第2話 ゴンガの苦悩

文字数 2,025文字

カチが、スルナ山からナッカの首都メッキに戻って来た時、季節はもうすぐ春になろうとしていた。だが、カチは以前とは違う違和感を感じていた。道行く人間の「熱」…ただ単に体温という訳ではなく、その人の感情のようなもので、その中でも「怒り」「興奮」といったものは分かりやすく感じ取ることが出来ていた。

「ヒノイシ。お前もこんな感じで見えているのか?」
『そうだな。むしろ、人間はそれを感じてはいなかったのだなあ。』
「表情とかでは、分かったが…こんなに変わるものなのか…。」

カチはアマノイシの言葉を思い出していた。『これから先、それ以上の力を身にまとう…』カチはだんだん自分自身が変わって行くのを、感じざるを得なかったのだ。
カチの中での方向性はおおよそ決まっていた。ミツやオングには悪いが「トステを滅ぼし、ナッカの下世界を一つにする。」カチの頭の中には、これが仲間や友達を守ることが出来る最善策だと思っていた。今後ナッカが軍事的にも政治的にも優勢になって行き、世界を一つにする事が大事だと。アマノイシが言うように「国を滅ぼさなければいけない」状況であれば、それしかないと思っていた。ガイダル達とは違い、自分達はお互いを知っている。今後の流れ次第で、あの二人も分かってくれるだろうと考えていた。それに、トステはやはり間違っているとカチは思った。人に神はいない。トステの考え方自体やめさせるべきだと確信していたのだ。
加えて、カチには個人的に思っていた事がある…。

『会う時は戦場だ。』

カチはオングにそう言って、オングはそれを引き受けた。カチは男同士の約束を果たしたかったのだ。既にオングへの憎しみは殆ど無かった。だが、それだけではない力を認めた人間だからこそ、勝負をしたかった…ナッカの男として生まれた(さが)のようなものなのかも知れない…。

カチはまず、ゴンガに会おうと思っていた。カチはコルナスへ向かう際に、ゴンガから『帰ってきたらドガに入れ』と言われている。ドガへ入る為には二つ方法があり、兵士として名を上げるか、中将以上の推薦が必要だった。カチの場合、大将であるゴンガの推薦ですぐにでもドガに入る事は可能だろう。カチは自身の力を使う為にも、ドガ部隊に入る事は必要不可欠だと考えていた。

ゴンガの家に赴くと、ゴンガはとても喜んで家に入れてくれた。家の中には、ゴンガの奥さんと娘がおり、娘は人見知りなのか母親の後ろに指を加えて隠れていた。

「すまんな。ろくに挨拶も出来ない娘で…。」
「いやいや、可愛いなあ。五才位か?」
「ああ、そうだ。この子がいるから頑張れるよ…。」

そう言ったゴンガの顔は、少し寂しそうに見えた。寂しさはゴンガの持つ「熱」でもカチには伝わってきた。

「…ゴンガ、何かあったのか?」
「ん?あ、ああ…。昨日な…」

そこまで言うと、ゴンガは奥さんに目で部屋から出るよう合図をした。二人が出ていくと、ゴンガはため息をついて、話し始めた。

「…大将になんかなるんじゃなかったよ…。」
「え?」
「ムタイは俺を操る気だ。あいつらの命と引き換えにな…。」

ゴンガはカチに、ムタイは戦を望み、戦をするためにゴンガを操ろうとしている。言う事を聞かなければ妻や娘を亡き者にする腹だと伝えた。
話を聞いていたカチは黙っていたが、囲炉裏にくべた薪が、心なしか勢いを増して燃えているようだった…。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「それは誠か?ネスロ中将。」
「誠にきまってるであろう。クナル元帥は、私に『もう戦はこりごりだ。死にたくない』と漏らしたのだ。」
「あのクナル元帥が?信じられん…。」

再度軍議が行われる前日、ネスロは兵舎にドガ達の何人かを集め、ひそひそと話をしていた。ネスロは表情豊かに、時には苦悶の表情を見せ、時には困ったような表情を見せながら、根も葉もない話をさもあるかの如く、ドガ達に話して聞かせていたのだった。

「私も信じられなかったが、もう引退したいとも言っておられたのだ。」
「なぜ、急にそんな事を…。」
「やはり、フーナの事が気がかりなのだろう…。」

ネスロは、悲しげな様子で語って見せた。フーナが行方をくらましていたのは、ネスロも知っていた。もともと旅芸人一座は一つの場所に留まる事は無いので、別に不思議ではなかったが、それをも利用して、クナルが腑抜けになった事にした方が都合が良かったのだ。ドガ達の疑念はネスロの思惑通りに運んでいた。

「女一人で、そうも変わる者なのか?」
「いやいや、分からんぞ。」
「そう言えば、丘の上で寂し気に笛を吹く元帥の姿を見たと、聞いたことがあるぞ。」
「それは、私も聞いたことがある。」
「やはり、元帥は…。」

後は、放っておけば良かった。噂など勝手に尾ひれ背びれがつくもの…。ネスロは、ムタイの指示通り、クナルを孤立させていけば良かったのである。
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登場人物紹介

アマノイシ(創造の神)

ヒノイシ(火の神)

カチの目を持つ

ミズノイシ(水の神)

ミツの目を持つ

カゼノイシ(風の神)

フーナの目を持つ

ツチノイシ(土の神)

オングの目を持つ

カチ(ナッカ国のカチ)

・鍛冶職人。右目に眼帯をしている。

・左手の指を二本失う(第1章第3話)

・仕事仲間のヌイトをクイに殺される。(第1章第3話)

・ヒノイシと共にある。

ミツ(トステ国のミツ)

・着物の染め師

・トヌマ(クイ)に好意を持つ(第1章第5話)

・幼馴染のカイヤの夫ロトが戦で死亡(第1章第6話)

・妃マルナのお気に入り

・ミズノイシと共にある。

フーナ(ナッカ国のフーナ)

・旅芸人一座の担い手

・同じ舞い手のチルミがタズ将軍(ドガ)に殺される。(第1章第8話)

・クイを装い逃亡中

・カゼノイシと共にある

オング(トステ国のオング)

・クイであるが普段は炭鉱夫。

・トヌマとは知り合い。

・鍛冶職人虐殺に加担。ヌイトを殺害する。

・養子ノアを失う(第1章第12話)

・ツチノイシと共にある。

ゴンガ(ナッカ国)

カチの友人。大将に就任する。

クナル(ナッカ国)

ナッカ国元帥。

ムタイ(ナッカ国)

元大将

ネスロ(ナッカ)

中将でムタイの腹心の部下

デング(ナッカ国)

フーナのいる一座の座長。娘チルミをタズ将軍(ドガ)に殺される

トヌマ(トステ)

・クイでオングの知り合い。

・マルナの護衛。

マルナ(トステ)

天子スミナルの妃

カイヤ(トステ国)

ミツの幼馴染。夫(ロト)を戦で失う。

ガイダル(センゴク村)

センゴクに住む老婆。

グイダル(センゴク)

センゴクに住む老夫

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