ホワイトデーのホワイトは顔面蒼白の白
文字数 1,936文字
今日は3月14日、ホワイトデー。
バレンタインにお菓子やプレゼントをもらった人が、ありがとうの気持ちを伝える日。
男子から女子に対する「告白返し」という意味合いもある。
最強の銃使いアッシュは、慣れないクッキーを、このホワイトデーの為に部屋で焼いていた。
アッシュは、自分の間隔でクッキーがオーブンで焼きあがるまでの時間を数えた。
それが0になったとき、ちょうどオーブンのタイマーが鳴り響いた。
中を開き、下ごしらえから丁寧に作ったクッキーを、アッシュは覗く。
思っていた以上の出来栄えに、その匂いをも鼻で嗅ぐほどだった。
その時だった。
アッシュの部屋のドアのほうから、メガホンで拡声されたような声が聞こえた。
いや、声というよりサイレンみたいなトーンと言ってもいい。
ドアの向こうに待っているのは、お菓子の匂いがするだけで簡単に飛びついてくる少女、アリスであることに間違いない。
既に「オメガピース」兵士棟806号室から漂ってくる香ばしい空気だけは、かき消すことができない。
おそらく、最近少し暖かくなって、下の706号室の窓を開けていたアリスが、その匂いに感づいてしまったのだろう。
アッシュは、出来上がったクッキーを急いで袋に包み、リボンを施して、アッシュがギリギリ手の届く高さの棚に載せた。
そして、ドアを開いた。
アッシュの目の前で、アリスはきゃっきゃしている。
この部屋にあるクッキーを、アリスがその目と匂いで追いかけているようで、何とも気持ちの悪い目つきすら、アッシュには見えた。
アッシュは、一度うなずいて、きっぱりと言った。
アリスは、そう言うとアッシュの体にぴったりとくっついた。
そして、右手の親指と人差し指でアッシュの服をつまみ、勢いよく手前に引っ張った。
アリスは、その足で床を何度も叩きつけた。
すると、その音にかき消されて雰囲気が伝わらなかったのか、直後にアリスの目の前に影ができた。
振り返った。
ソードマスターだった。
アリスは、じたばたしながら、アッシュの手からトライブの手に渡っていくクッキーをわしづかみにしようとした。
だが、「最強の戦士」二人の素早い動きを止めることはできなかった。
すぐさまトライブは、持ってきたバッグにしまい、しっかりとチャックを閉めた。
落ち着いた表情で部屋を去るトライブの後ろ姿を、アリスは黙って見つめるしかなかった。
それでも、アリスはアッシュに何とか向き直って、そっと確かめた。
そう言って、アッシュはドアを閉じた。
その向こうで、アリスが死んだような声で「ライフルマスターあああああ!」と叫んでいるのが、アッシュにははっきりと聞いて分かった。