第7章 -  3 顛末(6)

文字数 642文字

 3 顛末(6)



「救急車呼ばんといけんやろ?」
「いや、だから、大丈夫ですって!」
「いいから、いいから、すぐに呼んじゃるけんね」
 そう言いながら、老婆はさっさと背を向ける。そしてそのまま二、三メートル先にある門に入って、あっという間に見えなくなった。
 ここで救急車を呼ばれてしまえば、何を言ったところできっと病院へ逆戻りとなる。
 そう思って焦れば焦るほど、どうにも上手くいかないのだ。
 とうとう彼は、彼女の身体を両腿に乗せて、そのまま一気に立ち上がろうとする。
 優衣の背中と腰辺りに両膝を入れ、そのまま一気に力を込めた。
 そうして次の瞬間だ。
 やった! と思った時には、しっかり優衣を抱えて立っている。
 ところがすぐに、彼女の右脚がほんの少しだけ手の中で滑った。
 あっと思ってその体勢を前屈みしたのだが、それが大きな間違いだった。
 優衣の身体までが左手から離れ、そのまま地面までずり落ちてしまった。
「なんでだよ……」
 思わず、声になっていた。
「どうして、こうなるんだよ……」
 優衣の上半身だけを右手で支え、彼は誰にいうでもなく呟いたのだ。
「誰か、助けてください……」
 ――俺一人の力じゃ
「誰か、力を貸してください!」
 ――もう、どうしようもないんだ。
「お願いです! 誰か、力を貸してください!」
 上を向き、それは精一杯の大声だった。
 しかし辺りは静まり返ったままで、彼の叫びも呆気なく消え去る。
 ――頼む、誰か、助けてくれよ……。
 涼太は目から涙が溢れ、半開きの口元がワナワナと震えた。
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