36 さるさる合戦
文字数 2,582文字
アリスは、ボスモンキーに銃を向けることなく、言葉だけではっきりとそう言った。
その瞬間、それまでソフィアに向けられていた、ボスモンキーの鋭い剣がアリスに伸びたように見えたが、アリスは怯えなかった。
アリスに手招きされるように、モンキはお菓子の陰から出てきた。
モンキの目は、じっとボスモンキーを見つめている。
敵対するような鋭い目と、それにも劣らぬ、何かを語りかける目だ。
だが、ボスモンキーの目は、より鋭くなる一方だ。
モンキの右手は、かつてサルの楽園が広がっていた山に向かって、まっすぐに伸びていた。
一度その目を山にやったモンキは、すぐに目を元に戻し、ボスモンキーを睨みつけた。
ボスモンキーは、軽く笑うような目でモンキにそう告げた。
その瞬間、モンキがその手に持った剣をより強くのが、アリスの目にもはっきりと分かった。
故郷とか、もともとの住処とか、そんな目障りなものを残しておけると思うか。
あの場所は、快楽に満ちていた。
そんな快楽を、早くやめさせること。そうするためには、残ったサルたちを犠牲にしてまでも、あの山を焼き払うしかなかった。
アリスは、「快楽」という言葉を口でリピートした時、背筋が凍るような思いがした。
それはどこかで聞いた言葉だった。
だが、モンキはその言葉を深く考えることなく、剣を真っすぐボスモンキーに向けた。
頼むよ。
もう、そんな血生臭いマネはやめて欲しいよ!
オイラたちサル同士が、お互いを傷つけあってるだけなんだぜ。
だから、できればオイラはボスモンキーと戦いたくないんだ。
この剣は、どうしてもというときにしか使いたくない。
モンキの足が、お菓子のお城の床を力強く蹴り、剣を高く上げたままボスモンキーに駆けていく。
ボスモンキーも、モンキの足の動きに合わせるかのように、その足を前に出して、襲い掛かる剣を受け止めようとした。
モンキは、右足を力強く踏み込んだ瞬間、その力をバネにして高く飛び上がった。
一般的なサルよりもはるかに高いジャンプ力を頼りに、モンキは上からボスモンキーに襲い掛かる。
バトルの雰囲気をぶち壊すように呟いたアリスの一言で、ソフィアが思わずアリスに振り返った。
完全に外野の少女が、思い付きの一言をつい口にしてしまったのだ。
その声は、鋭い剣を高く上げるボスモンキーの集中力にも、そして高いところから一気に剣を振り下ろすモンキにも影響を与えているのは言うまでもなかった。
ボスッ……!
その瞬間、アリスは嫌な音を耳にした。
サルの体が鋭く貫かれていくように聞こえ、アリスはすぐに目を閉じた。
そして、現実に目を向けようと、そっと目を開くと、そこには落下のコントロールを失ったモンキが、機先を制されたボスモンキーの、やや向ける位置を反らした剣に、偶然にも突き刺さってしまったのだ。
苦し紛れに言葉を発するモンキの体が、アリスには痛々しく見えた。
完全に事故でも起きたかのように、本当に串刺しにされてしまったモンキを、アリスはただ呆然と見つめるしかなかった。
そして、ソフィアの手がゆっくりとアリスに伸びるのを見て、アリスはついに事の重大さに気が付いたのだった。
アリスは、モンキを串刺しにしたまま手前に引き寄せようとするボスモンキーに、鋭く銃を向けた。
その先では、まるで何かを計算しているかのように、ボスモンキーは剣を少しずつ抜いていく。
手に集中力がいっているようだ。今しかなかった。
だが、アリスがそう叫んだ瞬間、ボスモンキーはアリスの銃弾の正面に、剣から抜け出そうともがくモンキを突き出した。
モンキの苦しそうな表情が、より真っ青になった。
次の瞬間、アリスの銃弾がモンキの腹に直撃し、その衝撃でボスモンキーの剣から引き離され、銃弾と一緒に投げ飛ばされた。
その先に待っていたのは……。
ボスモンキーの一味を逃がさないために、堀のチョコレート、または泥を巻き上げる作戦が、ここで一気に裏目に出た。
竜巻に向かって宙を舞うモンキをうまくキャッチすることができず、モンキの体はさらに遠くへと飛ばされてしまったのだ。
その様子を、アリスはモンキの投げ出されたベランダごしに見るしかなかった。
だが、彼女の後ろから、一歩、また一歩と足音が聞こえていた。