五話 思わぬ襲撃
文字数 2,690文字
「わからん。でも何かこそこそと動いていた。俺たちも極力お前を守るが、お前も気をつけろ」
「……分かった」
思ったよりも大変な事態になってきた。
事態が事態なので、季主の道を使って冬島に行こうと思った。
秋神殿前に茂る林の中にそれはある。
そうすればケイとワルターには秋神殿まで護衛してくれればいい。
「ワルター、食事を済ませたら私はすぐにここを発って秋神殿へ向かう。護衛としてすぐに準備をしてほしい」
「了解。ケイにも言っておく」
その後、秋神殿にむかった私たちだが、秋神殿の門が閉まっていた。
今日は休みの日なのだ。
なんということだ。門番がいたので、アレイゼスに取り次いでもらおうと思ったが、庶民のかっこうの私では、夏主だと信じてもらえなかった。
随分まってもつかいに走った門番は返ってこなかった。
仕方なく、私は秋神殿前で一緒に待っていたケイとワルターと、やはり馬車で冬島行き飛行船乗り場へ向かう道を選んだ。
昼食を終えて私たちは、冬島行きの飛行船乗り場へ向かうために、高速長距離馬車の受付へと行った。高速長距離馬車は、予約が必要だ。
しかし、今の私たちに予約待ちなんてしている余裕はない。私は手持ちのお金を大分使って、特別枠で馬車を出してもらうことにした。私とケイとワルター、三人が乗れる馬車を。
馬車乗り場で交渉し、一刻後に馬車を出してもらうことになった。
一息ついたところで、ワルターがはばかりに行くといって待合所から出て行った。
ワルターがいなくなってから、少したったときだった。
待合所にはケイと私しかいなかったからか。
扉が勢いよく開かれ、黒ずくめの三人の男が、私達を襲ってきたのだ。
顔さえ黒い仮面でみえない。
全身黒ずくめの、でもやけに腕がたつ男たち。
待合所の前には、その男たちが乗っていた馬車が止まっていた。
ワルターがいなくなるのを見計らっていたように、いや、本当に見計らっていたのだろう、襲撃してきたのだ。
「レイ! にげろ!」
ケイは男を二人壁に押し付けて、私に言う。
でも私は自分よりも弱いだろうケイを置いて逃げることが出来なかった。
その一瞬の躊躇が、命取りになった。
ケイは首筋を手刀でうたれ、意識を失った。
私はみぞおちに強い一撃をくらって、やはり意識を失ってしまったのだ。
気が付くと、私たちはどこかの小屋にいた。
首都からは離れた場所であるのが、まわりの静けさから分かる。
窓があり、そこから木々が見えた。今は昼頃か?
私の隣には縄に縛られたケイがいて。
私自身も後ろ手に縄でしばられているのが分かった。
私はなんとか身体を起こすとケイの様子を見た。
「ケイ、大丈夫?」
そう聞くと、ケイはしわがれた声で私に応えた。
意識はあるらしい。
「あんまり……大丈夫じゃねえ」
「ごめん、私のせいで……」
「いや……、そういう問題じゃねえんだ。俺たちの不覚だ」
ケイは頭に手を添えて、軽く振った。何がそういう問題じゃないんだろうか。
「頭いてえ。意識のない間に殴りやがったな……ちくしょう」
こんな状態なのにまだ歳若いケイは、年齢には似合わずこういうことに慣れているような落ち着きぶりだった。
「レイ、お前こそ大丈夫なのか?」
「ああ、私はどこも痛くない」
「はっ。そうか。それは良かったな。大事な商品を傷めつけたくなかったんだろう」
「……商品……?」
「そうさ、お前は商品だ。気が付いたみたいだな」
ケイの言葉を引きとる様に、賊の一人が答え、私たちの部屋へと入ってきた。
ケイと私は同時にその男に振り向く。
黒い仮面に黒い服。
粘着質な行動に吐き気がする。
「なぜ、私を狙う」
そう聞けば、賊はふふふ、と含み笑った。
「お前は確実に金になる。お前みたいなのは見たことがない」
「……」
男は私の傍まで来ると、私のシャツの中心をベストに阻まれるまでナイフで切った。
シャツのボタンが弾け飛んでいく。
襟を広げて胸の上あたりの肌を見ると満足そうに頷き、顎を掴んで右側、左側、と私を見る。
「顔に傷はついてないな。それにしてもお前は特別だな」
「はなせ。触るな」
虫唾が走って低く答える。
「意識が戻ったのなら、出発する。水くらい飲ませてやるから、少し待ってろ」
男はまた低く笑うと、部屋から出て行った。
ケイは盛大に溜息をつく。
そして鋭い瞳で私を見た。
「お前は、狙われていた。それなのに俺たちは不覚をとった。すまない」
「狙われていたのは、笛を吹いたあたりから?」
