終章 - 1 令和二年 三月 

文字数 705文字

 1 令和二年 三月 



「どうします? どの道で行きますか?」
「いや、きっと同じところを登ったはずです。だから、この先を右に、一号路を登っていきましょう」
「しかし、本当に、こんなところにいるんでしょうか?」
「さっきも申しましたが、確信があるわけではありません。それでも、毎年ここを訪れていたなら、きっと今日も、彼は絶対にきているはずだと思います……」
 しかしだからと言って、こんな時間にまだいるのかどうか、そこについては自信がないと彼は言った。
 答えていたのが優衣の父、秀幸で、もう一方が涼太の父親、謙治だった。
 永井秀幸と吉崎謙治が先を歩き、その数メートル後をその妻二人が付いていく。
 永井美穂はさっきから、吉崎真弓にいろいろ話しかけていた。
 しかし心ここにあらずなのだろう。
 曖昧な返事ばかりを繰り返し、それでも美穂は気にする様子をまるで見せない。
 そんな四人が顔を合わせるのは、もちろん今回が初めてだ。
 たった数時間前のこと。
 ちょうど夕食の買い物から帰ったばかりで、電話着信のメロディが響き渡った。
 真弓は慌ててスーパーの袋を床に置き、急いでリビングにある受話器を手に取った。
 涼太が独立してからは、滅多に電話も掛かってこない。
 どうせ〝セールスの電話〟か何かだろうと、彼女は名前を名乗らずに、ただ「はい」とだけ声にしていた。
 ところが予想外の電話の主に、真弓は慌てて何度もお辞儀を繰り返す。
 もちろんすぐにはわからなかった。
「沖縄の病院で、お世話になっていたものです」
 と言われてやっと、涼太の仕事場からだと理解した。
 そしてそこから語られた話は、真弓にとって寝耳に水、にわかには信じがたいことだった。
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