鏡よ鏡、鏡餅。
文字数 1,808文字
おせち料理を食べに食べた正月が落ち着いた頃、アリスは「オメガピース」兵士棟706号室の中で、自分の姿を映していた。
ただし、鏡ではなく、鏡餅に向かって。
そう言うと、アリスは鏡餅を手に取って、出窓にそれを置いた。
そして、差し込む光を正面に見ながら、祈るように鏡餅に言った。
語りかける声に混ざって、トライブがため息をつくのが、アリスの耳に聞こえた。
だが、その直後、明らかにトライブの声ではない音をアリスは耳にした。
アリスは、鏡餅に耳を当てて、そっとその声を聞いた。
最初は全く分からなかった声が、二度目はやや大きく聞こえた。
アリスや。
一番美しいのは、そなたじゃよ。
会いたい人がおる。
中庭まで来なさいな。
アリスは、振り向きながら部屋の出口に向かった。
トライブはポーカーフェイスでアリスに近づき、そのままアリスを見送った。
7階から1階まで降りたアリスは、そのまま中庭へと向かう。
すると、そこに甘い香りが漂ってきた。
やがて、アリスの目に中庭が見えた。
いつもと変わらない中庭のように見えた。
その奥に一匹、二本足で立つ狐がいた。
その狐が、じっとアリスを見つめていた。
さぁ、一歩ずつ行きなさいな。
奥まで進めば、意中の存在に会えるぞ。
アリスは、息を飲み込みながら足を進める。
その先に意中の誰かが待っている。
トライブの言うように、それはアッシュなのかもしれない。
中庭に差し込む光が、鏡餅に光るときのような自分自身を、すぐ近くに照らしてくれる。そうアリスは思った。
その10秒後だった。
落とし穴に落ちたアリスは、その足がどろどろとした液体に包まれていくのを感じた。
それどころではない。靴が土台にくっついて取れず、体がズブズブとその液体に吸い込まれていくのだった。
すると、もがくアリスの目の前に狐が立ち、そのお面を手で取って外した。
そのお面の向こうで、アッシュが薄笑いを浮かべていた。
まとわりつくお汁粉の汁、そしてべっとりと靴にくっついたままの餅。
それを横目で見ながら、アッシュはそのまま立ち去った。
もはや蟻地獄にでも閉じ込められたかのように、アリスは全身で助けを求めながらも、最後はお汁粉を吸い込んでいたのだった。