37 そしてアリスは城を去る

文字数 2,618文字

お姉ちゃん。

そこで何やってるの。

この声は……。

聞き覚えのある声に、アリスは嫌な予感しか思い浮かべることができなかった。

耳に届く音も、とても歩いているようには思えないものだった。


振り向いた。

パティスリーが見つめていた。

あ……、ケーキ……。

初対面となるアリスは、真っ先にパティスリーに突っ込んだ。

だが、雰囲気を変えることも、パティスリーは許さなかった。

何が、「あ、ケーキ」なの。お姉ちゃん。


これ、どうしてくれるつもり?

私は……、そう言えばボスモンキーと決着がついて……。

あのサル?


もう中入ってるよ。

柱とか食べられちゃってるよ!

アリスは、パティスリーに言われてすぐに首をキョロキョロと見渡した。

そこにいたのは、ソフィアとパティスリーしかなかった。


たしかに、奥のほうからサルが何かを食い散らかしているような音が聞こえてくる。

それでも、アリスの足はパティスリーを前に動くことができなかった。

お姉ちゃん。


竜巻に乗って、ラフレシアもこの城に入ってきてるみたいだよ。

どうしてくれるつもり?

えっと、ラフレシアはサルたちを戻さないために、堀に竜巻を起こしているだけです。

たぶん食べてないと思います。

ふーん。


そんなことしたら、チョコレートが城の壁にくっついて、汚れるんだけどなー。

チョコレートでコーティングをすることになるんだから、おいしそうじゃないですか。

もういいよ。

お姉ちゃんは、どこまで自分を守れば気が済むんだか。



言ったよね。

ラフレシアの力を使ってこの城に入ってきたり、ラフレシアをこの城に入れたりでもしたら、こっちのお姉ちゃんを堀に沈めるって。

ソフィアさんを……、本当にそうするつもりですか。

だって、城を守る剣士として全然使えないもの。

ボスモンキーにだって、あんなあっけなく負けちゃったんだもの。


あのサルもだけどさ。

そう言いながら、パティスリーは少しずつアリスに迫ってきて、アリスはついにベランダの角に追いやられてしまった。


アリスが振り返ると、そこには渦を巻いている堀と、未だにごうごうと荒れている竜巻があった。

少しだけ身震いのしたアリスは、その場で大声で叫んだ。

私……、いや、私たちのどこが悪いんですか!

普段、おいしそうに食べるはずのお菓子に対して、これだけのトーンで言ったことは、アリスはなかった。

もはや、目の前にいるパティスリーがクランベリーとブルーベリーの乗ったケーキではなく、毒入りのケーキにしか見えなかった。


その強い口調に、パティスリーはしばらく経ってから返事をした。

だって、お姉ちゃんたちじゃ、私の思い通りにならないんだもの。


お菓子のお城にいっぱいのお菓子を飾ることが夢なのに、どんどん食べられちゃう。

そんな、お城を壊すようなものとか、逆らってくるものを許すことなんてできっこないよ。

逆らっているなんて、私はそんなこと思ったことないです。


ラフレシアにも、もし悪いことをしたらソフィアさんが沈められることは言ってます。

それに、今回ラフレシアが来たのも……、お菓子のお城をボスモンキーの手から守るためなんです。


もし食べられちゃって、城がなくなったら……、私も食べられなくなりますから。

最後に本音がポロッと出てしまうんだな、アリスは。

こんなきれいごとを言っているお姉ちゃんも、同じだと思うよ。


あっちのお姉ちゃんからも聞いてるけど、お菓子だったら何でも食べたいんでしょ。

ね。

そりゃ……、そうですけど……。


でも、そのために戦うことだって、あってもいいと思うんです。

分かってくれませんか。

あー、もううるさいうるさい!


お姉ちゃんがそんなことを言っても、本当は食べたいんだから信じないよ。

だったら、お姉ちゃんをあそこに落とすか……、ミキサーにかけてケーキの材料にしたっていいんだよ。

えっ……、最後はケーキになって死ぬんですか。



今は嫌です。

さぁ、どっちにされたい?

