7 チョコレートの沼に飛び込もう!
文字数 2,527文字
招待状をなくしてしまったアリスだったが、それに気が付いて10分もしないうちに、なくしたこともすっかり忘れていた。
少しずつではあるが、山の稜線から城と思われるものが姿を現したからだ。
アリスは、軽く駆け足のようなスピードで前に進む。
その目からは、稜線がすっかり消え、あとは肉眼で城の土台部分を確かめるまでになっていた。
完全に城が目の前に飛び出して来たら、大きく手を広げて、着いたー、という言葉を口にする
つもりだった。
そのタイミングで、アリスは思わず足を止めた。
アリスの立ち止まった場所の横で、ソフィアも足を止める。
二人の目の前に広がっていたのは、お菓子のお城からおよそ100メートルのところに掘られた、幅10メートルはあろうかという、大きな堀だった。
その堀の中には、このあたりでよく見るような青々とした透き通る水ではなく、完全に泥のような色の何かが流れていた。
アリスは、その泥のようなものをソフィアに尋ねた。
そう言いながらも、アリスは何かを確信したかのように笑った。
そして、右手を大きく堀に伸ばして、こう続けた。
ソフィアがアリスの手を掴もうとするも、アリスはうまくすり抜けて堀へと駆けていった。
そして、誰がどう見ても泥の詰まっている堀の中に顔を近づけ、舌を出した。
やめて!
今まで、この中の泥を誰も飲んでないんだから。
アリスは、あと数ミリのところで顔に泥が付く場所から、すぐに起き上がった。
ソフィアでも、ましてトライブでもない、甘い声がアリスの耳を心地よく流れる。
アリスは、その透き通った声の主を見つけようとして、周りをキョロキョロ見渡した。
しかし、その声がどこから流れてくるのかさえも、確かめることができなかった。
まだ、名前は言えないかなー。
でも、私のこと気にしてくれて、とってもうれしい。
アリスは、ソフィアにうなずくと、再び空を見上げ、謎の声の正体を追おうとする。
しばらくの沈黙が続いた後、再びその声は二人に告げた。
ごめん。この堀の中にあるのは、ただ泥。
チョコレートじゃないよ。
本当は、こんな泥の堀なんか作りたくなかったんだけどね……。
そうだよ。
みんな、お菓子のお城を壊そうとしてるから……、守らなきゃいけなくなった。
その時、アリスではなくソフィアが、何かを閃いたように大きく口を開けた。
アリスの後ろで何度か首を縦に振りながら、城に向かってうなずくのだった。
そうなんだー。
だから、この堀を通れる人を、すっごく少なくしているんだ。
そう言った瞬間、アリスは大きくうなずいた。
先ほどソフィアが見せたものよりも、何倍も激しく首を動かした。
だが、運命はアリスにとって非情だった。
じゃあ、本気でこの城を守ってくれそうなお姉ちゃんだけ、堀から中に入っていいよ。
いま、橋をかけてあげるね。
アリスが完全にはしゃいでいるその前で、突然一筋の白い光が舞い降りた。
マシュマロやクリームに近いような、甘い純白の色の光。
アリスとソフィアは、思わず腕で目をふさぎそうになった。
だが、ふさぎかけた視線の先で、ソフィアの足が軽く宙に浮いているのが、アリスにははっきりと分かった。
お姉ちゃんは来ていいけど、もう一人のお姉ちゃんは、ここでバイバイだね。
お姉ちゃんのお仕事が終わるまで、ずっと待っててね。
な……、な……。
……うそおおおおおお!
アリスの脳内で、悲劇のシーンでよく出てくるBGMが何度も流れ始めた。
そういうことっ!
だって、泥とチョコレートを間違えるんだよ。
そんな女子は、お菓子のお城に入っちゃダーメー!
アリスの目の前から白い光は消え、光の筋が少しずつお菓子のお城に吸い込まれていく。
おそらく、その中に包まれてソフィアも城に入ったのだろう。
そのような変わりゆく空にも目をくれず、アリスは懸命に抗議した。
そうは言っても……、なんかお城の骨組みまで食べられそうな顔してるしなぁ……。
じゃあ、そこまで言うなら……、決めた。
でも、ひとつ約束してほしいんだ。
すごく大変だと思うけど。