ホワイトデーのホワイトは顔面蒼白の白

文字数 1,936文字

今日は3月14日、ホワイトデー。


バレンタインにお菓子やプレゼントをもらった人が、ありがとうの気持ちを伝える日。

男子から女子に対する「告白返し」という意味合いもある。


最強の銃使いアッシュは、慣れないクッキーを、このホワイトデーの為に部屋で焼いていた。

手先が器用と言われる俺でも、普段滅多に料理をしないと、さすがに不得手だな。

アッシュは、自分の間隔でクッキーがオーブンで焼きあがるまでの時間を数えた。

それが0になったとき、ちょうどオーブンのタイマーが鳴り響いた。


中を開き、下ごしらえから丁寧に作ったクッキーを、アッシュは覗く。

思っていた以上の出来栄えに、その匂いをも鼻で嗅ぐほどだった。

香ばしい……。


あとは、ホワイトデーのために包んで、リボンをしよう。

なるべく、外の空気に当てる時間を短くしたほうがいいに決まっている。

その時だった。


アッシュの部屋のドアのほうから、メガホンで拡声されたような声が聞こえた。

いや、声というよりサイレンみたいなトーンと言ってもいい。

こ~の~に~お~い~を~嗅~が~せ~て~く~だ~さ~~~~~い!

来たか……。


来てしまったか……。

ドアの向こうに待っているのは、お菓子の匂いがするだけで簡単に飛びついてくる少女、アリスであることに間違いない。


既に「オメガピース」兵士棟806号室から漂ってくる香ばしい空気だけは、かき消すことができない。

おそらく、最近少し暖かくなって、下の706号室の窓を開けていたアリスが、その匂いに感づいてしまったのだろう。

さすがに、ホワイトデーにまでアリスにクッキーを横取りされてたまるか。

アッシュは、出来上がったクッキーを急いで袋に包み、リボンを施して、アッシュがギリギリ手の届く高さの棚に載せた。

そして、ドアを開いた。

俺の匂いに気付いてしまったようだな。

はい。


だって、愛しのライフルマスターが作るクッキーを、一人占めしないわけにはいかないじゃないですか!

一人占め……、だと?

一人占めしたいんです。


だって、このクッキーはライフルマスターが私のために一生懸命作ってくれた、大事な大事なホワイトデーのプレゼントじゃないですかー。

アッシュの目の前で、アリスはきゃっきゃしている。

この部屋にあるクッキーを、アリスがその目と匂いで追いかけているようで、何とも気持ちの悪い目つきすら、アッシュには見えた。


アッシュは、一度うなずいて、きっぱりと言った。

アリス。


俺の作ったクッキーはお前の分ではない。

もしお前のためにクッキーを作るのなら、ホワイトデーじゃなくても作っているはずだ。

お前に催促される形でな。

あー……。


たしかに、それ言えるかも知れませんね。

でも、私じゃなかったら誰にあげるんですか?


まさか、アッシュ・ライフルマスターに片思い中の私をがっかりさせるような相手じゃないですよねっ!

アリスは、そう言うとアッシュの体にぴったりとくっついた。

そして、右手の親指と人差し指でアッシュの服をつまみ、勢いよく手前に引っ張った。

離せっ!


こんな大事な恋愛イベントの時に、本命よりも気を遣うことになるお前の相手など、できない。

このクッキーは、トライブにやる。

やっぱりいいいいっ!

アリスは、その足で床を何度も叩きつけた。

すると、その音にかき消されて雰囲気が伝わらなかったのか、直後にアリスの目の前に影ができた。



振り返った。


ソードマスターだった。

いいクッキーが上がったようね。

だいぶ前に私がリクエストした形かしら?

あぁ。


俺のことを、それでも大事にしてくれるトライブは、バレンタインの時から絶対にお返しをしようと思っていたくらいだからな。

勿論、完成品はできている。

ありがとう。


あそこの棚に載っているのが、そう?

そうだ。


アリスの手が届かない位置に置くしかなかったからな。

これが、お前のためのものだ。アリスには食わせるな。

えーーーっ!

アリスは、じたばたしながら、アッシュの手からトライブの手に渡っていくクッキーをわしづかみにしようとした。

だが、「最強の戦士」二人の素早い動きを止めることはできなかった。

すぐさまトライブは、持ってきたバッグにしまい、しっかりとチャックを閉めた。

アッシュ、ありがとう。


来年のホワイトデーも期待しているから。

落ち着いた表情で部屋を去るトライブの後ろ姿を、アリスは黙って見つめるしかなかった。


それでも、アリスはアッシュに何とか向き直って、そっと確かめた。

崩れているんでいいんです。

少し色が変わっているところでもいいんです。


私に、ライフルマスターの作ったクッキーを下さい。

ない。

そう言って、アッシュはドアを閉じた。

その向こうで、アリスが死んだような声で「ライフルマスターあああああ!」と叫んでいるのが、アッシュにははっきりと聞いて分かった。

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登場人物紹介

アリス・ガーデンス


15歳

軍事組織「オメガピース」にいるのに、戦いもせずにお菓子ばかり食べる女の子。何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。一応、銃使い兼魔術師。アッシュに片思い中!

モン・キホーテ(モンキ)


人食いサル。ひょんなきっかけからアリスの冒険に付いて行くことに。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。暗い性格が仇となり、イケメンなのに恋愛経験がほぼ皆無。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。今回、何故かアリスの保護者として不思議な世界について行くことに。

トライブ・ランスロット


25歳/ソードマスター

女剣士。またの名を「クィーン・オブ・ソード」。最強。

ケーキの妖精 パティスリー


5歳

お菓子のお城に住む妖精。クリームとブルーベリーとクランベリーでできている。

デビルラフレシア


草なのに兜をかぶっている、奇妙な植物「ラフレシア」のトップ。

竜巻を起こして、ある一定の生命を襲っているらしい。

ボスモンキー


その名の通り、サル山のボス。

言うまでもなく、モンキのボス。

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