第2話 ゴンガの苦悩
文字数 2,025文字
「ヒノイシ。お前もこんな感じで見えているのか?」
『そうだな。むしろ、人間はそれを感じてはいなかったのだなあ。』
「表情とかでは、分かったが…こんなに変わるものなのか…。」
カチはアマノイシの言葉を思い出していた。『これから先、それ以上の力を身にまとう…』カチはだんだん自分自身が変わって行くのを、感じざるを得なかったのだ。
カチの中での方向性はおおよそ決まっていた。ミツやオングには悪いが「トステを滅ぼし、ナッカの下世界を一つにする。」カチの頭の中には、これが仲間や友達を守ることが出来る最善策だと思っていた。今後ナッカが軍事的にも政治的にも優勢になって行き、世界を一つにする事が大事だと。アマノイシが言うように「国を滅ぼさなければいけない」状況であれば、それしかないと思っていた。ガイダル達とは違い、自分達はお互いを知っている。今後の流れ次第で、あの二人も分かってくれるだろうと考えていた。それに、トステはやはり間違っているとカチは思った。人に神はいない。トステの考え方自体やめさせるべきだと確信していたのだ。
加えて、カチには個人的に思っていた事がある…。
『会う時は戦場だ。』
カチはオングにそう言って、オングはそれを引き受けた。カチは男同士の約束を果たしたかったのだ。既にオングへの憎しみは殆ど無かった。だが、それだけではない力を認めた人間だからこそ、勝負をしたかった…ナッカの男として生まれた
カチはまず、ゴンガに会おうと思っていた。カチはコルナスへ向かう際に、ゴンガから『帰ってきたらドガに入れ』と言われている。ドガへ入る為には二つ方法があり、兵士として名を上げるか、中将以上の推薦が必要だった。カチの場合、大将であるゴンガの推薦ですぐにでもドガに入る事は可能だろう。カチは自身の力を使う為にも、ドガ部隊に入る事は必要不可欠だと考えていた。
ゴンガの家に赴くと、ゴンガはとても喜んで家に入れてくれた。家の中には、ゴンガの奥さんと娘がおり、娘は人見知りなのか母親の後ろに指を加えて隠れていた。
「すまんな。ろくに挨拶も出来ない娘で…。」
「いやいや、可愛いなあ。五才位か?」
「ああ、そうだ。この子がいるから頑張れるよ…。」
そう言ったゴンガの顔は、少し寂しそうに見えた。寂しさはゴンガの持つ「熱」でもカチには伝わってきた。
「…ゴンガ、何かあったのか?」
「ん?あ、ああ…。昨日な…」
そこまで言うと、ゴンガは奥さんに目で部屋から出るよう合図をした。二人が出ていくと、ゴンガはため息をついて、話し始めた。
「…大将になんかなるんじゃなかったよ…。」
「え?」
「ムタイは俺を操る気だ。あいつらの命と引き換えにな…。」
ゴンガはカチに、ムタイは戦を望み、戦をするためにゴンガを操ろうとしている。言う事を聞かなければ妻や娘を亡き者にする腹だと伝えた。
話を聞いていたカチは黙っていたが、囲炉裏にくべた薪が、心なしか勢いを増して燃えているようだった…。
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「それは誠か?ネスロ中将。」
「誠にきまってるであろう。クナル元帥は、私に『もう戦はこりごりだ。死にたくない』と漏らしたのだ。」
「あのクナル元帥が?信じられん…。」
再度軍議が行われる前日、ネスロは兵舎にドガ達の何人かを集め、ひそひそと話をしていた。ネスロは表情豊かに、時には苦悶の表情を見せ、時には困ったような表情を見せながら、根も葉もない話をさもあるかの如く、ドガ達に話して聞かせていたのだった。
「私も信じられなかったが、もう引退したいとも言っておられたのだ。」
「なぜ、急にそんな事を…。」
「やはり、フーナの事が気がかりなのだろう…。」
ネスロは、悲しげな様子で語って見せた。フーナが行方をくらましていたのは、ネスロも知っていた。もともと旅芸人一座は一つの場所に留まる事は無いので、別に不思議ではなかったが、それをも利用して、クナルが腑抜けになった事にした方が都合が良かったのだ。ドガ達の疑念はネスロの思惑通りに運んでいた。
「女一人で、そうも変わる者なのか?」
「いやいや、分からんぞ。」
「そう言えば、丘の上で寂し気に笛を吹く元帥の姿を見たと、聞いたことがあるぞ。」
「それは、私も聞いたことがある。」
「やはり、元帥は…。」
後は、放っておけば良かった。噂など勝手に尾ひれ背びれがつくもの…。ネスロは、ムタイの指示通り、クナルを孤立させていけば良かったのである。