「そうだ」
「とても執念深いね……」
あまりの執着に、怖気が走る。
「嫌な奴に目をつけられたな。本当にここを生きて出られたら、もう秋島には来ない方がいい」
「……いや。そういう訳にもいかないんだ。私に考えがある。そうすれば、二人で帰れる」
「考え? どんな」
「それは、あの三人が来たら、よく分かるよ」
そう言って私は決意を固めた。季主の力を使って、数分あの三人をあやつり、お互いを殴り合わせよう。私に対する恐怖心を植え付けて、私に関わることを諦めさせる。
私は化け物だと思われるだろう。それでいい。あの三人が、もう二度と私に手を出さなければ。
私だけでなく、ケイまでも危険な目に合わせてしまった。
その代価は私が払う。
「レイ、きっとワルターが助けに来る。だから変な気は起こすな」
「どうやってワルターが私達を見つける? 私たち自身でさえ、どこに連れられたのか分からないのに。それに更にどこかへ移動させられるようだし」
「そういうものだから。おれたちは運命の相手だから……分かるんだ。きっとワルターは来る」
私はあっけに取られた。ケイが、今の状況でそんな幻想じみたことを言ったことに。
運命の相手……。なにを夢のようなことを言っているんだ、と。
「そんなものは確信がないじゃないか」
私がいえば、ケイは今まで見たこともないほど優しく笑った。
「レイは……いままで愛した人はいないのか?」
「は……?」
「いないのか?」
「……いる」
「ならば分かるだろう? その人を深く信じる気持ちが」
「それとこれとは別だと思う」
「別じゃないさ。信頼、ってやつ。ワルターはきっとどこかで俺たちを見ている。そして、追ってきているはずだ」
「どうしてそんなことが分かる?」
「運命の相手だから」
間髪入れずに答えが返ってくる。
やはり二人は特別な関係なのだ。
そんな絵空事のようなことを語っていたら、外で喧騒が聞こえた。
男たちが言い争う声、鈍い肉のぶつかる音。
暫くすると、扉がばたん、と開いた。
そこには、顔に血しぶきの飛んだ鋼の肉体を持つ、ワルターが立っていた。
「……分かった」
思ったよりも大変な事態になってきた。
事態が事態なので、季主の道を使って冬島に行こうと思った。
秋神殿前に茂る林の中にそれはある。
そうすればケイとワルターには秋神殿まで護衛してくれればいい。
「ワルター、食事を済ませたら私はすぐにここを発って秋神殿へ向かう。護衛としてすぐに準備をしてほしい」
「了解。ケイにも言っておく」
その後、秋神殿にむかった私たちだが、秋神殿の門が閉まっていた。
今日は休みの日なのだ。
なんということだ。門番がいたので、アレイゼスに取り次いでもらおうと思ったが、庶民のかっこうの私では、夏主だと信じてもらえなかった。
随分まってもつかいに走った門番は返ってこなかった。
仕方なく、私は秋神殿前で一緒に待っていたケイとワルターと、やはり馬車で冬島行き飛行船乗り場へ向かう道を選んだ。
昼食を終えて私たちは、冬島行きの飛行船乗り場へ向かうために、高速長距離馬車の受付へと行った。高速長距離馬車は、予約が必要だ。
しかし、今の私たちに予約待ちなんてしている余裕はない。私は手持ちのお金を大分使って、特別枠で馬車を出してもらうことにした。私とケイとワルター、三人が乗れる馬車を。
馬車乗り場で交渉し、一刻後に馬車を出してもらうことになった。
一息ついたところで、ワルターがはばかりに行くといって待合所から出て行った。
ワルターがいなくなってから、少したったときだった。
待合所にはケイと私しかいなかったからか。
扉が勢いよく開かれ、黒ずくめの三人の男が、私達を襲ってきたのだ。
顔さえ黒い仮面でみえない。
全身黒ずくめの、でもやけに腕がたつ男たち。
待合所の前には、その男たちが乗っていた馬車が止まっていた。
ワルターがいなくなるのを見計らっていたように、いや、本当に見計らっていたのだろう、襲撃してきたのだ。
「レイ! にげろ!」
ケイは男を二人壁に押し付けて、私に言う。
でも私は自分よりも弱いだろうケイを置いて逃げることが出来なかった。
その一瞬の躊躇が、命取りになった。
ケイは首筋を手刀でうたれ、意識を失った。
私はみぞおちに強い一撃をくらって、やはり意識を失ってしまったのだ。
気が付くと、私たちはどこかの小屋にいた。
首都からは離れた場所であるのが、まわりの静けさから分かる。
窓があり、そこから木々が見えた。今は昼頃か?
