第13話 夏神殿内で
文字数 3,425文字
夏神殿に入ると、ここの筆頭神官である蒼神官 がレイを出迎えた。
蒼神官、彼女はまだ若い女性だ。
浅黒い肌をしていて、額にサファイアが金鎖で下がっている、細い金冠をしている。
「おかえりなさいませ、レイファルナス様」
蒼神官は、レイの顔を見るなり、深々と頭を下げた。
「ああ、ただいま、蒼神官。今回は客人がいるんだ。帆船が暑かったから彼に湯あみをさせて。それとお腹もすいているだろうから夕食を早めに用意してくれる?」
「はい、承 りました」
彼女はクレスの方を見ると、にこりと笑う。
「こんにちは。私は夏神殿筆頭神官、蒼神官ルミレラ・レスフィードです。すぐに湯あみの用意をしますので、お待ちくださいね」
「あ、はい。俺はクレスです。クレス・クレウリー」
「あら、クレウリー家って、あの大神官の家系の?」
ルミレラ蒼神官にそう言われ、クレスの正体は思わぬところで露見した。
この世界で唯一の大神官、その家名はとても有名だ。
「はい、そうです。俺は大神官バレルの息子のクレスといいます」
それに驚いたのがレイだった。
「神殿関係者ってそういうことだったの!? クレスが大神官の息子!?」
「あ、ああ、そうなんだ、実は。だましていた訳じゃないけど、言う機会もなくて。ごめんな」
クレスは苦笑いでレイの顔を見た。
レイは季主で、自分はこの世界で唯一の大神官の息子。
なんという組み合わせだったのだろうか。
「なんというか、びっくりした」
「それはお互い様だ」
レイとクレスはお互いの顔を見て、苦笑した。
――季主。
それは、このウェルファーという世界には欠かすことの出来ない、四つの神のような存在だ。
創造主リアスの眷属であり、人々のよりどころ。
存在そのものが季節を護る力を放ち、各浮島を結界で護っている。
レイは夏主 であるから、夏という季節を護る力を放っている。
この夏島の暑さを維持する、とても神秘的な力だ。夏島全体を彼自身の力と、彼の貴石であるサファイアが放つ結界で覆い、浮島を行き来する飛行船さえレイの庇護のもと運行している。主島から夏島への飛行船と夏島から秋島行きの飛行船は夏主の担当だ。
秋島には秋主 アレイゼスが、冬島には冬主 ネイスクレファが、春島には春主 ルファが、各浮島を護って、そこに住む生き物を庇護して、この世界は成り立っている。
湯あみをしたクレスは、神官に用意してもらった青色の服を着て、夏神殿内で涼んでいた。ここでは冬主による中央冷房装置が使われているため、とても涼しい。この装置は夏島の首都全体にいきわたっている。
主島の首都の夏も、同じものが使われている。
ただ、主島のものは夏と冬で冷房と暖房が切り替わるが、ここでは冷房のみだ。夏島だから当然か。
窓から夏神殿の庭を窺 うと、夕方の光のなか夕立が降っていた。
その雨に打たれながら、ところどころに地植えの大輪の赤い花が咲いている。
大きな噴水もあり、赤い光を反射して雨に濡れながら水を噴き出している。
しばらくクレスは豪奢な噴水の水の流れを見ていた。
夏島の宿には、夏神殿の神官がクレスの荷物を取りに行ってくれて、荷物は今ここにある。
宿泊代もさっきまでお金を持っていなかったので、立て替えてもらった。あとから、代行してくれた神官に、クレスは荷物の中に入っていたお金を渡した。
宿には行く必要がなくなったし、そこに入っていたお金には助けられた。
クレスはお金を入れるように提案してくれた、弟のカイスに感謝した。
暫くすると、夏神殿の制服である青い服を来た女性神官がやってきた。夕食の準備が出来たからついて来てほしいと言われ、言われるままにあとをついていく。
そこは夏神殿の三階に位置する部屋だった。三階は主に夏主を祀る部屋だ。聖殿、といっていい。その聖殿の隣にある、広い部屋にクレスは通された。
