新春の季節 大連休のはじまり
文字数 2,014文字
新春の季節がやってきた。
大神殿は長い休暇に入り、創造主リアスの世話をする者以外は、みな休んでいる。
クレスも例にもれず長期休暇に入ったので、一か月前にレイと約束した『夏島の旅』に出る予定だ。
首都のキリブ以外に行くのは初めてで、すごくワクワクする。
夏島の文化は神官学校でだいたい習っていた。
しかし、実際に行って、現地のものを食べたり、見たりすることは、格別な体験だろう。
レイが季主の道で夏島から迎えに来ると、クレスは大きな荷物を背負って夏島へと旅立った。
「今回の貴石の強化は、どこの浮島の方面でもない場所に行く。だから高速長距離馬車が出ていない。行って帰ってくるまでに十日くらいはかかるね」
「ああ、大丈夫。休暇中に戻ってこられる範囲だ」
夏島は、この世界の中央にある主島、そして春島、秋島に隣り合っている浮島だが、今回いくのはそのどこの側でもない、世界の端である。通常では高速長距離馬車で首都キリブから夏島の端までは往復五日だが、この方面だけ鈍行の馬車しか出ておらず、往復十日かかるのだ。
創造主祭の長期休暇は十四日間ある。十日で帰ってこられるのなら、十分に休み中に帰って来ることができる。
ちなみに次の月は一月の新年だが、休みは最初の三日だけで、それさえ重要職につくものは休みを取れない。
レイとクレスは半袖と脚衣という軽装で、大きな荷物をせおって、夏島首都キリブのはずれから、夏島の端へ行く鈍行馬車へと乗り込んだ。
馬車に乗って二日目で、周りに見える景色はもう変わって行った。
「なあ、レイ、あれってヤシノキっていうんだろ?」
「そうだよ。クレスはヤシノキを見るのは初めてなの?」
「キリブでもみたけど、こんなにたくさんの大きいヤシノキを見るのは初めてだ」
大きな背の高い木が林や森になって生えている。
馬車にガタガタと揺られながら、車窓から見えるヤシノキの林を見て、クレスははしゃぐ。
「夏島ではあのヤシノキが生活の大きな糧になってるんだ」
「へえ。あれの実を食べたりすんのか?」
「ああ。あの木からココナッツがとれて、油や水が採れる」
出発して三日目には、大きな水田と、やはりヤシノキの森が見えた。
大地一面に大きな水田が作られている。そこで働く夏島の人を見ながら、馬車はゆっくりと進む。
豊かな穂が揺れる田の隣に、植えたばかりの青い稲が植わっていて、不思議な光景だ。主島では見られない米の作り方だった。
夏島のこの方面には馬車のための宿場町がない。
なので、一日ごとに村にある民宿へ泊る。
レイとクレスは、夕方になってこの日の民宿の利用のために馬車を降りた。
クレスもそのころにはだいぶ夏島の風習にも慣れてきていた。
だが、今回の民宿は、また一段と夏島らしく主島とは違っていた。
民宿は、壁が木造で屋根がヤシの葉で出来ていた。
壁にはヤモリが這い、ケケケと鳴き声をあげている。夕方の今現在では外で虫がリンリンと盛大に鳴いていた。
灯火のちかく、窓の外には大きな蛾がやってくる。
「虫が多いな……」
「都会育ちのクレスには、少し刺激が強いかな」
荷物を寝台に置きながら、レイはくすりと笑む。
クレスはむきになって否定した。
「そんなことない! これくらい平気だ」
虫は確かに少し気持ちが悪かったが、それをレイに知られるのは何故か屈辱的だった。
雑談していると、民宿のおかみであるマデが、クレスとレイを離れにある食堂へ呼びに来た。
「夕飯だからおいで」
細身のきびきびとしたマデは、「今は創造主祭だから鶏を絞めたんだ」と嬉しそうに言って、食堂になっている離れの広場へとレイとクレスを案内した。
祭りのとき、人々は家畜を絞めて肉を食べる。それは普段肉を食べることが少ない人々のごちそうだった。
食卓は、橙色のロウソクの灯火に照らされていた。クレスとレイが茶褐色の光沢のある食卓につくと、マデが鶏の料理を大きな葉の皿に盛る。
レイはにこやかにそれに箸で手をつけ、クレスは大きな葉の皿に興味津々で、使ったことがあまりない箸を不器用に操って鶏肉を食べた。強い香辛料の香りと、独特のあまい香りがする。
マデは野菜の揚げ物や果物なども大きな葉の皿に盛ってクレス達の前に出してくれ、クレスはそれにおっかなびっくり手を出していった。
「この揚げ物、変わった匂いがする」
「ああ、これはね、ココナッツの油で揚げてあるから。甘い香りがするでしょう」
レイが揚げ物を食べながら、そう説明する。
鶏肉も同じような香りがして、出された水も、少し薄いココナッツの香りがした。
「ココナッツミルクで煮た鶏肉と、ココナッツ水だ。たくさんお食べ」
おかみのマデが、きびきびと料理を食卓に載せながら、笑顔でクレスに説明した。
(ココナッツってこんな風に食べるんだ……)
クレスは次々と運ばれてくるココナッツ料理と、色とりどりの果物に、物珍しげに舌鼓をうった。
