50 こんにちは、少し大きくなった私。

文字数 2,884文字

いたたたた……。


みんな、大丈夫かな……。

アリスは、城の崩壊から何とか逃れ、痛む右足を引きずりながら後ろを振り返った。

あれだけ輝いているように見えたお菓子のお城は、もはやそこにはなかった。


そこにあるのは、がれきの向こう側に遠くまでよく見える草原。

お菓子のお城が作られる前の状態に戻ってしまったと言っていい。

アリス……。

オイラも無事だぜ……。


あと少し間違っていたら、今頃がれきの中だ。

お菓子のお城が消えてしまったことは残念だけどな……、これで全ての争いが終わったと思えば、少しは気が楽になるんじゃねぇか。

楽になんかならないですよ。


だって、私の大好きなお菓子のせいで、パティスリーとデビルラフレシアは城を滅ぼすまで争っちゃったじゃないですか。

それは言えるけどさ、オイラは最後に城を壊したラフレシアたちが悪いと思ってる。


ところで、パティスリーとデビルラフレシアはどこ行った?

すると、モンキの口が閉じるか閉じないかのうちに、聞き慣れた声がアリスの耳に響いた。


パティスリーだった。


だが、パティスリーはがれきに背を向けたまま、決して振り返ろうとしなかった。

こっちはジャンプできるから大丈夫だよ。

デビルラフレシアは、足まで食べられちゃってるから、たぶんそこから動けないと思う。

あそこまで食べるつもりじゃなかったんですけど……、気が付いたら兜が下に行っちゃってました……。


パティスリーさん……、それでもやっぱり悲しいんですね。

悲しいに決まってるよ。


城がこんなことになっちゃったから、もうどうしていいか分からないよ……。

パティスリーの声は、低く小さいものだった。

アリスをブラックリストと言いきったときと比べれば、何百分の一とも言えなくないトーンだった。


その時、うつむいたパティスリーの前にアリスが立った。

パティスリーさんは、お菓子を食べたいと思っている世界中の人々にとって、その夢を形にしてくれる存在だと思うんです。


だってこのお城を、お菓子でいっぱいにしてくれたじゃないですか。

その気持ち、パティスリーさんの中に、いつまでも消えない魂として残っているんじゃないですか。


ちょうど私が、お菓子を食べたいと言い続けるように。

そうだよね……。


お姉ちゃんは……、やっぱりお菓子バカだけど、いい意味でお菓子バカだった。

本当は、そういう人がもっと増えてくれると……、こっちも嬉しいんだけど……。

パティスリーは、ゆっくり顔を上げ、がれきの山と化したお菓子のお城にようやく目をやった。


そして、わずかにまばたきをしながら言った。

夢は消さないよ。


またお姉ちゃんや……みんなが欲しがるような、お菓子いっぱいの楽園を作ってやるんだ。

その通りですよ、パティスリーさん。
アリスが気が付くと、すぐ横でモンキも何度か首を縦に振り、ケーキの妖精・パティスリーの新たな門出を見つめていた。

これで、本当の終わりかな……。

アリスとオイラの冒険は。

そうですね……。


でも、お菓子のお城をもう一度作るために、最後にやれることはあるはずです。

パティスリーさん一人で、がれきを動かすことはできないじゃないですか。

その瞬間、パティスリーの目が勢いよくアリスに向けられたことに、アリスはすぐ気付いた。

先程まで強い意思に満ちていたその顔が、どことなく慌てていた。

つまり、オイラとアリスでこのがれきを……。

食べるんです。

崩れたてほやほやのお菓子のパラダイスを、思う存分食べてまっさらな土地にしましょうよ!

アリスは、そう言うが早いか、すぐにがれきに向かって走り出した。

パティスリーの冷たい視線を全く感じることなく、床や壁、その他城にあった様々なお菓子を、アリスは次々と口の中に入れたのだった。


モンキも早く早くーっ!
オイオイ、冒険が終わるという感動は、オイラとアリスの中にはないのかよ!

ありますよー!


だって、そもそものスタートが「お菓子のお城でお菓子をいっぱい食べる」だったじゃないですか。

ゴールにたどり着く終わり方だって、立派な冒険だと思います!

