第7章 -  3 顛末(9)

文字数 1,048文字

 3 顛末(9)



「りょう、ちゃん……」
 吐息に混ざって掠れていたが、
「ありが……とう」
 それでもちゃんと優衣の声だ。
 涼太は慌てて涙を拭い、優衣の顔に目を向ける。
「見えるか? ほら、富士山だぞ、富士山が見えるぞ!」
「うん、見える……ありが……」  
 そこで途切れて、すぐに吐息だけが後に続いた。
 そしてそれが、優衣の最後の言葉となる。
 その後すぐに身体がガクッと揺れて、彼女の吐息もフッと消えた。
 呼吸のたびに脇腹に感じた微かな動きがなくなって、消えた吐息も戻ってこない。
 優衣が死んだ。
 きっとそうなんだろうと、涼太もすぐに知ったのだ。
 それからほんのひと呼吸、辺りは静寂に包まれる。

 優衣が死んだ。
 死んでしまった。

 正面を見据え、そんなことを何度か思った。
 ――これから、どうしよう……?
 優衣がいなくなってのことか?
 それともたった今からのことなのか?
 そんなことさえわからないまま、涼太が優衣の顔へと目を向けた時、そこで初めてすべてを悟ってしまうのだった。

 二度と、彼女は笑わない。
 話をすることもできないし、喧嘩することだって叶わない。

 いくらいい成績を取ろうとも、優衣は褒めてはくれないし、医者になったところで救う相手がもういないのだ。

 結婚しよう。
 そう告げた自分は確かにいたが、そうしたかった相手は息さえしていなかった。
 優衣は今頃、この辺を彷徨い、ぽっかり浮かんでいたりするのか?
 声を出せば、それは彼女の耳にも届くだろうか? 
「優衣……」
 腕にある優衣へではなく、どこかへ向けた声だった。
「優衣よお」
 きっとまだ、この辺にいるのなら、ほんの少しでいいから何か反応して欲しい。
 そんなことを心に念じ、彼は彼女の名前をただただ呼んだ。
「優衣よお! 優衣よお!」
 声は次第に大きくなって、辺り一面に響き渡った。
「優衣よお! 優衣よお! なあ、優衣よお!」
 声は震え、言葉ははっきり聞き取れない。
 しかし優衣への声は響き渡った。
 天へと昇っていく優衣に向け、彼は声の限りに叫び続ける。
 それが突然、ピタッと止まった。
 秀幸が、後ろから涼太を力一杯抱きしめていた。
 己の身体を震わせながら、彼も必死に涼太へ告げる。
「ありがとう! 涼太くん、本当に、ありがとう!」
「優衣、お父さんが来たよ。だからさ、もう起きてくれよ、なあ、優衣よお」
「もう、いいんだ、涼太くん、本当に、もう……」
「優衣よお、起きろって、目を覚ましてくれって!」
「涼太、くん……」
「優衣! 起きろ! 目を覚ませってえ!」
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