大神殿は長い休暇に入り、創造主リアスの世話をする者以外は、みな休んでいる。
クレスも例にもれず長期休暇に入ったので、一か月前にレイと約束した『夏島の旅』に出る予定だ。
首都のキリブ以外に行くのは初めてで、すごくワクワクする。
夏島の文化は神官学校でだいたい習っていた。
しかし、実際に行って、現地のものを食べたり、見たりすることは、格別な体験だろう。
レイが季主の道で夏島から迎えに来ると、クレスは大きな荷物を背負って夏島へと旅立った。
「今回の貴石の強化は、どこの浮島の方面でもない場所に行く。だから高速長距離馬車が出ていない。行って帰ってくるまでに十日くらいはかかるね」
「ああ、大丈夫。休暇中に戻ってこられる範囲だ」
夏島は、この世界の中央にある主島、そして春島、秋島に隣り合っている浮島だが、今回いくのはそのどこの側でもない、世界の端である。通常では高速長距離馬車で首都キリブから夏島の端までは往復五日だが、この方面だけ鈍行の馬車しか出ておらず、往復十日かかるのだ。
創造主祭の長期休暇は十四日間ある。十日で帰ってこられるのなら、十分に休み中に帰って来ることができる。
ちなみに次の月は一月の新年だが、休みは最初の三日だけで、それさえ重要職につくものは休みを取れない。
レイとクレスは半袖と脚衣という軽装で、大きな荷物をせおって、夏島首都キリブのはずれから、夏島の端へ行く鈍行馬車へと乗り込んだ。
馬車に乗って二日目で、周りに見える景色はもう変わって行った。
「なあ、レイ、あれってヤシノキっていうんだろ?」
「そうだよ。クレスはヤシノキを見るのは初めてなの?」
「キリブでもみたけど、こんなにたくさんの大きいヤシノキを見るのは初めてだ」
大きな背の高い木が林や森になって生えている。
馬車にガタガタと揺られながら、車窓から見えるヤシノキの林を見て、クレスははしゃぐ。
「夏島ではあのヤシノキが生活の大きな糧になってるんだ」
「へえ。あれの実を食べたりすんのか?」
「ああ。あの木からココナッツがとれて、油や水が採れる」
出発して三日目には、大きな水田と、やはりヤシノキの森が見えた。
大地一面に大きな水田が作られている。そこで働く夏島の人を見ながら、馬車はゆっくりと進む。
豊かな穂が揺れる田の隣に、植えたばかりの青い稲が植わっていて、不思議な光景だ。主島では見られない米の作り方だった。
夏島のこの方面には馬車のための宿場町がない。
なので、一日ごとに村にある民宿へ泊る。
レイとクレスは、夕方になってこの日の民宿の利用のために馬車を降りた。
クレスもそのころにはだいぶ夏島の風習にも慣れてきていた。
だが、今回の民宿は、また一段と夏島らしく主島とは違っていた。
民宿は、壁が木造で屋根がヤシの葉で出来ていた。
壁にはヤモリが這い、ケケケと鳴き声をあげている。夕方の今現在では外で虫がリンリンと盛大に鳴いていた。
灯火のちかく、窓の外には大きな蛾がやってくる。
「虫が多いな……」
「都会育ちのクレスには、少し刺激が強いかな」
荷物を寝台に置きながら、レイはくすりと笑む。
クレスはむきになって否定した。
「そんなことない! これくらい平気だ」
虫は確かに少し気持ちが悪かったが、それをレイに知られるのは何故か屈辱的だった。
雑談していると、民宿のおかみであるマデが、クレスとレイを離れにある食堂へ呼びに来た。
「夕飯だからおいで」
細身のきびきびとしたマデは、「今は創造主祭だから鶏を絞めたんだ」と嬉しそうに言って、食堂になっている離れの広場へとレイとクレスを案内した。
祭りのとき、人々は家畜を絞めて肉を食べる。それは普段肉を食べることが少ない人々のごちそうだった。
食卓は、橙色のロウソクの灯火に照らされていた。クレスとレイが茶褐色の光沢のある食卓につくと、マデが鶏の料理を大きな葉の皿に盛る。
レイはにこやかにそれに箸で手をつけ、クレスは大きな葉の皿に興味津々で、使ったことがあまりない箸を不器用に操って鶏肉を食べた。強い香辛料の香りと、独特のあまい香りがする。
マデは野菜の揚げ物や果物なども大きな葉の皿に盛ってクレス達の前に出してくれ、クレスはそれにおっかなびっくり手を出していった。
「この揚げ物、変わった匂いがする」
「ああ、これはね、ココナッツの油で揚げてあるから。甘い香りがするでしょう」
レイが揚げ物を食べながら、そう説明する。
鶏肉も同じような香りがして、出された水も、少し薄いココナッツの香りがした。
「ココナッツミルクで煮た鶏肉と、ココナッツ水だ。たくさんお食べ」
おかみのマデが、きびきびと料理を食卓に載せながら、笑顔でクレスに説明した。
(ココナッツってこんな風に食べるんだ……)
クレスは次々と運ばれてくるココナッツ料理と、色とりどりの果物に、物珍しげに舌鼓をうった。