第25話 宴
文字数 3,078文字
湯あみが終わって着替えると、自室にいたクレスを神官が呼びに来た。
さほど大きくない部屋に案内され、四人がゆうに座れる食卓にクレスは座る。
しばらくすると、レイ、アレイゼス、ネイスクレファが順に入ってきて、席につく。
葡萄酒のコルクが抜かれる。クレスはアレイゼスに断ってから、また葡萄酒のコルクを弟のカイスの為に荷物にいれた。
みんなで乾杯すると、料理がつぎつぎとふんだんに運ばれてくる。
宴が始まった。
しかし季主三人とクレスとの四人の宴は、静かな音楽が奏でられ、酒と料理のふるまわれた、主に会話が目的の宴となった。
あらかた料理が運び終わると、三人の季主は料理に手をつけ始め、取り留めのない話を始めた。
季主は食事をしなくても生きていけるが、食べて味わうことはできる。美味しいものは美味しいので、食べることも一種の娯楽だ。
「ここにルファがいたら、久しぶりに四人がそろったのにね」
レイが少し残念そうに言った。
「ルファか……春島はいま物騒だと聞いている。ルファも大変だろう」
アレイゼスが心配気に呟く。
「春島は物騒なんですか?」
不審に思ったクレスはアレイゼスに聞いていた。
「いま春島では反神殿勢力のようなものがあるんだ」
「どうして……? 反神殿勢力?」
驚いたクレスにレイが加えて説明した。
「物価が高すぎると……もっと安くしてほしいと神殿に圧力をかける団体みたいだね」
「物価……」
先ほど話した穀物類のことだろうか、とクレスは思った。
でも、春島は新種の麦の栽培のおかげで、穀物はそんなに困っていないはず……。
夏島から米は届くし、主島からも米や麦は届くだろう。
「クレス?」
「あ、ああ」
「春島に行くときは十分に気をつけよう。私たちも神殿側の者だ」
「……うん」
レイに言われ、クレスは生返事を返した。
何か、春島の事情がよくのみこめなかったから。
「ところで、この秋島でレイとネイスクレファがそろうのを、俺は何十年も見なかったな」
アレイゼスが料理を食べながら言う。
「そうだね。秋島で会うのは久しぶりだ。ネイスクレファとは冬島や夏島でしょっちゅう会っているのだけどね」
「そうじゃのう。レイ、水浸しになった、とアレイゼスから聞いたが、実際何がおこったのじゃ」
「ああ……。神殿裏の湖に行っていたときに、小さな竜巻が起こって、それが湖の水を巻き上げて私に突進してきたんだ」
うんざりとさっきのことを振り返ったレイにネイスクレファは目を見開く。
「それは……大変だったのう」
しみじみと呟いた言葉に、レイは苦笑いをかえした。
その会話をききつつ、アレイゼスがクレスの方を向いた。
「そうだ、クレス。リアス様からの手紙はもってきたか?」
急に話を振られて慌ててクレスは返事をする。
「はい。アレイゼス様の分と、冬主様もいらしていると聞いたので、ネイスクレファ様も一緒に返事を書いてほしいのです」
クレスはこのダイアモンドのように美しい、冬主ネイスクレファを見て、少し照れた。レイも透明な青い宝石のように綺麗だが、ネイスクレファの美しさは、光を放つようだ。
「ああ、リアス様からの手紙? じゃあ、そなたは次期大神官なのかの」
はじめてネイスクレファに声をかけられて、クレスは緊張した。
「はい。次期大神官候補です。クレス・クレウリーといいます、ネイスクレファ様」
「ほほほ、元気のいい人間の少年だな」
ネイスクレファはなんとなく、おばあちゃんのような温かさを持っているな、とクレスは思った。そんなことを言ったらこの光を放つ美人は怒るだろうか。案外、のんびりと「そうかい」と言ってくれそうだとクレスは思う。
「クレス、あたしの分の手紙の返事は、あたしが冬島に行ったら書く。だから一緒に冬島へおいで。次期大神官ならば、冬島も見ておくべきだ」
「あ、……はい。わかりました」
その会話を聞いていたレイが言葉をつけたした。
「どっちみち、一度冬島を通らないと春島にはいけない。主島を経由しても行けるけど、見聞を広めるためにも冬島にいくべきだね」
「ああ」
食事の手を緩めて、アレイゼスがクレスに促す。
「で、手紙は?」
クレスは移動用の小さな物入れから一通の手紙をだすと、それをアレイゼスに渡した。
アレイゼスはそれを無造作にクレスの前で開封すると、中身を読みだす。
アレイゼスのとなりに座っていたネイスクレファも隣から盗み見ていた。
「ほう、やはり下のことか」
ネイスクレファもアレイゼスと同じことを言った。
『下のこと』
『下のこと』とは、どんなことなのだろう。
クレスには想像もつかない。やはり、この世界の下のことだろうか。
下には、自分たちのような人間が住んでいるのだろうか。
文明は?
