38 ハッピーエンドとバッドエンド

文字数 2,613文字

アリスとソフィアは、手を離さずに竜巻の風が送り届けるままに吹き飛ばされた。

そして、ほんの数秒意識が飛んだ後、背中から軽く叩きつけられる衝撃で我に返った。


お菓子のお城から2kmほどは飛ばされたように、目をゆっくり開いたアリスには見えた。

ソフィアさん……、大丈夫ですか……?

アリスは、真横に叩きつけられたソフィアの体を軽く揺すった。

バトルでかなりの体力を使っていたソフィアは、お菓子のお城にいる時からボロボロで、すぐに目を覚ましてはくれない。


それでも、アリスはソフィアの呼吸をかすかに感じ、それを信じて、何度か体を左右に揺らしたのだった。

そして、1分が経った。

んー……。

ソフィアさん……。

よかった……、生きてて……。

そうね……。


アリスも、無事でよかった……。

ソフィアさん……。


これから、どうしますか?

お菓子のお城に戻りますか……?

アリスは、ソフィアから目を反らして、遠くに行ってしまったお菓子のお城をじっと見つめた。


アリスもモンキも去ったお菓子のお城からは竜巻が消え、ラフレシアたちの行方すら伺うことができなかった。

ソフィアはゆっくりと起き上がり、お菓子のお城に目を移しながら、そっと言った。

そうね……。


なんか、いろいろなものを失ったような気がするのに、ここで冒険を終わりにできそうな気がしなくもない……。

お菓子のお城が、ボスモンキーに食べ尽くされるとか、そういう意味での失ったって意味ですか。

そんな簡単な話じゃない。


パティスリーも、ラフレシアも、それにボスモンキーも……、生き物として大事なものを失っているように、私には見えた。


それって、一言じゃ言い表せないような気がするけど……、例えば他人を信じるとか、他人を思いやるとか……。そんなのが、あのお城から何一つなくなっているような気がする。

そうなんですね……。


なんか、ラフレシアを見ていると、私もそう思えなくもないです。

他人の楽しみを奪い取ったり……、お菓子目当てじゃなかったらついて行きたくなかったんです。

そう言って、アリスはもう一度お菓子のお城をじっと眺めた。

少なくとも、ラフレシアとボスモンキーが戦っているような様子は見えなかった。


ラフレシアが、ボスモンキーの楽しみを取るというしぐさは、アリスの目には見えなかった。

アリスは、この物語をどうしたい?

私は、もう何かが狂いそうだから終わりにしたいけど……、アリスの冒険でしょ?

そうですね……。

これからどうする?


1.アリスもお菓子のお城に入れたんだから終わりにする

2.お菓子のお城がピンチだからもう一度城に戻る

3.実はお菓子のお城からお菓子をくすねていた

4.最初からリセットして新しい冒険の書を作る

少なくとも、私は……、ここで終わらせたら何のための冒険だったのかなって思うけど。


自分の気持ちと、物語の求めている方向が全然違うけど。

そうですよね……。



でも、私は別の意味でお菓子のお城に戻りたいんです。

別の意味で……。


それって、どういうこと?

私の素直な気持ちです。


お菓子のお城で、お菓子を食べたいんです。

さっきは、とてもそんなことできませんでしたし。

アリスは、この張り詰めた会話の中で、少しだけ笑ってみせた。

アリスが笑うと、ソフィアも自然と口元が緩んでいった。

それは、アリスらしい意見だと思う。


私だって、お菓子をほとんど食べてないし……。

食べたら逆に、パティスリーに悪いような気がするから。

ソフィアさんがお城のお菓子を食べたとき、パティスリーは嫌そうな目をしていませんでしたか?

そこまでしてなかったかな……。


でも、私がアリスの話をしたら、その食べっぷりはちょっと困るって言ってた。


じゃあ、あまり食べちゃいけないんですね。

勿論よ。


あれはパティスリーの持ち物だし、中で作った大事なお菓子だもの。

さっき言ってたでしょ。いつかお菓子でいっぱいの城にしたいって。

ソフィアがそう言うと、アリスはやや目線を下に向けた。

理想と現実は、アリスの中でも揺れ動いていた。


そして、そっと口を開いた。

それでも……、一人前だけは食べて帰りたいです。

本当に一人前だけって言えば、パティスリーだって許してくれ……。

たぶん、今のままお菓子のお城に戻ったら、パティスリーはアリスを絶対入れてくれないと思う。

そうだった……。


私は完全にブラックリストだったんですよね……。

そうね。


アリスが入るには、たぶんボスモンキーかデビルラフレシアのどちらかを倒さないといけない……。それでも最低条件だと思うけど。

デビルラフレシアに、今更裏切ることはできません。


たぶん、ボスモンキーを倒すしかないんですよ。

そう言って、アリスは首を横に振った。


アリスの銃すら軽くかわしてしまう剣士サルのボスモンキーに、この冒険を動かしているどの生命もあっさりと敗れてしまったことを、アリスは真っ先に思いついた。


ボスモンキーを倒すのは、不可能ではないが難しい。

そのことはソフィアもまた感じていたのだった。



その時、ソフィアの口がかすかに動いた。

トライブ、呼んでくる……?

明日が剣術大会だから、今から頼んでも厳しいかも知れないけど。

ソードマスターは、最後の手段だと思っています。

ライフルマスターにも止められていますから……。

アリスは、やや低い声でソフィアにそう返した。


その時、遠くで小走りに駆けていくモンキの姿が、アリスの目に飛び込んだ。

モンキ……?

アリスの声に気付いたのか、モンキが突然立ち止まり、アリスたちに体を向けた。


モンキとアリスが同時に、お互いのいるほうに走り出す。

大丈夫だった、モンキ?

あぁ、まさかラフレシアの葉が乗っていない竜巻に飛び込むとは思わなかったさ。

それに、オイラは結果としてアリスに撃たれた形になったこと、気にしてないから。

それはよかった。


ところでモンキ。

さっき駆けていたのは、私を探していたから?

それとも、何か思いついたの?

すると、モンキは腕をお菓子のお城とは反対に伸ばし、一度うなずいた。

お花のお城に行こう。


なんか、ラフレシアやオイラの仲間たちとの関係が見えてきたかも知れない。

でも、お菓子のお城が食べられちゃう……。

アリス。


いまお菓子のお城に戻っても、勝てるような相手じゃない。

だから、もう一度ボスモンキーのことを探らないといけない。


少なくとも、オイラにはどうしても納得できないことがあるんだ。

えっ……。

どういうことですか。

アリスは、モンキの目をじっと見ながら、次の言葉を待った。
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登場人物紹介

アリス・ガーデンス


15歳

軍事組織「オメガピース」にいるのに、戦いもせずにお菓子ばかり食べる女の子。何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。一応、銃使い兼魔術師。アッシュに片思い中!

モン・キホーテ(モンキ)


人食いサル。ひょんなきっかけからアリスの冒険に付いて行くことに。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。暗い性格が仇となり、イケメンなのに恋愛経験がほぼ皆無。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。今回、何故かアリスの保護者として不思議な世界について行くことに。

トライブ・ランスロット


25歳/ソードマスター

女剣士。またの名を「クィーン・オブ・ソード」。最強。

ケーキの妖精 パティスリー


5歳

お菓子のお城に住む妖精。クリームとブルーベリーとクランベリーでできている。

デビルラフレシア


草なのに兜をかぶっている、奇妙な植物「ラフレシア」のトップ。

竜巻を起こして、ある一定の生命を襲っているらしい。

ボスモンキー


その名の通り、サル山のボス。

言うまでもなく、モンキのボス。

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