終話 大人たちの思惑

文字数 1,008文字

 大神殿の中のとある一室で。
 大神官バレルと、神官学校校長、そしてバレルの弟のデミスが顔をそろえていた。
 大きな机に三人が座っている。

「デミス。クレスの様子はどうだ?」

 大神官バレルに聞かれ、クレスの叔父であるデミスは火のついていない煙草を手でもてあそびながら、答えた。

「要領がよくて、よく仕事をやっている。他で金を稼ぐことを覚えらえるよりもマシ、と思って俺が預かってるが……。でも最近は酒場で遊んでいるらしいな」

「神官学校の方はどうなんです? 校長」
「あまり素行がよろしくないと担任から聞いています。最近学校も休みがちだと」

「ここいらで限界かな……」
 
 と、デミスは言葉をつなげた。

「クレスは相当追い詰められてる。次期大神官という重圧に。早々に何か手を打たないと、あいつは本当にダメになる」

「ああ。それはもう考えている」

 大神官バレルは黒い髭を撫でながら、大きく息を吸った。

「創造主様に、あの旅を今、クレスに提案してもらおうと思っている」
「恒例の四季の島を巡る旅……ですか」

 校長が言う。

「そうだ。時期的にも今が一番いい。それでクレスも何か考えて行動するようになるだろう」

 心配げにデミスが大神官バレルを窺う。

「それでもクレスが立ち直らなかったら?」

 最近のクレスの素行の悪さを考えると、デミスはクレスが心配でたまらなかった。
 しかし、大神官バレルの口から出た言葉は、酷薄なものだった。

「弟のカイスがいる。これから教育をはじめても遅くない。カイスに大神官になってもらう」

 それを聞いてデミスも校長も息を詰めた。
 二人とも、言葉なくバレルを見る。
 バレルは厳しい顔で続けた。

「世界を背負うということは、生易しいものではない。重圧に押しつぶされる弱いものなど、いらぬ」



 話し合いが終わったあと、デミスは自分の店に戻った。
 今日はクレスが仕事に入る日だ。
 しかし、きっと今日のうちに創造主が自分に用があることを、大神官バレルから聞かされるだろう。
 
 クレスはいつも通り仕事をしている。そして、まかないを食べているときに、弟のカイスが珍しく店に彼を迎えに来た。父である大神官バレルがクレスを呼んでいると言って。

 仕事を終えて屋敷へ帰るクレスを見届けながら、デミスは彼に聞こえないように、クレスの背中に激励の言葉を掛けた。

「クレス、頑張れよ。負けるな」

 クレスはこれから自分自身を試される。
 四季の島をめぐる旅の中で。

END

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登場人物紹介

クレス・クレウリー


この世界の最重要職である大神官の息子であり跡取り。

しかし、彼はあまりに重い自分の運命に向き合えずにいる。

レイ


クレスが季節の浮島をめぐる旅の途中で知り合った、とても美しい青年。

基本的に穏やかで、笛が得意。とても中性的な人物。

クレスよりも頭一つ分背が高い。

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