第3章 -  2 余波(2)

文字数 1,029文字

 2 余波(2)



 最初は、テレビを見ていると思っていたのだ。
 だから嬉しそうに笑う声を聞いて、美穂は慌てて手にした扉を開けていた。
 ずいぶん嬉しそうじゃない? なんて言葉を言い掛け、視線をベッドに向けようとした時だった。
 え? と思って、実際、身体がほんの少しだけ後ろを向いた。そのままくるりと背を向けて、出ていけたならどんなによかったか……と思う。
 しかし時すでに遅しだった。
 優衣はしっかりこちらを向いて、驚きと困惑でその顔がもういっぱい。
 なのに肝心の顔はチラッと美穂を見ただけだ。すぐに優衣へと視線を戻し、黙ったまま身動き一切しないでいる。そうして、ふた呼吸したくらいでだ。
「じゃ、行くわ、俺……」
 と声にして、美穂の前をさっさと通って出て行ってしまった。
 最初はそれでも堪えていたのだ。
「お花、変えてくるわね」
 とだけ口にして、さっさと花瓶を取りに行きかける。ベッド脇の棚に近付いて、花瓶を抱えて出て行こうとした時だった。
「吉崎涼太って言うの」
 妙に明るい声が響いて、どうにもそこで動けなくなる。
 ――どうして今、そんなことわたしに言うのよ!
 そんな名前聞きたくない! と、どうにも抑えが効かなくなった。
 だから背中を向けたまま、美穂はそれでも必死に声を抑えて告げたのだった。
「どうせ、くだらない子なんでしょうね」
 その瞬間、優衣が何かを呟いたのだ。
 ――話したこともないのに。
 えっ……と思って、「なに?」と聞き返そうとする。
 それより先に、再び優衣の言葉が響き渡った。
「話したこともないのに、どうしてそんなことがわかるのよ!」
 そんな言葉に、美穂の理性が半分くらい砕け散る。
 気付けば優衣のそばまで歩み寄り、花瓶を抱えたまま声にしていた。
「あんな髪してて、挨拶もろくにできないってのは普通じゃないでしょ!」
「涼太くんはちゃんとしてるよ! 高校だって、ちゃんとしたところだもん!」
「どこの高校にでも、必ずいるのよ、クズってのはね!」
 きっと、この〝クズ〟って言葉が不味かったのだ。
 ――クズじゃないから!!
 そう聞こえたが、もしかしたら違ったのかもしれない。
 ただとにかく、耳をつんざくくらいの大声で、美穂は慌てて優衣の顔を見つめ直した。
 途端に「まずい!」と感じて、それで慌てて声を抑えて必死に告げる。
「もういいわ、この話は、また今度にしましょう」
 ――お願い、何も言い返さないで!
 心奥底でそう願い、美穂は慌てて優衣の病室から逃げ出したのだ。
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