クレスたちはどうみられているのだろうか。
そんなことを考えた。
「下のこと、とはなんなんですか?」
質問したクレスにアレイゼスはフム、と唸っただけで答えてはくれなかった。
下のこととは? 何かの秘密なのか?
そもそも、なぜ、大神官だけが世襲制なのだろうか。
そんな根本的な疑問が沸き上がった。
季節ごとの各浮島の筆頭神官は、世襲制ではない。
主島の大神官だけ、世襲制なのだ。
それは、一番重要な位置にいる人間一人に、大事な秘密を伝えているからではないのか。
それを伝えられるのは、きっと跡取りの役目なのではないか。
それが、「下のこと」なのではないか。
この世界は人間に何かを隠している。
その秘密を知っているのはきっと大神官のみなのだ。
大神官になると。
何よりも、重すぎる重圧がある。
この世界すべての人々の命運を握る創造主に仕える。
それは想像するだけでも胃が痛くなりそうだ。
しかも、この世界の命運まで握っていると言っていい。
大神官になったらクレスの指示一つで、色々なことが動くだろう。
大神殿は政務もつかさどっている。言う迄もなく、大神官はその頂点にたつ人物だ。
そんなことは分かっていたけれど。
神官学校の勉強は支障のないようにしてきたが、その代わり現実を忘れるようにここ半年のあいだクレスは遊んだ。
叔父の店で仕事をし、遊ぶ金を稼ぎ、そしてその金を酒や食べ歩きや観劇に使った。
しかし、今まで出会ってきた人たち、レイもルミレラ蒼神官も、アレイゼスもクラウス翠神官も、ネイスクレファも、ほぼ、将来のクレスと同じ立場の仕事をしているといっていい。
レイは次期大神官であるクレスに、夏島の首都キリブを案内してくれた。
アレイゼスは秋島の首都は芸術が盛んだと、美術館を見せてくれたり、草原で大事な話をしてくれた。
ネイスクレファもクレスが次期大神官ならば、冬島を見せたいという。
そして、これらの街を築いたのは、各浮島の人間の長である代々の筆頭神官たちなのだ。
彼らは自然体で仕事をこなし、己の仕事をクレスに見せてくれた。
父である大神官バレルも、この世界を護る要 なのだ。
クレスはそれぞれに様々な仕事をこなすこの世界の重要職たちに、実際に会って色々なものを見せてもらって強い敬意を覚えていた。
「クレス、どうしたの?」
隣のレイに気遣われ、クレスは自分の思考の海から浮上した。
「ご、ごめん、俺、なんかぼーっとしてたな」
「?」
慌てて取り繕って、レイに笑ってごまかす。
アレイゼスがクレスをみて手紙を掲げた。
「これの返事は明日の朝、クラウス翠神官に届けさせる。それで問題ないな」
「はい。有難うございます、助かります」
クレスはアレイゼスに会釈した。
手紙の返事の内容が、とても気になるとクレスは思った。
さほど大きくない部屋に案内され、四人がゆうに座れる食卓にクレスは座る。
しばらくすると、レイ、アレイゼス、ネイスクレファが順に入ってきて、席につく。
葡萄酒のコルクが抜かれる。クレスはアレイゼスに断ってから、また葡萄酒のコルクを弟のカイスの為に荷物にいれた。
みんなで乾杯すると、料理がつぎつぎとふんだんに運ばれてくる。
宴が始まった。
しかし季主三人とクレスとの四人の宴は、静かな音楽が奏でられ、酒と料理のふるまわれた、主に会話が目的の宴となった。
あらかた料理が運び終わると、三人の季主は料理に手をつけ始め、取り留めのない話を始めた。
季主は食事をしなくても生きていけるが、食べて味わうことはできる。美味しいものは美味しいので、食べることも一種の娯楽だ。
「ここにルファがいたら、久しぶりに四人がそろったのにね」
レイが少し残念そうに言った。
