7 チョコレートの沼に飛び込もう!

文字数 2,527文字

招待状をなくしてしまったアリスだったが、それに気が付いて10分もしないうちに、なくしたこともすっかり忘れていた。

少しずつではあるが、山の稜線から城と思われるものが姿を現したからだ。

あ、ソフィアさん!


あそこに見えている城が、お菓子のお城かもしれません!

100%、そうなんじゃない。

たぶん、変なトラップでもない限り、もう1キロはないと思う。

じゃあ、そろそろ走りますねー!
アリス、やっぱり食べ物になると身体能力が変わるのね。

アリスは、軽く駆け足のようなスピードで前に進む。

その目からは、稜線がすっかり消え、あとは肉眼で城の土台部分を確かめるまでになっていた。


完全に城が目の前に飛び出して来たら、大きく手を広げて、着いたー、という言葉を口にする


つもりだった。


そのタイミングで、アリスは思わず足を止めた。

なんか、堀で囲まれてます……。

えっ……?


なんか、言われてみれば堀みたいね。

アリスの立ち止まった場所の横で、ソフィアも足を止める。

二人の目の前に広がっていたのは、お菓子のお城からおよそ100メートルのところに掘られた、幅10メートルはあろうかという、大きな堀だった。


その堀の中には、このあたりでよく見るような青々とした透き通る水ではなく、完全に泥のような色の何かが流れていた。

アリスは、その泥のようなものをソフィアに尋ねた。

ソフィアさん。


この色、何だと思いますか?

泥。


聞かれなくても分かる。

でも、どこかおかしいと思うんです。

せっかくのお菓子のお城なのに、周りがこんな泥で囲まれていたら、本当にがっかりするような気がするんです。

そう言いながらも、アリスは何かを確信したかのように笑った。

そして、右手を大きく堀に伸ばして、こう続けた。

つまり、あれは……、チョコレートです。


ブラックチョコレートだったら、こんな色になると思います。

アリス……。

これ、明らかに泥の匂いな気がする……。

チョコレートは、苦いのだってあるじゃないですか。


つまり、私がこの堀の中にあるチョコレートを全部食べれば……!

アリスよ、容積を考えろ。
やめなさい。

ソフィアがアリスの手を掴もうとするも、アリスはうまくすり抜けて堀へと駆けていった。


そして、誰がどう見ても泥の詰まっている堀の中に顔を近づけ、舌を出した。

やめて!


今まで、この中の泥を誰も飲んでないんだから。

えっ……?誰……?

アリスは、あと数ミリのところで顔に泥が付く場所から、すぐに起き上がった。

ソフィアでも、ましてトライブでもない、甘い声がアリスの耳を心地よく流れる。


アリスは、その透き通った声の主を見つけようとして、周りをキョロキョロ見渡した。

しかし、その声がどこから流れてくるのかさえも、確かめることができなかった。

えっとー……、誰ですか?

まだ、名前は言えないかなー。

でも、私のこと気にしてくれて、とってもうれしい。

たしかに、聞いた感じは女声ね。

あれ?

ソフィアさんにも聞こえていたんですね。

別にスピーカーとかで流れてきているわけじゃないのに、どうしてか私にも聞こえてきたの。

アリスは、ソフィアにうなずくと、再び空を見上げ、謎の声の正体を追おうとする。

しばらくの沈黙が続いた後、再びその声は二人に告げた。

ごめん。この堀の中にあるのは、ただ泥。

チョコレートじゃないよ。


本当は、こんな泥の堀なんか作りたくなかったんだけどね……。

作りたくなかった……。


ということは、本当はチョコレートとか入れようとしていたんですか?

そうだよ。


みんな、お菓子のお城を壊そうとしてるから……、守らなきゃいけなくなった。

その時、アリスではなくソフィアが、何かを閃いたように大きく口を開けた。

アリスの後ろで何度か首を縦に振りながら、城に向かってうなずくのだった。

猿が言ってた。

この城が、今とてもピンチなんだって。

そうなんだー。


だから、この堀を通れる人を、すっごく少なくしているんだ。

限りなく……、少なく……。

そう言った瞬間、アリスは大きくうなずいた。

先ほどソフィアが見せたものよりも、何倍も激しく首を動かした。



だが、運命はアリスにとって非情だった。

じゃあ、本気でこの城を守ってくれそうなお姉ちゃんだけ、堀から中に入っていいよ。

いま、橋をかけてあげるね。

まさか、ここから一人なんだ……。


お姉ちゃん、イコール私ですね!

もしかして、私が見ていないところでいっぱい食べようとしているでしょ。

あったりー♪

アリスが完全にはしゃいでいるその前で、突然一筋の白い光が舞い降りた。

マシュマロやクリームに近いような、甘い純白の色の光。


アリスとソフィアは、思わず腕で目をふさぎそうになった。

だが、ふさぎかけた視線の先で、ソフィアの足が軽く宙に浮いているのが、アリスにははっきりと分かった。

あ、ソフィアさんが浮いてるー!
アリスの冒険なのに、どうやら残念な結果になるようね。

お姉ちゃんは来ていいけど、もう一人のお姉ちゃんは、ここでバイバイだね。

お姉ちゃんのお仕事が終わるまで、ずっと待っててね。

な……、な……。



……うそおおおおおお!



アリスの脳内で、悲劇のシーンでよく出てくるBGMが何度も流れ始めた。

私、お菓子のお城に行けないってーー!

そういうことっ!


だって、泥とチョコレートを間違えるんだよ。

そんな女子は、お菓子のお城に入っちゃダーメー!

うそ……。

私が、お菓子のお城に一番行きたかったのに……。


今までいっぱいドジをやってきたけど、こんな楽園に入ったら、絶対にドジなんかしませんから……、神に誓います!

アリスの目の前から白い光は消え、光の筋が少しずつお菓子のお城に吸い込まれていく。

おそらく、その中に包まれてソフィアも城に入ったのだろう。


そのような変わりゆく空にも目をくれず、アリスは懸命に抗議した。

お菓子のお城のみんな……。


私、お菓子大好きなんで……、許してください……。

そうは言っても……、なんかお城の骨組みまで食べられそうな顔してるしなぁ……。


じゃあ、そこまで言うなら……、決めた。

もしかして、私もお菓子のお城に連れてってくれるんですか!

でも、ひとつ約束してほしいんだ。

すごく大変だと思うけど。

約束……?
アリスは、訴えかけるようなポーズのまま、相変わらず空を流れる不思議な声に耳を傾けていた。
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登場人物紹介

アリス・ガーデンス


15歳

軍事組織「オメガピース」にいるのに、戦いもせずにお菓子ばかり食べる女の子。何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。一応、銃使い兼魔術師。アッシュに片思い中!

モン・キホーテ(モンキ)


人食いサル。ひょんなきっかけからアリスの冒険に付いて行くことに。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。暗い性格が仇となり、イケメンなのに恋愛経験がほぼ皆無。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。今回、何故かアリスの保護者として不思議な世界について行くことに。

トライブ・ランスロット


25歳/ソードマスター

女剣士。またの名を「クィーン・オブ・ソード」。最強。

ケーキの妖精 パティスリー


5歳

お菓子のお城に住む妖精。クリームとブルーベリーとクランベリーでできている。

デビルラフレシア


草なのに兜をかぶっている、奇妙な植物「ラフレシア」のトップ。

竜巻を起こして、ある一定の生命を襲っているらしい。

ボスモンキー


その名の通り、サル山のボス。

言うまでもなく、モンキのボス。

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