神官学校から屋敷へ帰る道すがら、俺は弟のカイスに会った。
「兄さま!」
喜色満面で俺の傍へ来る弟を見て、俺は気持ちが安らぐ。
何故か分からないけど、カイスは俺にすごく懐いている。
こんな駄目な兄でも。
そう、俺は駄目なヤツだ。
酒場で飲んで歌って、学校を休み、食堂で仕事をして。
大神官の息子がこんなことをしているなんて。
この世界の民が知ったら、俺は殺されるかもしれない、と思う。
そんなことを考えていたら。
「クレス?」
俺の名を呼ぶ声がした。
その声に振り向くと、そこにいたのはヴェンで。
食堂街で働いている、と言ってた彼は、買い出しか何かで店の外へ出ていたようだった。
手には袋を抱えていて、香辛料やドライフルーツが袋の端から見えた。
俺は血の気が引く思いでヴェンの顔を見た。
ヴェンは信じられないものを見る目で俺を見ている。
俺の纏(まと)う、深緑色の神官学校の制服を。
「それ、神官学校の制服だよな」
「……」
また、口の中がからからに乾いていくのを感じた。
「お前、神官学校の生徒だったのか?」
弟や妹をせめて学校へ行かせてやりたい、と言ってたヴェン。
貧しくて、ヴェンは働くしかなかったのに。
俺は現実逃避したい一心で酒場に通っていた。
「あ、お友達ですか? 僕はカイス・クレウリーっていいます。兄さまがお世話になっています」
そのとき、カイスが言わなくてもいいことを、ヴェンに言った。
「兄さま? クレウリー?」
クレウリーというのは、この世界で唯一の、大神官の苗字だ。
ゆえに同姓はない。さらにこの苗字はかなり有名だった。
四人の季主の名前と同じくらいに。
「おまえ……大神官の家系なのか……。兄さまってことは……お前、跡取り?」
またもや何も言えなくなる。
ヴェンの顔が怒りで紅く染まっていくのが分かった。
彼の顔を見ていられないと思うが、目を離すことが出来ない。
「世界を背負う重要人物が、なんで酒場で安酒のんで遊んでんだよ」
その声はすごく憎しみに満ちていて。
「何一つ不自由のない身で、仕事をほっぽり出して遊んでんじゃねえよ」
怒鳴ったりしないヴェンの静かな声が、余計に俺の胸に突き刺さってきた。
「……兄さま? なんですか、この人。怖いです」
「カイスはもう家に帰ってろ」
俺はなんとかヴェンに自分の気持ちを伝えようと彼の名前を呼んだ。
「ヴェン……」
しかし、あとに続く言葉が見つからない。
そう、ヴェンの言う通りだからだ。
俺は自分の運命から逃げて逃げて。
結局、逃げた先でも受け入れてはもらえなくて。
ヴェンは俺を睨みつけると、無言で俺から離れて行った。
もう、二度とあの酒場には行けなくなった。
俺は未熟だ。本当にどうしようもないくらいに。
何もかもが未熟すぎて、何もうまくいかない。
その日の夜、叔父の店で仕事をしていたらカイスが迎えに来た。
何か重要なことを父さんが俺に話したがっていると言って。
おれは、また父さんがこの仕事を辞めるようにと説教するのではないかと思った。
それでもいいか、と思ったりする。
俺は自分の道を完全に見失っていた。
何をしていいのか、分からなくなった。
屋敷に帰ると、父さんは俺と差し向かいで真剣に用件を切り出してきた。
「クレス。今度、創造主様がお前に会いたいとおっしゃっている」
それは俺の想像を遥かに上回る用件だった。
「創造主様?」
「そうだ」
なぜ、俺が。
いや、理由は明白か。
俺が次期大神官だからだ。
「俺に会って、どうするんだ?」
「お前に仕事を頼みたいとおっしゃっている」
仕事……。
ちょうどいい。俺は今、何をしたらいいのか分からないのだから。
何でもやってやる、という気持ちになった。
しかも、創造主様からの直々の仕事だ。
「詳細は明日、大神殿で創造主様がお前に教えてくださるだろう」
創造主様と会って、頂いた仕事は、一風変わったものだった。
この世界の四人の季主の下へ行って、創造主様から頂いた手紙を見せて、返事をもらってくるというものだった。
この世界、ウェルファーを一通りめぐる旅をするのだ。
俺はこの仕事に少し心が浮き立った。
この仕事をきちんとやれば、何かが変わるような予感がしたからだ。
何もできない未熟な自分が、少しは変われるんじゃないかと思った。
この仕事に一筋の光のようなものを感じていた。
神官学校の休学手続きをして、出発に備えて準備をしていった。
今、この主島は真冬だ。俺が叔父の店で仕事をはじめたときから、半年以上がたっていた。
だから、一番先に向かう先は、寒いところではなく暑いところにしようと、夏島に決めた。
その日、俺は夏島行き飛行船乗り場までの高速長距離馬車の乗車券を予約した。馬車の待合所へ向かって位置を確認して、明日の出発に備える。
