9 はじめてのぼうけん(一人で)
文字数 2,638文字
地図を持たないアリスは、堀から100メートル歩いたところで、思わず立ち止まってしまった。
ポケットの中をあれこれ探してみたが、最初にアリスの思った通り、地図はソフィアが持ったままだった。
アリスは、キョロキョロと周りを見渡すが、先程から目に見えているお菓子のお城以外に建物はなかった。
お花のお城と言うくらいなのだから、天井には目立つくらいに花があるのは、ほぼ間違いない。
万が一それがないにしても、周囲はきれいなお花畑に囲まれていて、遠くからでもその匂いが分かるような感じになっているはずだ。
それでも、アリスはそれらしきものを見つけることができなかった。
アリスは、ここまでやってくる途中に、少なくとも何人かの人間と出会っている。
もし運よく道案内のできる人を見つけることができたのなら、お花のお城にたどり着くのは簡単になるのかもしれない。
ただし、闇雲に元来た道を戻るには難点があった。
人間より、モンスターのほうが多いのだ。
アリスは、結果としていつもの通り、足を一歩、二歩と後ろに引いていた。
無意識のうちに銃こそ手にしているが、それを木の向こう側にいる何かに向けることができない。
その様子は、もはや恐怖でしかなかった。
だが、木の陰に隠れていた何かがさらに顔を覗かせると、アリスは思わず手で口を抑えた。
次の瞬間、木の陰に隠れていた人食いサルが、アリス目がけて勢いよく飛び出してきたのだった。
アリスは、銃を構えることをせず、両手を大きく広げて人食いサルを抱きしめようとした。
あの時、お菓子を欲しがっていて、アリス自身が治癒の魔術をかけた、あの人食いサルだと、アリスははっきりと確信した。
……っ!
ガブッ!
……?
何もせずに、人食いサルを抱きしめようとしたアリスは、アリスの腕目がけて飛び込んできた人食いサルに右腕を噛まれた。
いても立ってもいられないほどの痛みが、アリスの右腕を襲う。
一目散にその場を立ち去ろうとするが、人間の足よりもはるかに速いサルを追い払うのは厳しく、続いて人食いサルはアリスの右足にガブッと食らいついた。
ここで、ようやくアリスも銃を取り出すが、もはやアリスにぴったりとくっついていて、とても狙いを定めるような状態ではなかった。
アリスは、何もいない地面に向けて、気の抜けた一発を放つことしかできなかった。
銃を持つ手に、ほとんど神経が届かない。
しかし、その時だった。
突然、アリスの目の前をもう一匹、サルが通り過ぎたのだ。
アリスは、突然の乱入で思わず尻餅をついた。
その目にすぐ飛び込んできたのは、全く同じ表情をした人食いサルの姿。
だが、今度は違った。
アリスに噛みついてきた人食いサルに、懸命に食らいつこうとしている。
アリスの予想した通りだった。
現れた人食いサルこそ、アリスが治癒の魔術をかけた人食いサルに他ならなかった。
その目の前で人食いサルは2匹で、取っ組み合いを始めた。
アリスは、痛いのを忘れて、助けたほうの人食いサルの動きに目をやる。
動きが速い二匹の動きを追うのは、相当の動体視力が必要だった。
だが、アリスにははっきりと分かっていた。
助けた人食いサルが、自分のために戦っているのだと。
そして、その瞬間は訪れた。
重苦しい声とともに、一匹の人食いサルがその場に倒れこみ、もう一匹の人食いサルがその上に馬乗りになった。倒されたほうは、まるで戦う意思をなくしたかのように、そのまますごすごと立ち去っていった。
アリスは、残ったほうの人食いサルの顔を見た。
これだ。
間違いなく、助けた人食いサルに他ならなかった。
アリスに向けて、人食いサルは優しい声でそう言った。
その声を聞いて、アリスはなお心を落ち着かせた。
せっかく助け合った人食いサルに、明らかに激安ジャングルのような名前をつけるのが、15歳アリスの頭だった。
その点では、人食いサルのほうがIQは上だった。
アリスとモンキは、ちょうど真ん中で手と手を握りしめた。
初めて経験した一人での冒険は、ほんの数十分もしないうちに「二人」になった。
しかも、それはモンキとの偶然の再会、もっと言えば、ソフィアがすぐ横についていた時に、ソフィアの反対を押し切ってまで魔術をかけたことがきっかけだったのだ。
アリスは、モンキのその言葉に、肩を落とすだけだった。
だが、目の前にいるモンキだって、きっと堀のせいでたどり着けなかったはずだ。
そう決めつけて、アリスはモンキに聞き返す。