「ルファか……春島はいま物騒だと聞いている。ルファも大変だろう」
アレイゼスが心配気に呟く。
「春島は物騒なんですか?」
不審に思ったクレスはアレイゼスに聞いていた。
「いま春島では反神殿勢力のようなものがあるんだ」
「どうして……? 反神殿勢力?」
驚いたクレスにレイが加えて説明した。
「物価が高すぎると……もっと安くしてほしいと神殿に圧力をかける団体みたいだね」
「物価……」
先ほど話した穀物類のことだろうか、とクレスは思った。
でも、春島は新種の麦の栽培のおかげで、穀物はそんなに困っていないはず……。
夏島から米は届くし、主島からも米や麦は届くだろう。
「クレス?」
「あ、ああ」
「春島に行くときは十分に気をつけよう。私たちも神殿側の者だ」
「……うん」
レイに言われ、クレスは生返事を返した。
何か、春島の事情がよくのみこめなかったから。
「ところで、この秋島でレイとネイスクレファがそろうのを、俺は何十年も見なかったな」
アレイゼスが料理を食べながら言う。
「そうだね。秋島で会うのは久しぶりだ。ネイスクレファとは冬島や夏島でしょっちゅう会っているのだけどね」
「そうじゃのう。レイ、水浸しになった、とアレイゼスから聞いたが、実際何がおこったのじゃ」
「ああ……。神殿裏の湖に行っていたときに、小さな竜巻が起こって、それが湖の水を巻き上げて私に突進してきたんだ」
うんざりとさっきのことを振り返ったレイにネイスクレファは目を見開く。
「それは……大変だったのう」
しみじみと呟いた言葉に、レイは苦笑いをかえした。
その会話をききつつ、アレイゼスがクレスの方を向いた。
「そうだ、クレス。リアス様からの手紙はもってきたか?」
急に話を振られて慌ててクレスは返事をする。
「はい。アレイゼス様の分と、冬主様もいらしていると聞いたので、ネイスクレファ様も一緒に返事を書いてほしいのです」
クレスはこのダイアモンドのように美しい、冬主ネイスクレファを見て、少し照れた。レイも透明な青い宝石のように綺麗だが、ネイスクレファの美しさは、光を放つようだ。
「ああ、リアス様からの手紙? じゃあ、そなたは次期大神官なのかの」
はじめてネイスクレファに声をかけられて、クレスは緊張した。
「はい。次期大神官候補です。クレス・クレウリーといいます、ネイスクレファ様」
「ほほほ、元気のいい人間の少年だな」
ネイスクレファはなんとなく、おばあちゃんのような温かさを持っているな、とクレスは思った。そんなことを言ったらこの光を放つ美人は怒るだろうか。案外、のんびりと「そうかい」と言ってくれそうだとクレスは思う。
「クレス、あたしの分の手紙の返事は、あたしが冬島に行ったら書く。だから一緒に冬島へおいで。次期大神官ならば、冬島も見ておくべきだ」
「あ、……はい。わかりました」
その会話を聞いていたレイが言葉をつけたした。
「どっちみち、一度冬島を通らないと春島にはいけない。主島を経由しても行けるけど、見聞を広めるためにも冬島にいくべきだね」
「ああ」
食事の手を緩めて、アレイゼスがクレスに促す。
「で、手紙は?」
クレスは移動用の小さな物入れから一通の手紙をだすと、それをアレイゼスに渡した。
アレイゼスはそれを無造作にクレスの前で開封すると、中身を読みだす。
アレイゼスのとなりに座っていたネイスクレファも隣から盗み見ていた。
「ほう、やはり下のことか」
ネイスクレファもアレイゼスと同じことを言った。
『下のこと』
『下のこと』とは、どんなことなのだろう。
クレスには想像もつかない。やはり、この世界の下のことだろうか。
下には、自分たちのような人間が住んでいるのだろうか。
文明は?
