第2章 - 3 過去(3)
文字数 1,194文字
3 過去(3)
「あの程度の時間で上手くなるわけがないだろう? お兄ちゃんが毎日、どれくらいの時間サッカーしていたか、涼太は知らないんだよ。一日でできなきゃ一週間、一週間でダメならひと月、一年、頑張るんだ。そうしていけば、誰だって絶対うまくなるさ、だからがんばれ、お兄ちゃんはちゃんと見ててやるからさ……」
――あなたのお兄さんも、一緒だったと思うのよ。
そうして彼は再び頑張るのだが、何度やっても二度と続かず、それでも懸命にサッカーボールを蹴ったのだ。
そんなことから三日目の日曜日、涼太は午前中から兄の病室へやってくる。
と言っても病室にいたのはほんのわずかな時間だけで、彼はすぐにサッカーボールを手にして表の広場へ出ていった。
昼は雄一の隣で菓子パンをかじり、すぐにまた表でボールを蹴り出す。
きっとそんな集中が良かったのだろう。あっという間に二度目が続くようになり、三度目も何度か成功するようになる。彼は嬉しそうな顔で病室の兄へ手を振って、雄一は雄一で、両手で返事を返すのだった。
――十回を目指せ!
そんな感じに両腕を上げて、十本の指を大きく開いて見せた。
そうしてそのすぐ後に、彼は初めて五回目を達成。見てくれた!? 慌ててそんな顔を病室に向けるが、さっきまであった顔がそこにない。
二階の窓から覗いていた雄一が、いつの間にか消え失せていた。
トイレにでも行ったのか? 彼は素直にそう思い、再びボールを蹴り始めた。
ところがまるでそうじゃなかった。
彼がボールを蹴っている間に、雄一はいきなり気を失い、それから数時間で他界した。
「考えてみてよ、もしもお兄さんに、あなたという弟がいなかったら、きっとそんな時間はなかったでしょうしね。この間、お母さんも言ってたわ。あなたのお陰で、お兄さんがどんなにか救われていたかってね」
救いになっていた……などとは到底思えなかった。
兄自身がどの程度、自分の状態を知っていたかにもよるのだろうが、そう言われてみれば、涼太との時間があった分、思い悩む時間は少なかったろうとは思うのだ。
「彼女ね、病室であなたのことを見てるのよ。だからお願い、もう少しだけ、付き合ってもらえないかしら?」
「俺がサッカーボール蹴ったからって、どうしてそいつの助けになんかなるんだよ」
「そうね、もしかしたら、なんにもならないのかもしれないわね……」
それでも、可能性はゼロじゃないからと、
「きっとね、お兄さんも天国から、応援してくれていると思うわよ」
夏川麻衣子がそう告げた途端、涼太はいきなり席を立った。
意味わかんねえ! 心で何度もそう呟きながら、出されたコーヒーに手を付けることなく出ていってしまった。
これでダメなら仕方がない。
それでも言ってしまった方が良かったか?
そんなふうに思いながらも、麻衣子はなんとかなるんじゃないかと心のどこかで思っていたのだ。
「あの程度の時間で上手くなるわけがないだろう? お兄ちゃんが毎日、どれくらいの時間サッカーしていたか、涼太は知らないんだよ。一日でできなきゃ一週間、一週間でダメならひと月、一年、頑張るんだ。そうしていけば、誰だって絶対うまくなるさ、だからがんばれ、お兄ちゃんはちゃんと見ててやるからさ……」
――あなたのお兄さんも、一緒だったと思うのよ。
そうして彼は再び頑張るのだが、何度やっても二度と続かず、それでも懸命にサッカーボールを蹴ったのだ。
そんなことから三日目の日曜日、涼太は午前中から兄の病室へやってくる。
と言っても病室にいたのはほんのわずかな時間だけで、彼はすぐにサッカーボールを手にして表の広場へ出ていった。
昼は雄一の隣で菓子パンをかじり、すぐにまた表でボールを蹴り出す。
きっとそんな集中が良かったのだろう。あっという間に二度目が続くようになり、三度目も何度か成功するようになる。彼は嬉しそうな顔で病室の兄へ手を振って、雄一は雄一で、両手で返事を返すのだった。
――十回を目指せ!
そんな感じに両腕を上げて、十本の指を大きく開いて見せた。
そうしてそのすぐ後に、彼は初めて五回目を達成。見てくれた!? 慌ててそんな顔を病室に向けるが、さっきまであった顔がそこにない。
二階の窓から覗いていた雄一が、いつの間にか消え失せていた。
トイレにでも行ったのか? 彼は素直にそう思い、再びボールを蹴り始めた。
ところがまるでそうじゃなかった。
彼がボールを蹴っている間に、雄一はいきなり気を失い、それから数時間で他界した。
「考えてみてよ、もしもお兄さんに、あなたという弟がいなかったら、きっとそんな時間はなかったでしょうしね。この間、お母さんも言ってたわ。あなたのお陰で、お兄さんがどんなにか救われていたかってね」
救いになっていた……などとは到底思えなかった。
兄自身がどの程度、自分の状態を知っていたかにもよるのだろうが、そう言われてみれば、涼太との時間があった分、思い悩む時間は少なかったろうとは思うのだ。
「彼女ね、病室であなたのことを見てるのよ。だからお願い、もう少しだけ、付き合ってもらえないかしら?」
「俺がサッカーボール蹴ったからって、どうしてそいつの助けになんかなるんだよ」
「そうね、もしかしたら、なんにもならないのかもしれないわね……」
それでも、可能性はゼロじゃないからと、
「きっとね、お兄さんも天国から、応援してくれていると思うわよ」
夏川麻衣子がそう告げた途端、涼太はいきなり席を立った。
意味わかんねえ! 心で何度もそう呟きながら、出されたコーヒーに手を付けることなく出ていってしまった。
これでダメなら仕方がない。
それでも言ってしまった方が良かったか?
そんなふうに思いながらも、麻衣子はなんとかなるんじゃないかと心のどこかで思っていたのだ。