5 猫にまっしぐら!
文字数 2,613文字
アリスに撃ち抜かれ、ほとんど声を出すこともできない人食いサルは、それでも話の続きを待っているアリスに顔を向け、一度小さくうなずいた。
そして、「崩壊」の二文字を再び呟くと、続けてこう言った。
そう……。崩壊なんだ……。
いま、お菓子のお城を……、狙おうとしている……、邪悪な集団が、まさに……迫ってきている。
その名前は……オイラにもわからない……。
でも……、お菓子が……溶け出しているのは……、間違いない……。
そ、それって本当なんですか!
もしそうだとしたら、それはもう一大事じゃないですか。
もしかして、溶け出しているというのは……、白の外側なのね。
そう……。
外も食べられるお城だからこそ……、その外からこっそり食べられちゃってるんだ……。
オイラだって……、食べようとしたら……、何者かに取られた……。
あぁ、お菓子のお城で……、甘いもの一つ……、食って……、死にたかった……。
人食いサルは、かすかに涙を流した。
どんな人間も出せないくらいに、悲しい表情を浮かべ、アリスをじっと見つめている。
その時、アリスは右手を人食いサルにかざし、語り掛けるように言った。
白く輝く、聖なる力よ。
彼の傷ついた体を包み、再びの力を取り戻さん……!
え?アリス……?
自分で撃った相手に……、魔術使っちゃうのね。
アリスは、ソフィアの言葉には目もくれず、じっと人食いサルを見た。
まだ魔術をほとんど使えていないにも関わらず、アリスは懸命の力で放とうとしている。
そして、最後に語り掛ける言葉(ラスト・キー)を放った。
アリスの右手から、眩いばかりの白い光が現れ、横たわった人食いサルをその姿が見えなくなるほどに覆う。
その光に乗って、彼の負った傷が赦され、光に乗ってかき消されていく。
やがて、人食いサルはゆっくりと体を起こし、すぐに飛び跳ねた。
あ、ありがとうございます!
これでオイラも……、まだ甘いものを食べるチャンスができました。
よかった……。
食べたいって言っている人を……、私は見捨てることができなくて……。
勿論です。
それに、もしかしたら人食いサルに案内してもらえるかもしれないじゃないですか。
そう言われなくても、命の恩人じゃないですか。
ちゃんと案内しますよ。
ありがとうございます。
あれ……?そう言えば、お猿さんは団子が好きなんですよね!
好きですよ!
でも、お菓子のお城で食べるほうがもーっと好き!
そう言いながら、人食いサルは砂利でできた道をどんどん突き進んでいく。
先ほどまでおなかが空いて動けなかったはずのアリスも、やや速足で歩かないと追いつけないサルに付いて行った。
人食いサルが言うのだから、そう遠くはないはずだ。
そうアリスは悟った。
しかし、10分も経たないうちに事件が起きた。
はい……。なんかお猿さんを追ってたんですが……、途中で猫に目が行って、気が付いたら猫を追いかけていました。
アリスは、そう言いながらその行く手を追っていた猫を指差し、ガックリと肩を落とした。
やっちゃったのね……。
サルと猫を間違える人なんて、私、初めて見たような気がする。
私だって、絶対そんなことはやらないって思っていたんですが……、やっぱりキャラ的に私がやっちゃいましたね……。
もう笑うしかないです。
もしかしたら、アリス。
運命は、アリスをお菓子のお城から遠ざけようとしているようにも見える。
アリスは、猫からソフィアに目線を移しながら、思わず聞き返した。
何というか……、お菓子のお城が冒険のゴールかもしれないし、そこに行くにはものすごく大変なことなのかもしれない……って思うの。
悪く言えば、アリスは冒険者になったら初めて、お菓子のお城に行けるのかな……。
そんなことないです。
私の食べる思いが強かったら、絶対にお菓子のお城は見つかります。
そうね……。アリスの言う通り。
いつもトライブのところにいると、無意識に前向きになれるようね。
それほどでもありませんよ。
それにしても、こんな周りに何もないところに放り出されて……、私たちはこれからどうすればいいんですか……?
選択肢は、全部で四つ。
1.お菓子のお城までひたすら歩き続ける
2.ソフィアにだっこしてもらう
3.今日は道端で寝る
4.この場にお菓子のお城を作ってしまう
なんか、どさくさ紛れに私が腰を痛める選択肢があるじゃない。
私は、アリスの考えた選択肢だったら、歩くしかないと思っているけど……、まずは食べることだと思うのよね。
アリス、さすがにおなか空いたでしょ。
そうですね……。
たしか……、お猿さんと戦ったのは、もう1時間くらい前だったような気がします。
そう言った瞬間、アリスはその場にペタンとしゃがみ込み、膝を抱えたまま空を見上げた。
いま、この場所にお菓子のお城があったらいいなぁ……。
ソフィアがそう言ったとき、ほぼ同時にアリスの鼻が何かの匂いを捉えた。
鼻をひくひくさせながら、アリスは匂いのするほうへと目線を移し続ける。
ソフィアさん……。
私があんなこと言ったおかげで、もしかしたらこの場所でお菓子が見つかるかもしれません。
それはいいことじゃない!
なんか、私も何か甘い匂いを感じる……。
アリスは、特に匂いの強いところを見つけ、砂利に生い茂る雑草に手を伸ばした。
そして、雑草を引き抜くと、その中から空の光に照らされて輝く、青い包み紙が見つかった。
これです、ソフィアさん!
匂いからして、たぶんお団子か何かだと思います。
あれ……、さっきのサルも団子って言ってたような……。
まぁ、いいか……。
アリスは、青の包み紙を思い切り引き抜き、そっと中身をソフィアに見せた。
そこには、おそらくまだ作られて数時間しか経っていないような、香ばしい団子が五つ、きれいに並んで包まれていた。
ありがとうございます。
ソフィアさんも……、欲しいですよね。
「オメガピース」自治区を出てから初めてとなるお菓子に、アリスは声を上げて喜んだ。そして、団子を大きな口でぱくりと食べたのだった。
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