50 こんにちは、少し大きくなった私。
文字数 2,884文字
アリスは、城の崩壊から何とか逃れ、痛む右足を引きずりながら後ろを振り返った。
あれだけ輝いているように見えたお菓子のお城は、もはやそこにはなかった。
そこにあるのは、がれきの向こう側に遠くまでよく見える草原。
お菓子のお城が作られる前の状態に戻ってしまったと言っていい。
すると、モンキの口が閉じるか閉じないかのうちに、聞き慣れた声がアリスの耳に響いた。
パティスリーだった。
だが、パティスリーはがれきに背を向けたまま、決して振り返ろうとしなかった。
パティスリーの声は、低く小さいものだった。
アリスをブラックリストと言いきったときと比べれば、何百分の一とも言えなくないトーンだった。
その時、うつむいたパティスリーの前にアリスが立った。
パティスリーさんは、お菓子を食べたいと思っている世界中の人々にとって、その夢を形にしてくれる存在だと思うんです。
だってこのお城を、お菓子でいっぱいにしてくれたじゃないですか。
その気持ち、パティスリーさんの中に、いつまでも消えない魂として残っているんじゃないですか。
ちょうど私が、お菓子を食べたいと言い続けるように。
パティスリーは、ゆっくり顔を上げ、がれきの山と化したお菓子のお城にようやく目をやった。
そして、わずかにまばたきをしながら言った。
その瞬間、パティスリーの目が勢いよくアリスに向けられたことに、アリスはすぐ気付いた。
先程まで強い意思に満ちていたその顔が、どことなく慌てていた。
アリスは、そう言うが早いか、すぐにがれきに向かって走り出した。
パティスリーの冷たい視線を全く感じることなく、床や壁、その他城にあった様々なお菓子を、アリスは次々と口の中に入れたのだった。
アリスとモンキは、時間の経つのも忘れて、お菓子のお城そのものを食べに食べた。
夕陽に照らされる少女とサルの嬉しそうな笑顔は、いつもながらにお気楽な明日を映し出しているように見える。
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翌日アリスは「オメガピース」に戻り、いつもの兵士棟706号室に入った。
その部屋の奥には、トライブ以外のよく見る人物の人影が見えた。
その声と同時に、窓際にいたアッシュがアリスのところに大股で近づき、アリスと手と手が触れ合うところで止まった。
ようやく事の深刻さに気が付いたアリスは、一歩、また一歩と後ろに下がろうとするが、それでも思い切ってこう切り出した。
アリスは、トライブに向けて死んだような表情を浮かべた。
それでも、アッシュの表情が動くことはなかった。
それはよかった。お前にしては、至福の一時だっただろう。
だがな、俺が最初に言ったのは、そのお菓子の城でパティシエの修行を積むことだったはずだ。
それに、トライブの手を借りるなと言ったにもかかわらず、ボスモンキーはトライブが倒した。
ミッションとしては、失敗だ。
現状維持、と言ったところか。
ただ、これだけは忘れないで欲しい。
お前は一人でお菓子の城の運命を動かし続けた、とソフィアが言っていた。
ドジなことをするお前も、それだけの人間ではない。
お前はもっと、自信を持ってこの冒険を語っていいんだぞ。
アッシュは、アリスの茶髪の上に右手をポンと置き、そのサラサラな髪を軽く撫でた。
アリスの目が、自然とアッシュの顔を見つめる。
恋はまだ実りそうにないが、アリスのことを認めようとしていることだけは確かだった。
照れを隠しながら、アリスはアッシュにはっきりと告げた。
アリスとアッシュは、同時にうなずいた。
それが決して、アリスのおなかの話ではないことを、本人がはっきりと確信したのはその時だった。
愛しのライフルマスターに追いつくためのアリスの冒険は、これからも続く……。