そこにはすでに着替えたレイが、大きな食卓について待っていた。
部屋の中にも四隅に置かれた花瓶に、やはり大きな原色の花々が大輪を咲かせている。赤、黄、青、そして濃い緑の葉。窓からは、夕立がやみ夕日に染まった赤い空が見えた。
黄色い蝶が窓の外をとんでいる。
レイはそんな部屋の中で、青い模様の入った短衣の下に、水色の長衣を着ていた。ぼさぼさの三つ編みだった飴色の髪は、後ろできっちり一本に青い髪飾りで結わえられている。
そして、レイが席をたつと、彼からふわりと夏の香りが漂うような気配をクレスは感じた。
「なんか……そうしてると、本物の夏主なんだなって思うよ」
何か神気の威圧のようなものを感じたクレスは思ったことを言っていた。
「本物の夏主なのだけどね」
レイはそういうと、クレスを自分の前の席に手で促す。
「座って。まずは食事にしよう。今日は朝から水を飲んだだけでしょう?」
その通りだった。昨日の昼にパサパサのパンと牛乳を飲んだきり、水しか口にしていなかったクレスだ。
食卓には沢山のごちそうがならんでいる。
冷たいイモのスープに暖かいパン、果物のかごにはクレスが見たこともない熟れた果実がつまっていた。揚げた魚や、香辛料のたっぷりかかった肉、葡萄酒の瓶に牛乳を使った氷菓まである。
葡萄酒のコルクを抜くと、クレスは弟のカイスのことを思い出した。
「なあ、このコルク、持って帰ってもいいか」
「いいけど、そんなものをどうするの?」
「弟が集めてるんだ」
「それは面白い趣味だね」
カイスのことを思い出したクレスは、レイに弟のことを語った。
「弟……カイスっていうんだけど、なんだか俺のことをすごく好きでいてくれてさ。そいつの願いだから旅先でもコルクを集めてやってるんだ」
「……クレスは弟さんがすごく可愛いんだね」
「ああ」
少し照れたクレスの顔を、レイは微笑ましく見ていた。氷菓を匙で掬って食べながら、クレスがコルクを仕舞うのを見守る。
「弟さんに大神官の座を奪われる、とは考えたことは無いの? 後継者争いとかよくある話なのだけど」
真顔になったレイを見てクレスは眉を寄せた。
「ヤなこと言うなあ、レイは。今はそんなことないけど……カイスは頭がいいから俺がしっかりしないとそのうちにそうなるかもな」
クレスは暖かいパンにチーズをのせて口へと運ぶ。
「うっまっ」
「うん、美味しいね。それで、クレスはそれでいいの?」
「後継者争いのことか?」
「そう」
クレスは一呼吸おいて、考えを巡らせた。
「俺がきちんとしないと、カイスにも迷惑がかかるな。それは嫌だな」
「……そう。ならばクレスがきちんとしないとね。じゃあ、今は食べようか」
久しぶりに食べられる美味しい料理にクレスは手を伸ばす。
レイの核心に触れた質問は心に痛かったが、食欲はおさまらなかった。
その食べっぷりを見ながら、レイは何気なくクレスに聞いた。
「ねえ、クレス。クレスはこの夏神殿に用があるって言ってたよね。それってどんな仕事? 大神官の息子、というのと関係があるのかな」
ばくばくと料理を平らげながら、クレスは我に返った。
「あ。ああ、それか。うん、実はな。創造主リアス様から季主さま宛に手紙を預かってきてるんだ。俺の仕事は手紙を季主さまに見せて、その返事をもらってくるってこと」
「季主って、私の返事が必要なんだ」
「そういうことになるな。あとで手紙を持ってくるよ」
「ふうん、なるほどね」
何か得心したという雰囲気でレイは唸った。
「なる程ってなにが?」
「いや、次期大神官の仕事をしてるんだなって思って。これは恒例行事みたいなものだから」
「どういう意味だ?」
「大神官になるものは、みんなこの旅をするんだ。その意味はきっとこの旅が終わったらリアス様が教えてくれるよ」
謎かけのような言葉をレイは言った。
