第3章  -   4  変化(2)

文字数 1,348文字

 4  変化(2)
 


 それから昼過ぎまで病院にいて、また来るからと名残惜しそうに帰っていった。 
 そうして午後一時頃、扉が音を立てずにゆっくり開き、涼太がコソッと顔を出した。
 もちろんその前には耳をそば立て、扉の外から中の様子をしっかり窺う。それで声がしないようなら、恐る恐る扉を開けて、ちょっとずつ顔を差し入れていくのだ。
 ――さっきのって、誰? 
 やっとそう思えたのは、トイレの個室で唸っている時だった。もちろんあっという間に答えは浮かぶが、状況が状況だけにそこでは何も思わなかった。
 ところが家に帰った頃から、だんだん怖くなっていく。
 よりにもよって、酔っ払っているところでだ。
 万一わからなかったとしても、どう考えたってあの態度はまずいと思うし、とうぜん向こうだってそう思ってるだろう。
 ――今度会ったら、何を言われるかわかったもんじゃない!
 そんなことばかりが気になって、彼は土曜日一日考えた。
 そうして出た結論がこれで、
 ――お袋さんには絶対会わない。
 その為には、優衣の協力がどうしたって必要だ。
 だから彼は真っ先に、そのことを優衣に向かって告げようとした。
 ところがだ。「よ、元気?」なんて声を掛けてから、「あのさ」と言おうとした直前に、優衣がさっさと言ってきたのだ。
「ねえ、いい考えがあるんだけど、聞いてくれる?」
 彼はこれまで、訪れる時間を特には決めていなかった。
 平日は学校帰りに寄っていたし、休みの日はだいたい午後から顔を出した。
 ところが創立記念日で、学校が休みとなっていた日、優衣を驚かそうと午前中にやってきて、そうして結果、優衣の母親と出会ったしまった。
「そんな時にね、お母さんがいる時にはね、これをね、こうしておくから」
 優衣は小さな人形を手に持って、それを窓へと押し付けた。すると吸盤でも付いているのか、人形は窓にぴったりくっ付いたまま離れない。
「こうなっているときは、ここに誰かがいるってサインだから……」
 後は裏側に回り込み、病室の窓を見上げればいい。
「お父さんはね、日曜日の午後にしてもらったから、そうすれば涼太くん、サッカーの練習に行けるでしょ?」
 最近、近所にできたサッカーチームに入ってみたいと、涼太がボソッと口にしたのだ。
 それは社会人中心の集まりで、毎週日曜の午後に集まっているらしい。
「俺の兄ちゃんと同級生だった人が入ってて、やらないかって、誘ってくれたんだけど、俺、サッカー下手じゃん。でも、やってみたいってなあってね、気持ちもちょっとはあったりしてさ……」
 そんな言葉に、絶対やった方がいいと優衣は言い、
「涼太くんの出てる試合とか、見れちゃったりするのかなあ?」
 なんてことまで笑顔で告げた。
「そりゃあ、ずっと先の話だよ、試合に出るなんて、もっともっとうまくならなきゃさ」
「でも、練習してるところなら、見に行ってもいいでしょ?」
「そりゃいいけどさ、つまんないだろ? 練習してるとこなんて」
 すると優衣は慌てて、顔を何度も左右へ振った。
 それから涼太は、酒のせいで散々な目に遭ったことを面白おかしく話して聞かせ、一方優衣の方も、母親とのことを話半分にだが報告したりする。
 二人の時間はあっという間に過ぎ去って、まもなく四時にという頃だった。 
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