明日には馬車に乗れる予定だ。
一仕事終えた、その帰り道で。
俺は誰かに呼び止められた。
「お兄さん」
振り向くと、その声の主は俺と同じくらいの歳の少女で、辻占い師だった。
街路に机をだしていて、彼女の前には紫色の布の上に水晶球が置かれている。
「お兄さん、近いうちに運命の人に出逢えるよ」
その少女は、にかりと笑ってそう言った。
強く興味を惹かれて、その占い師の少女の前で俺は足を止めた。
「運命の人?」
「そう。そういう相がでてたから。だからつい声をかけちゃったよ。あれ? さっきの綺麗なお兄さんもそうだったな」
「さっきのお兄さんって?」
「いや、コッチの話」
「それにしても運命の人って……なに?」
俺が聞くと、少女は相好を崩した。
「あなたの運命を変えてくれる人との出会いがあるよ。正しい方向へ導いてくれる」
俺の運命を変える……。正しい方へ。
この占い師の占いは、当たらないかもしれない。
でも、俺は信じたいと思った。
なによりもこれから旅立つ身としては縁起がいい。
自分の運命を正しい方へ変えてくれる人との出会い。
それはなんだかすごくワクワクする占いだった。
「これ、占い代。とっておいて」
俺は少女に小銭を渡すと、その場から不思議な気持ちで歩き出す。
少女は「まいど~」と声をあげ、俺の方へ手を振った。
ふいにこの前に見た不思議な夢を思い出した。
もうすでに夢の内容も、彼(か)の人の姿も、忘れてしまったけど。
夢の中で会ったあの人みたいな相手に出会えればいいな、とまさに夢みたいなことを考えた。
家に帰るには乗り合い馬車に乗る必要があった。その乗り場へ向かって俺は歩く。
俺の後ろには、旅人が泊まる為の大きな宿があった。なんとなく、その宿を振り返る。あそこには、これから旅立つ人が大勢泊まっているのだろうな、と自分と重ね合わせて。
そして、俺は宿とは反対方面の馬車乗り場の方に歩き出す。
もしかして、今だってその運命の人とやらとすれ違っているもかもしれない。
なんて、心が浮き立つことを考えながら――
――私はレイ。これから夏島までよろしく
こちらこそよろしくお願いします。俺はクレスだ――
※次の更新でクレス編おわりです。おまけページとしてイラスト集も最後のページにあります。
イラスト平気な方は覗いて行ってみてください。
問題を考えていると集中できて、むしろ気持ちがいい。
滞りなく授業が終わり、神官学校から屋敷へ帰る道すがら、俺は弟のカイスに会った。
「兄さま!」
喜色満面で俺の傍へ来る弟を見て、俺は気持ちが安らぐ。
何故か分からないけど、カイスは俺にすごく懐いている。
こんな駄目な兄でも。
そう、俺は駄目なヤツだ。
酒場で飲んで歌って、学校を休み、食堂で仕事をして。
大神官の息子がこんなことをしているなんて。
この世界の民が知ったら、俺は殺されるかもしれない、と思う。
そんなことを考えていたら。
「クレス?」
俺の名を呼ぶ声がした。
その声に振り向くと、そこにいたのはヴェンで。
食堂街で働いている、と言ってた彼は、買い出しか何かで店の外へ出ていたようだった。
手には袋を抱えていて、香辛料やドライフルーツが袋の端から見えた。
俺は血の気が引く思いでヴェンの顔を見た。
ヴェンは信じられないものを見る目で俺を見ている。
俺の纏(まと)う、深緑色の神官学校の制服を。
「それ、神官学校の制服だよな」
「……」
また、口の中がからからに乾いていくのを感じた。
「お前、神官学校の生徒だったのか?」
弟や妹をせめて学校へ行かせてやりたい、と言ってたヴェン。
貧しくて、ヴェンは働くしかなかったのに。
俺は現実逃避したい一心で酒場に通っていた。
「あ、お友達ですか? 僕はカイス・クレウリーっていいます。兄さまがお世話になっています」
そのとき、カイスが言わなくてもいいことを、ヴェンに言った。
「兄さま? クレウリー?」
クレウリーというのは、この世界で唯一の、大神官の苗字だ。
ゆえに同姓はない。さらにこの苗字はかなり有名だった。
四人の季主の名前と同じくらいに。
「おまえ……大神官の家系なのか……。兄さまってことは……お前、跡取り?」
またもや何も言えなくなる。
ヴェンの顔が怒りで紅く染まっていくのが分かった。
彼の顔を見ていられないと思うが、目を離すことが出来ない。
「世界を背負う重要人物が、なんで酒場で安酒のんで遊んでんだよ」
その声はすごく憎しみに満ちていて。
「何一つ不自由のない身で、仕事をほっぽり出して遊んでんじゃねえよ」
怒鳴ったりしないヴェンの静かな声が、余計に俺の胸に突き刺さってきた。
「……兄さま? なんですか、この人。怖いです」
「カイスはもう家に帰ってろ」
俺はなんとかヴェンに自分の気持ちを伝えようと彼の名前を呼んだ。
