第5章 -  3 援軍(3)

文字数 866文字

 3 援軍(3)



 聞かなかったことにさせていただく。
 そう言い切った担当の医師に頼み込み、涼太は相談を持ち掛けていた。
「普通に登って行けば、きっと数分で息が上がる。慎重に、ゆっくりゆっくり上がっていったとしても、恐らく今の状態なら、持って十分がいいところでしょう。呼吸が辛そうになれば、もうそこからは歩かせては絶対にダメ……」
 そう告げられた日から、彼はすぐにトレーニングを開始した。
 歩かせてはダメ――そんな言葉を無視すれば、それはすなわち発作を起こすということだ。
 だから、それでも山頂へ向かうなら、優衣を背負って登るしかない。
 そんな覚悟を決めてから、彼は計四キロの重しを両足首に付け、毎朝一時間のジョギングを始めた。
 それから重しを外さず学校へ行き、体育の授業以外はそのままで過ごす。
 帰ったら帰ったで、二十キロあろうかという石をバッグに詰め込み、背負って近所の坂道を登ったり下ったり繰り返す。
 そうして最後の仕上げは、百段以上ある神社の階段の往復だ。
 そんなこんなで三日目には、立ち上がるのもひと苦労という状態となった。
 しかしそれでも、彼は筋肉痛をものともせずに、もっと負荷のある訓練を己に課した。
 さらにそんなのと平行して、実際に高尾山へも何度も登った。
 土曜日は学校帰りに一人で行って、日曜日には必ず誰かに付き添ってもらい、その付添人を背負って登る。
 もちろんケーブルカーを使わずにだ。
 初めての日曜日には、比較的小柄である夏川師長に付き合ってもらった。
 ところが登り始めて十分と続かない。
 何度も休憩を繰り返し、それでも結局、半分も行かないところでダウンしてしまった。
 結果、九回に及ぶチャレンジで、彼が山頂まで辿り着けたのは最後のたった二回だけ。
 その二回も帰りはまさにガタガタで、半分も下ったところで座り込み、彼はしばらく動けずにいた。
 だからきっと、往路だけならなんとかなる。
 そして不安だった復路についても、実際優衣を背負ってみて、
 ――ケーブル乗り場までなら、きっと大丈夫だ。
 なんていう気になれていた。
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