ま、まぁな……。


オイラもそう言われたら、思う存分食べないといけないな。

いただきまーす!

アリスとモンキは、時間の経つのも忘れて、お菓子のお城そのものを食べに食べた。

夕陽に照らされる少女とサルの嬉しそうな笑顔は、いつもながらにお気楽な明日を映し出しているように見える。

やっぱり、お菓子バカと食いしん坊のサルだったね……。

~~~~~~~~~~~~~~



翌日アリスは「オメガピース」に戻り、いつもの兵士棟706号室に入った。

その部屋の奥には、トライブ以外のよく見る人物の人影が見えた。

アリス、来なさい。

アッシュが待ってるわよ。

えっ……!


まさか私の冒険がエンディングを迎えられたことを、愛しのライフルマスター様からハグで祝ってもらえるんですかー?

お前は、ハグどころかビンタだ。

その声と同時に、窓際にいたアッシュがアリスのところに大股で近づき、アリスと手と手が触れ合うところで止まった。


ようやく事の深刻さに気が付いたアリスは、一歩、また一歩と後ろに下がろうとするが、それでも思い切ってこう切り出した。

私は、お菓子のお城とお花のお城の両方に、平和をもたらしたんです。

きっと、私じゃなかったらできなかったかもしれません。

それはない。


お菓子のお城を滅ぼしたのはお前だという認識で、オメガピースの中では伝わってる。

お菓子のお城が、とか言ってたから、気になってそっちの方向に行ったわ。


そうしたら、偶然見ちゃったのよ。

アリスが壊れたお城を一生懸命食べてる姿を。

えーーっ!



……終わった。

アリスは、トライブに向けて死んだような表情を浮かべた。

それでも、アッシュの表情が動くことはなかった。

どうだ、お菓子の城はおいしかったか?

はい……。

ほとんどお菓子でできてるので、ものすごくおいしかったです……。

それはよかった。お前にしては、至福の一時だっただろう。


だがな、俺が最初に言ったのは、そのお菓子の城でパティシエの修行を積むことだったはずだ。

それに、トライブの手を借りるなと言ったにもかかわらず、ボスモンキーはトライブが倒した。


ミッションとしては、失敗だ。

つまり、私とライフルマスターの関係は……。

現状維持、と言ったところか。


ただ、これだけは忘れないで欲しい。

お前は一人でお菓子の城の運命を動かし続けた、とソフィアが言っていた。

ドジなことをするお前も、それだけの人間ではない。


お前はもっと、自信を持ってこの冒険を語っていいんだぞ。

アッシュは、アリスの茶髪の上に右手をポンと置き、そのサラサラな髪を軽く撫でた。

アリスの目が、自然とアッシュの顔を見つめる。


恋はまだ実りそうにないが、アリスのことを認めようとしていることだけは確かだった。



照れを隠しながら、アリスはアッシュにはっきりと告げた。

私……、やっぱり少しだけ大きくなったんですね。

あぁ。

アリスとアッシュは、同時にうなずいた。

それが決して、アリスのおなかの話ではないことを、本人がはっきりと確信したのはその時だった。



愛しのライフルマスターに追いつくためのアリスの冒険は、これからも続く……。

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登場人物紹介

アリス・ガーデンス


15歳

軍事組織「オメガピース」にいるのに、戦いもせずにお菓子ばかり食べる女の子。何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。一応、銃使い兼魔術師。アッシュに片思い中!

モン・キホーテ(モンキ)


人食いサル。ひょんなきっかけからアリスの冒険に付いて行くことに。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。暗い性格が仇となり、イケメンなのに恋愛経験がほぼ皆無。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。今回、何故かアリスの保護者として不思議な世界について行くことに。

トライブ・ランスロット


25歳/ソードマスター

女剣士。またの名を「クィーン・オブ・ソード」。最強。

ケーキの妖精 パティスリー


5歳

お菓子のお城に住む妖精。クリームとブルーベリーとクランベリーでできている。

デビルラフレシア


草なのに兜をかぶっている、奇妙な植物「ラフレシア」のトップ。

竜巻を起こして、ある一定の生命を襲っているらしい。

ボスモンキー


その名の通り、サル山のボス。

言うまでもなく、モンキのボス。

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