食事が終り、腹が満腹になったクレスは、部屋に戻ってからルミレラ蒼神官に季主あての手紙を渡した。
返事は明日の朝に食卓で、ということだったので、クレスは夏神殿の自室で、寝る準備をして、寝台へと入った。
蒼神官、彼女はまだ若い女性だ。
浅黒い肌をしていて、額にサファイアが金鎖で下がっている、細い金冠をしている。
「おかえりなさいませ、レイファルナス様」
蒼神官は、レイの顔を見るなり、深々と頭を下げた。
「ああ、ただいま、蒼神官。今回は客人がいるんだ。帆船が暑かったから彼に湯あみをさせて。それとお腹もすいているだろうから夕食を早めに用意してくれる?」
「はい、
彼女はクレスの方を見ると、にこりと笑う。
「こんにちは。私は夏神殿筆頭神官、蒼神官ルミレラ・レスフィードです。すぐに湯あみの用意をしますので、お待ちくださいね」
「あ、はい。俺はクレスです。クレス・クレウリー」
「あら、クレウリー家って、あの大神官の家系の?」
ルミレラ蒼神官にそう言われ、クレスの正体は思わぬところで露見した。
この世界で唯一の大神官、その家名はとても有名だ。
「はい、そうです。俺は大神官バレルの息子のクレスといいます」
それに驚いたのがレイだった。
「神殿関係者ってそういうことだったの!? クレスが大神官の息子!?」
「あ、ああ、そうなんだ、実は。だましていた訳じゃないけど、言う機会もなくて。ごめんな」
クレスは苦笑いでレイの顔を見た。
レイは季主で、自分はこの世界で唯一の大神官の息子。
なんという組み合わせだったのだろうか。
「なんというか、びっくりした」
「それはお互い様だ」
レイとクレスはお互いの顔を見て、苦笑した。
――季主。
それは、このウェルファーという世界には欠かすことの出来ない、四つの神のような存在だ。
創造主リアスの眷属であり、人々のよりどころ。
存在そのものが季節を護る力を放ち、各浮島を結界で護っている。
レイは
この夏島の暑さを維持する、とても神秘的な力だ。夏島全体を彼自身の力と、彼の貴石であるサファイアが放つ結界で覆い、浮島を行き来する飛行船さえレイの庇護のもと運行している。主島から夏島への飛行船と夏島から秋島行きの飛行船は夏主の担当だ。
秋島には
湯あみをしたクレスは、神官に用意してもらった青色の服を着て、夏神殿内で涼んでいた。ここでは冬主による中央冷房装置が使われているため、とても涼しい。この装置は夏島の首都全体にいきわたっている。
主島の首都の夏も、同じものが使われている。
ただ、主島のものは夏と冬で冷房と暖房が切り替わるが、ここでは冷房のみだ。夏島だから当然か。
窓から夏神殿の庭を
その雨に打たれながら、ところどころに地植えの大輪の赤い花が咲いている。
大きな噴水もあり、赤い光を反射して雨に濡れながら水を噴き出している。
しばらくクレスは豪奢な噴水の水の流れを見ていた。
夏島の宿には、夏神殿の神官がクレスの荷物を取りに行ってくれて、荷物は今ここにある。
宿泊代もさっきまでお金を持っていなかったので、立て替えてもらった。あとから、代行してくれた神官に、クレスは荷物の中に入っていたお金を渡した。
宿には行く必要がなくなったし、そこに入っていたお金には助けられた。
クレスはお金を入れるように提案してくれた、弟のカイスに感謝した。
暫くすると、夏神殿の制服である青い服を来た女性神官がやってきた。夕食の準備が出来たからついて来てほしいと言われ、言われるままにあとをついていく。
そこは夏神殿の三階に位置する部屋だった。三階は主に夏主を祀る部屋だ。聖殿、といっていい。その聖殿の隣にある、広い部屋にクレスは通された。
そこにはすでに着替えたレイが、大きな食卓について待っていた。
部屋の中にも四隅に置かれた花瓶に、やはり大きな原色の花々が大輪を咲かせている。赤、黄、青、そして濃い緑の葉。窓からは、夕立がやみ夕日に染まった赤い空が見えた。
