第7章 -  3 顛末(7)

文字数 589文字

 3 顛末(7)
 


 きっともうすぐさっきの老婆が現れて、そうこうしているうちに救急車がやってくる。
 そうなれば、二度と富士山を見に行くチャンスは来ないだろうし、ここまでやってきたことは優衣の命を削っただけということだ。
「くそっ」
 富士山なんてどこからだって見える。
「くそっくそっ」
 なのにそんな望みも叶えてやれない……。
 悔しい以上に腹が立ち、涼太は再び叫ぶのだった。
「くそっおー!」
 そのまま優衣の身体に顔を寄せ、何かを言おうとした時だった。
 その時突然、
 ――え?
 耳元で、何かがきっと囁いた。
 彼は慌てて顔を上げ、そのまま優衣の顔に目を向ける。
 そして彼女の口元へ、己の耳を触れるくらいにまで近付けた。
 ――優衣!
 心に思うそんな言葉も封じ込め、彼は必死に優衣の吐息を聞いたのだった。
 するとすぐ、優衣は息を吸いながら、
 「りょ、う……」
 と確かに声にする。
 それから続いて吐き出す息に、いつもの声が混ざって聞こえた。
「りょう、ちゃん……」
 慌てて顔を上げれば、優衣が微かに目を開けて、涼太の顔を見つめているのだ。
「優衣、大丈夫か? もうすぐだ、もうすぐなんだよ!」
 彼はそれだけ言って、すぐに優衣へと背中を向ける。
 朦朧とした意識の中で、彼女も彼の背中にすがり付こう必死に動いた。
 そうしてなんとか背負いきり、彼は顔を何度も片手で拭い、再び富士見坂を目指して歩き始める。
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