2 お菓子のお城に遠足だ!
文字数 2,555文字
アリスは、部屋に戻るなり泣きながらトライブに告げた。
部屋の狭いキッチンでお菓子を作って、アッシュに持って行くという段取りまでできていたのに、それがたった数分で打ち砕かれ、言われた本人はガックリと肩を落とす。
だって、アッシュはこう言ったと思うのよ。
今のアリスは、お菓子ばかり食べていて、自分だけじゃ何もできない。
そんなアリスを認めるには、一人前の女子になる。
例えば、冒険もできてお菓子を作れるような、一人前の女子になれば、アリスに対する価値観も変わってくる。
きっと、そういう意味よ。
15歳の子供のアリスから見る、25歳の大人のトライブは、この時普段より大きく見えた。
今のアリスの年齢まで、剣を持つこともできなかったにも関わらず、今や「クィーン・オブ・ソード」と呼ばれるまでの剣士となったトライブ。
彼女にとって、今のアリスの「15歳」という年齢がどれだけ重要なのかは、はっきりと分かっていた。
トライブのそう言う声も空しく、アリスは既に部屋の中をスキップしながらぐるぐる回っていた。
「オメガピース」に入って以来、ほぼ毎日のようにトライブの後ろに付いていたアリスにとって、これほどまで長い距離の単独行動は初めてとなる。
そのことの重大さを、アリスは気付いているわけもなかった。
その日の夜、アリスはなかなか寝付けなかった。
早速、翌日からの出発許可がトライブから下りたからである。
寝ようとしても、時々アッシュの顔と、想像した「お菓子のお城」が頭の中に代わりばんこで出てきて、その画像がまぶたを持ち上げてしまっている。
そんなアリスは、トライブが剣を持たないまま部屋の外に出て、その後また戻ってきたことなど、当然気付いていた。
だが、その目的が何かまでは到底知り得ない情報であった。
そして、アリスのベッドを朝日が優しく包み込んだ。
うとうと……、うとうと……。
時計を見なきゃ。
ちらり。
これほどまでぐっすり寝過ごしてしまったことは、アリスにとっては「オメガピース」入隊以来のことだった。
普段であれば、7時か8時といったもう少し早い時間に、トライブにたたき起こされるのが当たり前だが、トライブが付いて行かない任務でトライブがアリスを起こすわけがなかった。
周りを見ても、部屋には机の上の書き置き一つしか置かれていなかった。
アリスは、その書き置きを手に取った。
アリスにとって、今日が旅立ちの朝。
普段の実力を見せれば、無事に任務を達成できるはず。
剣術大会までには帰ってくれば、人の迷惑にならないこと以外何をやってもいい。
そして、もし本当にピンチなときは、私が付いている。
無事を祈っています。行ってらっしゃい。
――トライブ・ランスロット
アリスは、書き置きを持った手を震わせながら、最後まで読み切った。
トライブは既に、剣術大会に向けて練習を始めているのだろう。
お返しが言えないもどかしさを抱えながら、アリスはその書き置きに「ありがとうございます」とだけ書いて、書き置きをそっと机の上に戻した。
そう言うと、アリスは銃と地図を小さなポシェットにしまい、部屋を出ようとした。
だが、アリスはドアノブを握ろうとした瞬間、妙に固いことに気が付いた。
アリスは、机の上に鍵が置いていなかったことをすぐに思い出した。
鍵をかけて出て行ってしまったとしか思えない。
そう、トライブはこの時点で「トラップを仕掛けた」のである。
鍵を見つけなければ、部屋の鍵を開けっ放しで外に出ることになり、当然戻ってきたらトライブに怒られることになる。
1.窓を割って宿舎の7階から飛び降りる
2.鍵を開けっ放しにして冒険に出て行ってしまう
3.トライブをベランダから探して声を掛ける
4.とりあえず部屋の外を調べる
選択肢は、とりあえずこの四つ。
それか、冒険に行かないという選択肢も残されてはいるが、それではワクワクだった心が一瞬にして突き落とされることになる。
そう言いながら、アリスは道具箱から洞窟用のライトを持ってきた。
まだ部屋の中に手がかりが残されているかも知れない、そう思ったのだ。
そう言うと、アリスはトライブが今の剣を持つ前に使っていた、折れた剣を押し入れから見つけた。
これを上手く切り取れば、合鍵を作ることができるかも知れない。
そんな無謀な挑戦を始めようとしていた。
そこに、アリスの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。