終章 - 3 高尾山(7)

文字数 675文字

 3 高尾山(7)



「涼太! いるのか? 涼太! 涼太!」
 謙治の声が辺り一面に響き渡った。
 ちょうどその時、頂上手前の急な坂道に妻たちがいた。
 謙治の声は彼女らにもしっかり届き、二人は最後の力を振り絞る。
 坂道を一気に駆け上がり、懐中電灯の光目指して必死になって走り続けた。
 当然秀幸はすぐやってきて、謙治に向かって声にするのだ。
「何かあったんですか?」
 その時、謙治はすでに山へと続く暗闇に向け、必死に涼太の名前を呼んでいた。
 そして秀幸の声に向き直り、ベンチに懐中電灯を差し向けたのだ。
 ワンカップ大関に光を当てて、そうした理由を説明しようとした時だった。
 秀幸がまったく別の方へ顔を向け、ポカンと口を開けている。
 そんな仕草に、謙治も何かと思って視線を向けた。
 ところがそこにはなんにも見えない。
 昼間であれば草戸山辺りが遠くに見えるのだろうが、なんと言っても真っ暗闇なのだ。
 そんな暗がりへ目を向けて、何を驚いているのかと、謙治が声を掛けようとした時だ。
 彼が突然、大声を上げた。
「下か! 下なのか!?」
 と、いきなり叫んで、一気に石垣そばまで歩み寄る。
 懐中電灯を正面にかざし、そのままストンと下へ向けた。
 そこで叫んだ言葉を聞いて、謙治も慌てて彼の隣に歩み出るのだ。
「涼太くん! いるのか!? 涼太くん!」
 そんな声を聞きながら、謙治も石垣の上に片足を乗せ、その先に広がる暗がりに向け光を当てた。
――ここから、落ちたってことか?
 そう思いながら、彼はそこからゆっくり、秀幸の向ける光の円へ近付けたのだ。
 その瞬間、二人が同時に息を飲んだ。
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