クレスたちはどうみられているのだろうか。
そんなことを考えた。
「下のこと、とはなんなんですか?」
質問したクレスにアレイゼスはフム、と唸っただけで答えてはくれなかった。
下のこととは? 何かの秘密なのか?
そもそも、なぜ、大神官だけが世襲制なのだろうか。
そんな根本的な疑問が沸き上がった。
季節ごとの各浮島の筆頭神官は、世襲制ではない。
主島の大神官だけ、世襲制なのだ。
それは、一番重要な位置にいる人間一人に、大事な秘密を伝えているからではないのか。
それを伝えられるのは、きっと跡取りの役目なのではないか。
それが、「下のこと」なのではないか。
この世界は人間に何かを隠している。
その秘密を知っているのはきっと大神官のみなのだ。
大神官になると。
何よりも、重すぎる重圧がある。
この世界すべての人々の命運を握る創造主に仕える。
それは想像するだけでも胃が痛くなりそうだ。
しかも、この世界の命運まで握っていると言っていい。
大神官になったらクレスの指示一つで、色々なことが動くだろう。
大神殿は政務もつかさどっている。言う迄もなく、大神官はその頂点にたつ人物だ。
そんなことは分かっていたけれど。
神官学校の勉強は支障のないようにしてきたが、その代わり現実を忘れるようにここ半年のあいだクレスは遊んだ。
叔父の店で仕事をし、遊ぶ金を稼ぎ、そしてその金を酒や食べ歩きや観劇に使った。
しかし、今まで出会ってきた人たち、レイもルミレラ蒼神官も、アレイゼスもクラウス翠神官も、ネイスクレファも、ほぼ、将来のクレスと同じ立場の仕事をしているといっていい。
レイは次期大神官であるクレスに、夏島の首都キリブを案内してくれた。
アレイゼスは秋島の首都は芸術が盛んだと、美術館を見せてくれたり、草原で大事な話をしてくれた。
ネイスクレファもクレスが次期大神官ならば、冬島を見せたいという。
そして、これらの街を築いたのは、各浮島の人間の長である代々の筆頭神官たちなのだ。
彼らは自然体で仕事をこなし、己の仕事をクレスに見せてくれた。
父である大神官バレルも、この世界を護る
クレスはそれぞれに様々な仕事をこなすこの世界の重要職たちに、実際に会って色々なものを見せてもらって強い敬意を覚えていた。
「クレス、どうしたの?」
隣のレイに気遣われ、クレスは自分の思考の海から浮上した。
「ご、ごめん、俺、なんかぼーっとしてたな」
「?」
慌てて取り繕って、レイに笑ってごまかす。
アレイゼスがクレスをみて手紙を掲げた。
「これの返事は明日の朝、クラウス翠神官に届けさせる。それで問題ないな」
「はい。有難うございます、助かります」
クレスはアレイゼスに会釈した。
手紙の返事の内容が、とても気になるとクレスは思った。