第3話 ナッカ国のカチ③
文字数 2,538文字
カチは他にも潜んでいるかもしれないと辺りを探ったが、クイだとしたら無駄な事だと思い直した。彼らはそもそもトステの隠密部隊だと聞いている。気配を消すなど造作もない事だろう。だが、不意打ちではなく目の前に現れたという事は、確実にカチ達を仕留めることが出来ると確信しての行動だと感じた。カチとヌイトは丸腰だった。ナッカは戦の時以外、国内での剣の携帯は認められていない。同国の者は敵ではない、刀や槍は敵に向けるものであると、幼い頃から教え込まれている。敵もそれは知っている筈だった。そこに付け込めるスキがあるかもしれないとカチは考えを巡らせていた。
「お主が、棟梁のカチだな。」
鎌を持った男がカチに尋ねた。少し驚いたカチだったが、落ち着いてゆっくりと答えた。
「そうだが。目的は私か?」
「お前だけではない。鍛冶職人全てを葬る。お前は一番葬らねばならない人物だ。」
「何故だ?何故そんな事を?火事まで起こして…。」
「ナッカに武器を作らせないためだ。」
カチは時間稼ぎの為にわざとゆっくり喋っていたが、そのお陰でやっと理解が出来た。彼らは戦う人間ではなく、
戦うために必要な人間
を殺しに来たのだ。だから鍛冶職人が標的にされた…そう理解したと同時に寒気が襲う。全てを聞いた以上、確実に殺されると…。だが、時間稼ぎはカチの頭の中を整頓させ、この状況からの打開策を一つ見出していた。問題はヌイトが気付くかどうかだったが、賭けてみるしかなかった。鎌の男がカチに向け一歩踏み出した瞬間、カチはヌイトをチラッと見て合図を送る。ヌイトはその合図を理解し、お互いに反対方向に走り出した。二人の向かう先はそれぞれの鍛冶屋だった。そこには刀や槍がある。目的はそれを取りに行くことだった。
思ってもいなかった出来事にクイの二人は、一瞬戸惑うがすぐに分かれて、それぞれを追う。
鎌の男がカチを追ってきた。鍛冶屋に着くと、一番近くにあった槍を手にし、入り口の扉の裏に隠れる。カチの鍛冶屋も半焼していた。屋根に燃え移った火は今にも建物ごと崩れてしまいそうな勢いだったが、そんな事は構っていられない。息を潜めて待っていると、何の躊躇もなく鎌が襲ってきた。
『強い!』
最初の一振りで、その強さに歯が立たないと感じたが、カチは必死に応戦した。
槍を手の平で回し鎌の攻撃を防ぐ。敵は最初首を狙いに来ていたが、カチがそれなりの剣の腕があるとみるや、足首や手首に狙いを定め、その戦力を削ぐことに攻撃の手を切り替えた。その素早さにカチは手も足も出ず、一瞬怯んだスキに鎌が首を目掛けて狙ってきた。カチが槍の柄で防戦した瞬間激痛が走る。目の端で左手の小指と薬指の先が飛んでいくのが見えた。痛みに思わず、尻もちをつき床に手を着く。覚悟を決めたその瞬間、昼間作業をしていた大槌が右手に触れたのを感じた。男はとどめを刺そうとゆっくりとカチに近づく。カチは最後の手段に出た。
『ゴゴゴゴ…。』
轟音と共に、カチの住処であった鍛冶屋が崩れる。カチは大槌で主柱を思いっきり叩き、敵もろとも家屋の下敷きになったのだった。
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夜が明けると鍛冶屋の集落は、その無残さをより白日の下に晒した。
すると、一人の人間が崩れた家屋の中から血だらけの左腕をかばいながら這い出てきた。カチである。鎌の男は、その鎌だけを崩れた材の隙間から覗かせ、その体は主柱の下敷きになっていた。カチは痛みに堪えながら、それでもヌイトの鍛冶屋へと向かう。そして…予想していた通りの現実に、カチは膝をついた。ヌイトは武器を取ることも出来なかったのだろう。後ろから一太刀で切られていた。
「丸腰の人間を、後ろから…。」
ナッカの男達は戦いの精神を理解する者である。カチもそう教え込まれ育った。そこには作法や礼儀があり、仲間を敬い、敵であっても強い相手には敬意を払う。そして、強い相手であれば負けても文句は言えない。なぜならそれは己が弱い事に他ならないからだ。ヌイトはよく『トステの人間は、面と向かって戦わない卑怯者だ』と言っていたが、それは弱い人間だからそうするしかないんだと、よく二人で話していた。だが、恐らくクイであろうあの刺客は強かった。その強さがありながら、丸腰の相手を後ろから切りつけたのだ。この焼け野原も同じだった。焼け出され黒焦げになった仲間達は、戦う事すら出来ずに死んでいったのだ。
カチは怒りに震え、まだ近くでゆらゆらと小さく燃えていた炎を見つめた。
「許さない。…俺は絶対に許さない。皆の死を無駄にはしない!これ以上死なせない!」
するとどこからともなく、声が聞こえてきた。
『ほう…その怒り、まるで燃え盛る炎のようだな…。気に入った。』
「誰だ!」
辺りを見回すが、カチの周りには生きている人間はいなかった。
『わしか?わしはヒノイシだ。会話が出来たという事は、お主はわしの存在に気付いたという事だな。』
「ヒノイシ?何だそれは?どこでしゃべってる?」
『存在を認識しているわけではないのか…面倒だな。仕方ない、力を貸すわけではないからな。これぐらいなら良かろう。』
すると、先程までカチが見つめていた炎が突然大きくなり、人の顔の形となってカチの目の前に現れた。信じられない出来事に、カチは声を失った。
『人とは不可解なものだ。実態が無ければ理解しようとしない。』
「ヒノイシ…?」
『いかにも。助けることは出来ぬのでな。死んだかと思って悩んでいたところだ。』
カチには、目の前の存在が言うほど悩んでいるようにも見えなかったが、そもそも人間ではないものの感情を推し量る事は出来ない。
『用件だけ申すぞ。お前は一年後コルナス山脈に向かえ。以上だ。』
そう言うと、顔の形をした炎は瞬く間に消えた。
一体何の事か分からず、カチは暫く呆然とするしかなかった。