答えてよ、お姉ちゃん。

アリスが再び震え上がったその時だった。

ベランダに、茶髪の剣士がボロボロの姿で出てきた。


ソフィアは、一歩ずつパティスリーの背中に近づき、パティスリーに剣を向けていた。

アリスをどうするつもりなの。

お姉ちゃん?


こんなバカは、もういらないから……、ケーキの材料にしようと思ってるんだ。

いなくなったら、もうお姉ちゃんをあそこに落とすとか言わないから。

私のことはどうでもいい。


いいから、アリスを返してちょうだい。

は?


お姉ちゃんでしょ、私に「アリスを剣で倒していい?」とか言ってきたの。

忘れたとか言わないよね。

そのつもりは、全くない。

アリスは、かたずをのんでソフィアとパティスリーの会話を聞いていた。

アリスの目に、ソフィアのストリームエッジが自らの目に向けられているようにしか思えなかった。


三たび震え上がったアリスは、ついに嗚咽に近い声で息を飲み込んだ。

お姉ちゃん。


このお菓子バカと私、どっちを信じるの?

まさか、バカを信じるなんてことないよね。

アリスは、お菓子バカなんかじゃない。

一人の人間だと思っているの。

ソフィアは、きっぱりとそう言いきった。

アリスに、ほんの0.1秒だけの安心感が生まれたのを感じた。

お菓子バカじゃん。

だって、ラフレシアについていって、お菓子を食べるために味方に付けちゃうようなことをやってるんだよ。


分かってるの?

たしかにアリスは、事あるたびにお菓子を食べて、オメガピースの中でもあまり戦ってない。これは認める。


でも、誰かを思いやる気持ちは、アリスのほうが強いと思う。

誰かを守るためにちゃんと武器を持って戦っているし、仲間が傷ついたら真っ先に魔術をかけるのも、アリスなの。

本当に?

私は、アリスを一人の人間として見ているの。

たとえ弱くても、力がなくても、お菓子ばっかり食べてても……、いなくなったら困る存在だと思う。

ソフィアは、ついにアリスの前に仁王立ちした。

パティスリーの目が、一瞬鋭くなって、それからその表情が緩んだ。



だが、パティスリーの声はより険しくなった。

もういいよ。


私、誰も信じなくていいんだ……。

誰かと絡むから、城が狙われちゃうんだ。



帰ってよ。

ベランダから飛び降りて、どっかに行っちゃえば。

パティスリーは、力任せに飛び上がり、ソフィアの顔目がけて迫ってきた。

その瞬間、アリスが、ソフィアの手をギュッと握りしめたのだった。

離れないでください……。

アリスの重心が、外へ傾いた。

二人はベランダから堀に投げ出され、城の外を舞う竜巻に乗って吹き飛ばされていった。

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登場人物紹介

アリス・ガーデンス


15歳

軍事組織「オメガピース」にいるのに、戦いもせずにお菓子ばかり食べる女の子。何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。一応、銃使い兼魔術師。アッシュに片思い中!

モン・キホーテ(モンキ)


人食いサル。ひょんなきっかけからアリスの冒険に付いて行くことに。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。暗い性格が仇となり、イケメンなのに恋愛経験がほぼ皆無。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。今回、何故かアリスの保護者として不思議な世界について行くことに。

トライブ・ランスロット


25歳/ソードマスター

女剣士。またの名を「クィーン・オブ・ソード」。最強。

ケーキの妖精 パティスリー


5歳

お菓子のお城に住む妖精。クリームとブルーベリーとクランベリーでできている。

デビルラフレシア


草なのに兜をかぶっている、奇妙な植物「ラフレシア」のトップ。

竜巻を起こして、ある一定の生命を襲っているらしい。

ボスモンキー


その名の通り、サル山のボス。

言うまでもなく、モンキのボス。

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