「ヴェン……」
しかし、あとに続く言葉が見つからない。
そう、ヴェンの言う通りだからだ。
俺は自分の運命から逃げて逃げて。
結局、逃げた先でも受け入れてはもらえなくて。
ヴェンは俺を睨みつけると、無言で俺から離れて行った。
もう、二度とあの酒場には行けなくなった。
俺は未熟だ。本当にどうしようもないくらいに。
何もかもが未熟すぎて、何もうまくいかない。
その日の夜、叔父の店で仕事をしていたらカイスが迎えに来た。
何か重要なことを父さんが俺に話したがっていると言って。
おれは、また父さんがこの仕事を辞めるようにと説教するのではないかと思った。
それでもいいか、と思ったりする。
俺は自分の道を完全に見失っていた。
何をしていいのか、分からなくなった。
屋敷に帰ると、父さんは俺と差し向かいで真剣に用件を切り出してきた。
「クレス。今度、創造主様がお前に会いたいとおっしゃっている」
それは俺の想像を遥かに上回る用件だった。
「創造主様?」
「そうだ」
なぜ、俺が。
いや、理由は明白か。
俺が次期大神官だからだ。
「俺に会って、どうするんだ?」
「お前に仕事を頼みたいとおっしゃっている」
仕事……。
ちょうどいい。俺は今、何をしたらいいのか分からないのだから。
何でもやってやる、という気持ちになった。
しかも、創造主様からの直々の仕事だ。
「詳細は明日、大神殿で創造主様がお前に教えてくださるだろう」
創造主様と会って、頂いた仕事は、一風変わったものだった。
この世界の四人の季主の下へ行って、創造主様から頂いた手紙を見せて、返事をもらってくるというものだった。
この世界、ウェルファーを一通りめぐる旅をするのだ。
俺はこの仕事に少し心が浮き立った。
この仕事をきちんとやれば、何かが変わるような予感がしたからだ。
何もできない未熟な自分が、少しは変われるんじゃないかと思った。
この仕事に一筋の光のようなものを感じていた。
神官学校の休学手続きをして、出発に備えて準備をしていった。
今、この主島は真冬だ。俺が叔父の店で仕事をはじめたときから、半年以上がたっていた。
だから、一番先に向かう先は、寒いところではなく暑いところにしようと、夏島に決めた。
その日、俺は夏島行き飛行船乗り場までの高速長距離馬車の乗車券を予約した。馬車の待合所へ向かって位置を確認して、明日の出発に備える。
明日には馬車に乗れる予定だ。
一仕事終えた、その帰り道で。
俺は誰かに呼び止められた。
「お兄さん」
振り向くと、その声の主は俺と同じくらいの歳の少女で、辻占い師だった。
街路に机をだしていて、彼女の前には紫色の布の上に水晶球が置かれている。
「お兄さん、近いうちに運命の人に出逢えるよ」
その少女は、にかりと笑ってそう言った。
強く興味を惹かれて、その占い師の少女の前で俺は足を止めた。
「運命の人?」
「そう。そういう相がでてたから。だからつい声をかけちゃったよ。あれ? さっきの綺麗なお兄さんもそうだったな」
「さっきのお兄さんって?」
「いや、コッチの話」
「それにしても運命の人って……なに?」
俺が聞くと、少女は相好を崩した。
「あなたの運命を変えてくれる人との出会いがあるよ。正しい方向へ導いてくれる」
俺の運命を変える……。正しい方へ。
この占い師の占いは、当たらないかもしれない。
でも、俺は信じたいと思った。
なによりもこれから旅立つ身としては縁起がいい。
自分の運命を正しい方へ変えてくれる人との出会い。
それはなんだかすごくワクワクする占いだった。
「これ、占い代。とっておいて」
俺は少女に小銭を渡すと、その場から不思議な気持ちで歩き出す。
少女は「まいど~」と声をあげ、俺の方へ手を振った。
ふいにこの前に見た不思議な夢を思い出した。
もうすでに夢の内容も、彼(か)の人の姿も、忘れてしまったけど。
夢の中で会ったあの人みたいな相手に出会えればいいな、とまさに夢みたいなことを考えた。
家に帰るには乗り合い馬車に乗る必要があった。その乗り場へ向かって俺は歩く。
俺の後ろには、旅人が泊まる為の大きな宿があった。なんとなく、その宿を振り返る。あそこには、これから旅立つ人が大勢泊まっているのだろうな、と自分と重ね合わせて。
そして、俺は宿とは反対方面の馬車乗り場の方に歩き出す。
もしかして、今だってその運命の人とやらとすれ違っているもかもしれない。
なんて、心が浮き立つことを考えながら――
――私はレイ。これから夏島までよろしく
こちらこそよろしくお願いします。俺はクレスだ――
※次の更新でクレス編おわりです。おまけページとしてイラスト集も最後のページにあります。
イラスト平気な方は覗いて行ってみてください。