8 お菓子のお城のドジ兵士誕生?
文字数 2,572文字
その約束っていうのは、このお城の力になるっていうこと。
こっちに来てくれたお姉ちゃんは剣を持ってて強そうだったから、そこのお姉ちゃんも、何か武器でやってそうじゃなきゃ嫌だなーって。
謎の声がそう言ったとき、アリスはようやく気が付いた。
普段はバッグの中に銃をしまっていること。
アッシュのように、日ごろから銃を手放さない兵士がほとんどだった中、アリスは一人だけあまり銃を手にして歩かなかったのだ。
勿論、それは普段から最強剣士の後ろで戦っているからという、一種の気のゆるみに他ならなかったのだが。
アリスは、ようやく銃を手に持って、お菓子のお城から少し外れた方向に、その銃口を向けた。
すると、謎の声が思わず吹き出すように笑った。
面白いよ、それ。
弱そうだね、お姉ちゃん。
アリスは、どう考えてもトライブやアッシュ、それにソフィアよりもはるかに戦力的に見劣りのする「オメガピース」の兵士だったし、アリスにもその自覚はあった。
だが、見ず知らずの声からそう言われたアリスが、しかめ面になりそうになるのは言うまでもない。
私は、銃を持ったことなんかないけど、みんな足に力を入れてるよ。
お姉ちゃんは、ただ突っ立ってるだけ。
アリスは、やや笑いながらそう言った。
そう言えば、普段の任務が終わってから「オメガピース」に戻って、敵のいないところで銃の練習をすることなど、アリスには全くなかった。
それすらも、謎の声に言うことはできなかった。
その時、謎の声は少しだけ間を置き、アリスにこう告げた。
お姉ちゃんに、やっぱりこれ言わなきゃいけないかな……。
ここまで話についてきてるわけだし……。
いま、お菓子のお城は……、敵に取り囲まれているんだ。
さっきも言ったけど、壊そうとしているのがいるんだ……。
その正体は、お花のお城って言うんだけどね。
アリスの頭の中で、すぐにお花のお城が思い浮かんだ。
城の中に入ると、あたり一面がお花畑で、いい香りと色鮮やかな花々が咲き乱れている、そんなお城だった。
何故か、アリスの口からよだれが出てくる。
大きな声で言ってるんだもの。
聞こえるに決まってるよ。
お姉ちゃん、お菓子は食べられるけど、お花は普通食べられないよ。
それに、お菓子のお城はお菓子でできてるけど、お花のお城は全部お花でできてるって話だよ。
冷静に考えれば、当然であるはずのことが、食べ物のかかったアリスからは忘れ去られていた。
かなりの遠回りをして、アリスはお花のお城のことをようやく理解した。
はずだった。
だが、謎の声はそれで終わらなかった。
で、ここからお姉ちゃんに言いたいことなんだけどね……。
お花のお城の大王が……、何でも食べるラフレシアという軍団を作って、何度もお菓子のお城を荒らしているんだ……。
だから、お姉ちゃんには、そのラフレシアという軍団をやっつけてきてほしいんだ。
難しい言葉、よく知ってるね。
もし、一体でも倒すことができたら、お姉ちゃんをこの城を守る人として、中に入れてあげるよ。
分かった。
じゃあ、お姉ちゃんが堀の外でラフレシアをやっつけてくれるんだね!
約束だよ!
ごめん。
お花のお城に行ったことないから、わからないんだ。
でも、もしかしたらこの城の周りをグルグル歩いているかもしれないから、このあたりにいたほうがいいかもしれない。
謎の声は、そこで止まった。
10秒経って、何の声も聞こえなくなるのが分かったとたん、アリスはため息をついた。
「オメガピース」の決まりで、アリスのような「初級兵」と呼ばれる見習い兵士は、必ず上の階級の兵士と一緒に行動することになっていた。出てくる敵のレベルが高いというのと、実際に任務に出て戦い方などを学んでもらいたいからだ。
だから、アリスがこうして一人ぼっちになることなど、ほとんどなかった。
まして、アリスだけに任務が与えられることは、絶対になかった。
アリスは、もう一度お菓子のお城を眺めながら、その目に涙を浮かべた。
ゴールは、謎の声からはっきりと言われている。
手に持った銃で、「ラフレシア」と呼ばれる「悪の軍団」を倒すこと。
そうすれば、スイーツであふれているお菓子のお城に入ることができる。
そのゴールまでが、あまりにも遠かった。
その時だった。
アリスの頭の中で、普段から何度も言い聞かされている言葉が思い浮かんだ。
弱気になっちゃダメよ。
それだけで、力は半分以上出せなくなる!
アリスが普段からその戦う姿を見ているトライブは、どんなに強い相手が現れようと、諦めを見せるしぐさなど、全くなかった。
それだけで、「剣の女王」の気迫がはっきりと伝わってくるのだった。
不屈とか本気とか冷静とか、そのような二次熟語が、トライブに対しては次々と思い浮かんでくる。
アリスは、その全てが真逆だった。
それに気が付いたアリスは、その手を強く握りしめた。
そう言うと、アリスはお菓子のお城に背を向けた。
見ていると、それだけで虚しさが襲ってくるからだ。
そして、次の一歩を踏み出した瞬間、アリスは思わず息を飲み込んだ。