37 そしてアリスは城を去る
文字数 2,618文字
聞き覚えのある声に、アリスは嫌な予感しか思い浮かべることができなかった。
耳に届く音も、とても歩いているようには思えないものだった。
振り向いた。
パティスリーが見つめていた。
初対面となるアリスは、真っ先にパティスリーに突っ込んだ。
だが、雰囲気を変えることも、パティスリーは許さなかった。
アリスは、パティスリーに言われてすぐに首をキョロキョロと見渡した。
そこにいたのは、ソフィアとパティスリーしかなかった。
たしかに、奥のほうからサルが何かを食い散らかしているような音が聞こえてくる。
それでも、アリスの足はパティスリーを前に動くことができなかった。
そう言いながら、パティスリーは少しずつアリスに迫ってきて、アリスはついにベランダの角に追いやられてしまった。
アリスが振り返ると、そこには渦を巻いている堀と、未だにごうごうと荒れている竜巻があった。
少しだけ身震いのしたアリスは、その場で大声で叫んだ。
普段、おいしそうに食べるはずのお菓子に対して、これだけのトーンで言ったことは、アリスはなかった。
もはや、目の前にいるパティスリーがクランベリーとブルーベリーの乗ったケーキではなく、毒入りのケーキにしか見えなかった。
その強い口調に、パティスリーはしばらく経ってから返事をした。
だって、お姉ちゃんたちじゃ、私の思い通りにならないんだもの。
お菓子のお城にいっぱいのお菓子を飾ることが夢なのに、どんどん食べられちゃう。
そんな、お城を壊すようなものとか、逆らってくるものを許すことなんてできっこないよ。
逆らっているなんて、私はそんなこと思ったことないです。
ラフレシアにも、もし悪いことをしたらソフィアさんが沈められることは言ってます。
それに、今回ラフレシアが来たのも……、お菓子のお城をボスモンキーの手から守るためなんです。
もし食べられちゃって、城がなくなったら……、私も食べられなくなりますから。
アリスが再び震え上がったその時だった。
ベランダに、茶髪の剣士がボロボロの姿で出てきた。
ソフィアは、一歩ずつパティスリーの背中に近づき、パティスリーに剣を向けていた。
アリスは、かたずをのんでソフィアとパティスリーの会話を聞いていた。
アリスの目に、ソフィアのストリームエッジが自らの目に向けられているようにしか思えなかった。
三たび震え上がったアリスは、ついに嗚咽に近い声で息を飲み込んだ。
ソフィアは、きっぱりとそう言いきった。
アリスに、ほんの0.1秒だけの安心感が生まれたのを感じた。
たしかにアリスは、事あるたびにお菓子を食べて、オメガピースの中でもあまり戦ってない。これは認める。
でも、誰かを思いやる気持ちは、アリスのほうが強いと思う。
誰かを守るためにちゃんと武器を持って戦っているし、仲間が傷ついたら真っ先に魔術をかけるのも、アリスなの。
ソフィアは、ついにアリスの前に仁王立ちした。
パティスリーの目が、一瞬鋭くなって、それからその表情が緩んだ。
だが、パティスリーの声はより険しくなった。
パティスリーは、力任せに飛び上がり、ソフィアの顔目がけて迫ってきた。
その瞬間、アリスが、ソフィアの手をギュッと握りしめたのだった。
アリスの重心が、外へ傾いた。
二人はベランダから堀に投げ出され、城の外を舞う竜巻に乗って吹き飛ばされていった。