第5章 - 4 富士山(6)
文字数 1,336文字
4 富士山(6)
それから謙治に抱えられながら、やっとのことで改札脇のベンチに腰を降ろした。
そうして立ったまま、何か言いたそうにしている謙治に向かって、
「ただの、筋肉痛だから……」
涼太はそう呟いて、下を向いたまま、ぶっきらぼうに続けて言った。
「だから、先に帰っててくれよ」
ところが謙治は帰らない。
それどころか、
「まあ、そう言うな……」
なんてことを呟いたと思ったら、さっさと涼太の隣に座り込んでしまった。
「おまえ最近、ずいぶん真面目にやってるんだって?」
突然そんなことを口にして、それでも正面を見つめたまま。
そうしてしばらく経ってから、涼太を覗き込むようにして再び言った。
「どういう、心境の変化なんだ?」
「別に、俺は、何も変わってないよ」
「いくらなんでも、その答えは受け入れられんな。だいたい見た目がぜんぜん違う。さっきだって、まさかおまえが、わたしの目の前に座ってるだなんて、立ち上がるまで、父さんはぜんぜん判らなかったぞ」
再びまっすぐ前を向いて、謙治は少し照れたような顔をした。
だらしない――父親から見ればだが――服装に茶髪だった息子が、洗いざらしの頭にトレッキングシューズを履き、自分の目の前で寝こけていた。
「それにだ、それじゃあまるで、普通の高校生みたいじゃないか?」
そんな父親の言葉に、涼太がそこで初めて顔を上げた。
「俺はもともと、普通の高校生だよ」
「そうか、普通の高校生か……ありがたい、そうあってくれるのが、一番だ」
そう言ってから、謙治は唐突に立ち上がった。
そして、「歩けるか」と声を掛け、膝の上にあった涼太の登山リュックに手を伸ばす。
それから二人は、普段なら十数分の道のりを三十分かけて帰宅した。
「医者にはさ、無理にならなくたって構わんよ、だからな、おまえさんが本当にやりたいことを見つけて、それに向かってがんばりなさい」
ずっと黙り込んでいた謙治が、途中唯一そんなことを言ってくる。
「悔いの残らぬよう真剣に生きてくれ、そうしてくれれば、母さんと父さんは、それでいいから……」
さらに独り言のようにそう続け、彼は再び押し黙ってしまった。
しかしそんな謙治のひと言が、意外なほどに涼太の心に突き刺さるのだ。
高尾山での別れ際、優衣は涙を流して喜んでいた。
背負い切った彼を前にして、潤んだ目にその喜びを一杯にした。
本当のところ、たかが高尾山に登っただけだ。
なのに、たったそれだけのことで、彼女は人生一つ分手に入れたような喜びを見せる。
今この時、そんな優衣の姿を思い出し、涼太は痛烈に思い知った。
――これまで、いかに安易に生きてきたか……。
優衣と出会っていなければ、こんなことを思うことなどなかったろう。
さらにきっと、一般的な高校生であったなら、考えないのが普通であろうと思うのだ。
しかし彼は兄を失って、命の尊さを一度は知った。
それからは、様々な思いを胸に過ごしていたはずなのに、いつの間にか拗ねたようになって、意味ない日々を過ごすようになっていた。
――俺は今、彼女に何を、してやれるんだろう?
何かきっと、自分にだってできることがあるはずだ。
そんなことを考えているうちに、彼はあっという間に眠りに落ちた。
それから謙治に抱えられながら、やっとのことで改札脇のベンチに腰を降ろした。
そうして立ったまま、何か言いたそうにしている謙治に向かって、
「ただの、筋肉痛だから……」
涼太はそう呟いて、下を向いたまま、ぶっきらぼうに続けて言った。
「だから、先に帰っててくれよ」
ところが謙治は帰らない。
それどころか、
「まあ、そう言うな……」
なんてことを呟いたと思ったら、さっさと涼太の隣に座り込んでしまった。
「おまえ最近、ずいぶん真面目にやってるんだって?」
突然そんなことを口にして、それでも正面を見つめたまま。
そうしてしばらく経ってから、涼太を覗き込むようにして再び言った。
「どういう、心境の変化なんだ?」
「別に、俺は、何も変わってないよ」
「いくらなんでも、その答えは受け入れられんな。だいたい見た目がぜんぜん違う。さっきだって、まさかおまえが、わたしの目の前に座ってるだなんて、立ち上がるまで、父さんはぜんぜん判らなかったぞ」
再びまっすぐ前を向いて、謙治は少し照れたような顔をした。
だらしない――父親から見ればだが――服装に茶髪だった息子が、洗いざらしの頭にトレッキングシューズを履き、自分の目の前で寝こけていた。
「それにだ、それじゃあまるで、普通の高校生みたいじゃないか?」
そんな父親の言葉に、涼太がそこで初めて顔を上げた。
「俺はもともと、普通の高校生だよ」
「そうか、普通の高校生か……ありがたい、そうあってくれるのが、一番だ」
そう言ってから、謙治は唐突に立ち上がった。
そして、「歩けるか」と声を掛け、膝の上にあった涼太の登山リュックに手を伸ばす。
それから二人は、普段なら十数分の道のりを三十分かけて帰宅した。
「医者にはさ、無理にならなくたって構わんよ、だからな、おまえさんが本当にやりたいことを見つけて、それに向かってがんばりなさい」
ずっと黙り込んでいた謙治が、途中唯一そんなことを言ってくる。
「悔いの残らぬよう真剣に生きてくれ、そうしてくれれば、母さんと父さんは、それでいいから……」
さらに独り言のようにそう続け、彼は再び押し黙ってしまった。
しかしそんな謙治のひと言が、意外なほどに涼太の心に突き刺さるのだ。
高尾山での別れ際、優衣は涙を流して喜んでいた。
背負い切った彼を前にして、潤んだ目にその喜びを一杯にした。
本当のところ、たかが高尾山に登っただけだ。
なのに、たったそれだけのことで、彼女は人生一つ分手に入れたような喜びを見せる。
今この時、そんな優衣の姿を思い出し、涼太は痛烈に思い知った。
――これまで、いかに安易に生きてきたか……。
優衣と出会っていなければ、こんなことを思うことなどなかったろう。
さらにきっと、一般的な高校生であったなら、考えないのが普通であろうと思うのだ。
しかし彼は兄を失って、命の尊さを一度は知った。
それからは、様々な思いを胸に過ごしていたはずなのに、いつの間にか拗ねたようになって、意味ない日々を過ごすようになっていた。
――俺は今、彼女に何を、してやれるんだろう?
何かきっと、自分にだってできることがあるはずだ。
そんなことを考えているうちに、彼はあっという間に眠りに落ちた。