黄色い蝶が窓の外をとんでいる。
レイはそんな部屋の中で、青い模様の入った短衣の下に、水色の長衣を着ていた。ぼさぼさの三つ編みだった飴色の髪は、後ろできっちり一本に青い髪飾りで結わえられている。
そして、レイが席をたつと、彼からふわりと夏の香りが漂うような気配をクレスは感じた。
「なんか……そうしてると、本物の夏主なんだなって思うよ」
何か神気の威圧のようなものを感じたクレスは思ったことを言っていた。
「本物の夏主なのだけどね」
レイはそういうと、クレスを自分の前の席に手で促す。
「座って。まずは食事にしよう。今日は朝から水を飲んだだけでしょう?」
その通りだった。昨日の昼にパサパサのパンと牛乳を飲んだきり、水しか口にしていなかったクレスだ。
食卓には沢山のごちそうがならんでいる。
冷たいイモのスープに暖かいパン、果物のかごにはクレスが見たこともない熟れた果実がつまっていた。揚げた魚や、香辛料のたっぷりかかった肉、葡萄酒の瓶に牛乳を使った氷菓まである。
葡萄酒のコルクを抜くと、クレスは弟のカイスのことを思い出した。
「なあ、このコルク、持って帰ってもいいか」
「いいけど、そんなものをどうするの?」
「弟が集めてるんだ」
「それは面白い趣味だね」
カイスのことを思い出したクレスは、レイに弟のことを語った。
「弟……カイスっていうんだけど、なんだか俺のことをすごく好きでいてくれてさ。そいつの願いだから旅先でもコルクを集めてやってるんだ」
「……クレスは弟さんがすごく可愛いんだね」
「ああ」
少し照れたクレスの顔を、レイは微笑ましく見ていた。氷菓を匙で掬って食べながら、クレスがコルクを仕舞うのを見守る。
「弟さんに大神官の座を奪われる、とは考えたことは無いの? 後継者争いとかよくある話なのだけど」
真顔になったレイを見てクレスは眉を寄せた。
「ヤなこと言うなあ、レイは。今はそんなことないけど……カイスは頭がいいから俺がしっかりしないとそのうちにそうなるかもな」
クレスは暖かいパンにチーズをのせて口へと運ぶ。
「うっまっ」
「うん、美味しいね。それで、クレスはそれでいいの?」
「後継者争いのことか?」
「そう」
クレスは一呼吸おいて、考えを巡らせた。
「俺がきちんとしないと、カイスにも迷惑がかかるな。それは嫌だな」
「……そう。ならばクレスがきちんとしないとね。じゃあ、今は食べようか」
久しぶりに食べられる美味しい料理にクレスは手を伸ばす。
レイの核心に触れた質問は心に痛かったが、食欲はおさまらなかった。
その食べっぷりを見ながら、レイは何気なくクレスに聞いた。
「ねえ、クレス。クレスはこの夏神殿に用があるって言ってたよね。それってどんな仕事? 大神官の息子、というのと関係があるのかな」
ばくばくと料理を平らげながら、クレスは我に返った。
「あ。ああ、それか。うん、実はな。創造主リアス様から季主さま宛に手紙を預かってきてるんだ。俺の仕事は手紙を季主さまに見せて、その返事をもらってくるってこと」
「季主って、私の返事が必要なんだ」
「そういうことになるな。あとで手紙を持ってくるよ」
「ふうん、なるほどね」
何か得心したという雰囲気でレイは唸った。
「なる程ってなにが?」
「いや、次期大神官の仕事をしてるんだなって思って。これは恒例行事みたいなものだから」
「どういう意味だ?」
「大神官になるものは、みんなこの旅をするんだ。その意味はきっとこの旅が終わったらリアス様が教えてくれるよ」
謎かけのような言葉をレイは言った。
食事が終り、腹が満腹になったクレスは、部屋に戻ってからルミレラ蒼神官に季主あての手紙を渡した。
返事は明日の朝に食卓で、ということだったので、クレスは夏神殿の自室で、寝る準備をして、寝台へと入った。