私の隣には縄に縛られたケイがいて。
私自身も後ろ手に縄でしばられているのが分かった。
私はなんとか身体を起こすとケイの様子を見た。
「ケイ、大丈夫?」
そう聞くと、ケイはしわがれた声で私に応えた。
意識はあるらしい。
「あんまり……大丈夫じゃねえ」
「ごめん、私のせいで……」
「いや……、そういう問題じゃねえんだ。俺たちの不覚だ」
ケイは頭に手を添えて、軽く振った。何がそういう問題じゃないんだろうか。
「頭いてえ。意識のない間に殴りやがったな……ちくしょう」
こんな状態なのにまだ歳若いケイは、年齢には似合わずこういうことに慣れているような落ち着きぶりだった。
「レイ、お前こそ大丈夫なのか?」
「ああ、私はどこも痛くない」
「はっ。そうか。それは良かったな。大事な商品を傷めつけたくなかったんだろう」
「……商品……?」
「そうさ、お前は商品だ。気が付いたみたいだな」
ケイの言葉を引きとる様に、賊の一人が答え、私たちの部屋へと入ってきた。
ケイと私は同時にその男に振り向く。
黒い仮面に黒い服。
粘着質な行動に吐き気がする。
「なぜ、私を狙う」
そう聞けば、賊はふふふ、と含み笑った。
「お前は確実に金になる。お前みたいなのは見たことがない」
「……」
男は私の傍まで来ると、私のシャツの中心をベストに阻まれるまでナイフで切った。
シャツのボタンが弾け飛んでいく。
襟を広げて胸の上あたりの肌を見ると満足そうに頷き、顎を掴んで右側、左側、と私を見る。
「顔に傷はついてないな。それにしてもお前は特別だな」
「はなせ。触るな」
虫唾が走って低く答える。
「意識が戻ったのなら、出発する。水くらい飲ませてやるから、少し待ってろ」
男はまた低く笑うと、部屋から出て行った。
ケイは盛大に溜息をつく。
そして鋭い瞳で私を見た。
「お前は、狙われていた。それなのに俺たちは不覚をとった。すまない」
「狙われていたのは、笛を吹いたあたりから?」
「そうだ」
「とても執念深いね……」
あまりの執着に、怖気が走る。
「嫌な奴に目をつけられたな。本当にここを生きて出られたら、もう秋島には来ない方がいい」
「……いや。そういう訳にもいかないんだ。私に考えがある。そうすれば、二人で帰れる」
「考え? どんな」
「それは、あの三人が来たら、よく分かるよ」
そう言って私は決意を固めた。季主の力を使って、数分あの三人をあやつり、お互いを殴り合わせよう。私に対する恐怖心を植え付けて、私に関わることを諦めさせる。
私は化け物だと思われるだろう。それでいい。あの三人が、もう二度と私に手を出さなければ。
私だけでなく、ケイまでも危険な目に合わせてしまった。
その代価は私が払う。
「レイ、きっとワルターが助けに来る。だから変な気は起こすな」
「どうやってワルターが私達を見つける? 私たち自身でさえ、どこに連れられたのか分からないのに。それに更にどこかへ移動させられるようだし」
「そういうものだから。おれたちは運命の相手だから……分かるんだ。きっとワルターは来る」
私はあっけに取られた。ケイが、今の状況でそんな幻想じみたことを言ったことに。
運命の相手……。なにを夢のようなことを言っているんだ、と。
「そんなものは確信がないじゃないか」
私がいえば、ケイは今まで見たこともないほど優しく笑った。
「レイは……いままで愛した人はいないのか?」
「は……?」
「いないのか?」
「……いる」
「ならば分かるだろう? その人を深く信じる気持ちが」
「それとこれとは別だと思う」
「別じゃないさ。信頼、ってやつ。ワルターはきっとどこかで俺たちを見ている。そして、追ってきているはずだ」
「どうしてそんなことが分かる?」
「運命の相手だから」
間髪入れずに答えが返ってくる。
やはり二人は特別な関係なのだ。
そんな絵空事のようなことを語っていたら、外で喧騒が聞こえた。
男たちが言い争う声、鈍い肉のぶつかる音。
暫くすると、扉がばたん、と開いた。
そこには、顔に血しぶきの飛んだ鋼の肉体を持つ、ワルターが立っていた。