第8話 フーナの想い
文字数 2,302文字
多くの兵士達が陽気に飲み交わす中、部屋の奥の中央でクナル元帥は兵士達の酌を受け、笑みを浮かべていた。
フーナは、一目見て他の兵士達とは比べ物にならない器の大きさを感じた。だが、丘であった時とは明らかに印象が違う…これが、彼の本来の姿なのであろうか?
部屋の入り口に現れたフーナに男達は歓声をあげ、口笛を吹く。フーナはそんな周りの兵士達に答えることはせず、中央の男を見つめた。すると、クナルは何も言わずに立ち上がり、片手を広げ自分の隣の席に招くような仕草をする。フーナは宴の中央を背筋を伸ばして歩く。兵士達はそんなフーナに見惚れていたが、フーナは一切他の兵士達の姿を見ることなくクナルの隣に立つと、クナルはフーナに杯を持たせ兵士達に紹介した。
「皆の者。風のフーナに祝福を!我らの勝利の女神だ!」
歓声と共に、宴はさらなる盛り上がりを見せた。フーナもその場の空気に合わせ、笑顔を見せ杯をあげる。そしてクナルは着席すると、近くの兵士に耳打ちをした。
「ゴンガ、申し訳ないが、暫く誰もこの席に近寄らせないでくれ。」
「は。」
ゴンガと呼ばれた兵士は、すぐさま行動し、クナルの席に近寄る者を制し、クナルとフーナの時間を作ってくれた。
「怒っているか?」
「何をですか?」
「私の素性を明かさなかった事。私は申し訳ないと思っている。」
「驚きはしましたけど、立場上致し方ない事だとお察しします。」
「…寂しいな。」
「え?」
「丘の上では、お前の心に触れた気がしたが、今は遠く感じる…。」
「…それも致し方ない事。」
「外へ出ぬか?」
「え?」
驚くフーナを横目に、突然クナルは立ち上がり兵士達に告げる。
「皆の者!今宵は好きなだけ飲んでくれ!しかし申し訳ないが、この美しい人との時間を少しだけ私にくれないか?中座させてほしい!」
兵士達は、一瞬驚いたがすぐに笑い声と共に歓声が上がる。「さすが元帥!」「トステだけでなくフーナも落とす気だ!」などと声が上がった。
クナルは戸惑うフーナの手を取り、宴の席を退いた。
クナルはフーナを連れ、朝二人が出会った丘の上までやってきた。
辺りは暗かったが、満月が二人を照らし、酔い覚ましにはちょうどいい風が吹いていた。
「無茶なことを…。」
フーナは呆れていると、クナルは少年のような目でフーナを見た。そこにいるのは宴の席にいた元帥の仮面を捨てた只の男だった。
「『元帥』の立場を利用しただけだ。ああ言っておけば、誰も君に手を出さない。嫌なのだろう?芸以外で商売をするのは。」
クナルはさすがに切れ者だった。フーナは少し笑ってクナルにいたずらっぽく話す。
「そうね。お酌なんて真っ平ごめんよ。それで?美しい人との時間はどう過ごすの?クナル元帥?」
「…そうだな。舞って欲しいと言いたいところだが、君も疲れているだろう。少し座って話さぬか?」
二人は草むらに腰を下ろし、舞いの事、笛の事、旅芸人の暮らしなどを取り留めもなく話した。話しながらフーナは、仲間達とは違う安らぎをクナルに感じていた。何の仮面もいらない。一座の舞い手としてではなく、ただの一人の女としてクナルに心を開いていく。それはクナルも同じだった。ふと、クナルは真剣な表情で呟く。
「フーナ…私は先程、君に嘘をついた。」
「え?」
「…『元帥』の立場を利用したのは、君といたかったからだ。誰にも邪魔されずに…。」
フーナは心のどこかで気づいていた。またそうあって欲しいとも思っていた。朝、この丘で出会った時から、二人の心は二人共に気付いていたのだ。
「お互い嘘つきね。…あなたになら、お酌だってなんだって出来るわ。」
二人に言葉はいらなかった。そのまま二人は、風がそよぐ満月の下、ゆっくりと愛し合ったのだった。
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「では、ゴンガを次期の大将に据えると…。」
「そうだ。ゴンガなら容易に操れる。人望もあるし、クナルの信頼もある。ゆえに疑われることも無い。」
盛り上がる宴の中、大将のムタイが中将の一人ネスロと小声で話していた。
「しかし、私が大将になった方が、ムタイ殿の意向を反映できるかと思われますが…。」
少し、不満げにネスロはムタイに反論したがムタイは首を振る。
「お前では、見え見えだという事が分からぬか?中立の立場をとるゴンガが今のところ適任なのだ。あくまでこちらの動きが悟られてはならぬ。」
「しかし…。」
「ネスロよ。お前の私に対する忠義は、私が一番良く分かっている。私はお前に期待しているのだ。信じてくれるか?」
「それは勿論。」
「なに、事が済めばゴンガも用済みだ。お前がその跡を継ぎ、行く行くは元帥となればいいのだ。」
「…元帥。」
ネスロは口元が緩んだ。ムタイは話を続ける。
「『
最後の
元帥の仕事になるだろう。良いな、あくまで春までは極秘裏に動くのだ。頼んだぞ。」「は。」
ネスロがその場を退くと、ムタイは酒を飲み、ニヤリと笑った。
「ネスロごときではダメだ。やはり、最終的には私が…。クナルよ、女にうつつを抜かしていられるのも今のうちだ…。」
その日の宴は、様々な思惑がうごめく中、朝まで続いたのだった。